表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/110

4話  儚げな美人は時間を消せるのか?

四話  儚げな美人は時間を消せるのか?  2156


六月十三日


朝から厚い雲が垂れ込めた日が始まった。

梅雨前線が日本列島に寄り添うように延びていた。

捜査本部に早朝から待機していたのは村上主任だった。

先程から何度かデスクの電話に掌を伸ばしては思い留まって戻していた。

午前中から気温と湿度が高い。カッターシャツが肌に纏わり着くような

不快感を何とか凌ぎながら三森は、昨日からの調書をまとめていた。


「三森さん今日は十一時にクラブ『嬪』の優瑠瑠さんを呼出していますよ」

五十嵐が三森に念を押した。

言葉が妙に弾んでいる。

「おお! そうだったな。もう十時半か……」

三森は調書から顔を起こすと、頬の筋肉を緩めた締まりの無い面をぶら

下げている五十嵐が思いの外、身近にいた。

「それにしても、美人が来るとなると自棄に張り切るな!」

三森は皮肉った。

「優瑠瑠さんは、儚げな美人だと思いませんか?」

五十嵐がニヤケ顔だ。

「その儚げな美人は、何かを隠している」

三森がバッサリと切り捨てた。


取調室

午前十一時にクラブ「嬪」の優瑠瑠が任意出頭してきた。

殺風景な取調室に甘すぎず、きつ過ぎない上品な香りが満ちていた。

化粧は薄い、目元はメイクアップし唇には薄い紅を点している。

清楚な花柄のワンピース姿である。

和服姿の優瑠瑠とは別人の印象を醸していた。


「朝早くから申し訳ないです」

「いいえ、このくらいの時間でしたら平気です」乾いた声で応えた。

「ところで、今日わざわざ来て頂いたのは、関係者のアリバイに少し辻褄の

合わないところが有りまして、再度四月二十二日の事を思い出して頂きたい

のです」

「あら、関係者だなんて、私が刑事さんに聞かれたのは香坂さんとの事だけ

だった様に思いますが……」

優瑠瑠は瞳を大きく見開いた。

「そうでしたか?」

三森は鈍臭く忘れた振りをした。

「それでどの様な、お尋ねですか?」

何を訊かれるのか機先を制する様に訊き返した。

三森は手帳を拡げ確認するように

「ええと、四月二十二日の二十三時半頃、香坂さんは優瑠瑠さんの自宅に

着かれたとメモってありますが、この時間をもう一度思い返して頂きたい

んですが?」

「そうですか……? 香坂さんが来た時に時計を見たわけではないので、

おおよその時間を申し上げましたが……」

「その後ですが、零時頃は二人でお酒を飲んでいたと証言していますが?」

「そうでしたか? それは十一時半に香坂さん来て、その後お酒を飲んだ

ものですから、そんな時間かと思ったんです」悪びれた様子はない。

「前後の関係から零時頃と思われた?」

「そうです。その辺の時間が先程の辻褄が合わないところでしょうか?」

三森の眼を窺うように訊いた。

「おっしゃる通りです。この辺が合わないので困っています」

「……」

優瑠瑠の眼に狼狽が湧いた。



「どう考えても三時間程の時間が消えてしまわないと、二十三時半頃には、

優瑠瑠さんのマンションには辿り着けないんですがね」

優瑠瑠は、香坂が来た時間をずばりと言い当てられ、思わず吸い込んだ息を

吐き出せずに飲み込んでしまった。

動揺が眼に現れ、悟られまいと視線を壁に這わせた。

「実は、香坂さんの車は二十三時十八分に井の頭公園脇の道路で警察の監視

システムに捕捉されています。結果、香坂さんが優瑠瑠さんのマンションに

十二分後、つまり二十三時三十分に現われる事は不可能です」

三森は、優瑠瑠に目を据えたままで厳かに云い聞かせると、優瑠瑠の眼に

困惑色が貼付き次第に瞳全体に拡がった。

もう言い訳の効かない状態であることを優瑠瑠は察した。


「香坂さんに頼まれて断れなかったんです。殺人犯のアリバイを証明だなんて

…… そんなに大変な事だったとは思いませんでした」

曇らせた表情で応えた。


あっけなく香坂のアリバイが崩れた。

「香坂さんは確かに第一容疑者であることに変わりは無いですが、まだ真犯人

と決ったわけではないです」

三森は言葉を曖昧に濁した。

「香坂さんは、実際の所何時頃に優瑠瑠さんのマンションに来られたんですか?」

「そうですね。午前三時を少し廻っていたと思います」

「いつもと変わった様子は有りませんでしたか?」

「ええ、顔つきが険しく眼が少し釣って怖いくらいでした。とにかくいつも

の香坂さんではなかったです。咽が渇いていたらしくビールを瓶ごと一気に

飲み干してから、大きなため息をついて浴室に行きましたが―――」

「ほお、顔つきが険しかったと……」

「はい、険しいと云うよりも鬼気迫る様子に声を掛けられませんでした」

「そうですか……」

三森は自身の推測から遠くないことに納得した。


だがもう一人の首謀者の扱いに苦慮していた。

物証は何も無い状態が続いていた。


「あの―、私は犯罪者になるんですか?」

意外なほど陰気な顔から掠れた声で訊かれた。

三森にしても、美人の陰気な顔を見たくは無い。

思案した顔を造った。

「冷静になってよく考えてみたら、香坂さんが自宅に来た時間は、思い違い

をしていたので訂正した。という事で宜しいですか?」

「その通りです」美人に喜色が点した。

「――で有れば、罪を犯してはいませんね」

優瑠瑠は、曖昧に眼だけ嗤った後いつもの顔に戻った。

やっぱり優瑠瑠は、本物のアンニュイ系の儚げな美人だ。

三森は確かめるようにまじまじと、優瑠瑠の顔を見た。

香坂に依頼されての偽証だ。少なくても思い違いでは無いが……。

「これでいいのか?」

三森は自身に問うた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ