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2話  押しつけられた札束


 六月十日


 ハモニカ横町・宵の口

 三森刑事と五十嵐刑事は、居酒屋「慎」の暖簾を潜った。



 三森は店主・奈良に近づくと、耳元で

「任意同行願いますか?」感情を押し殺して云った。

「逮捕ですか?」震える声で訊き返した。

「逮捕ではありません。あくまでも任意の同行をお願いしています。

承諾していただけますか? ちょっと事情をお訊きするだけですから」

「分りました。ちょっと店員に云ってきます」


 奈良は、取調室に入ると途端に落ち着きが無くなった。

 テーブルの上に置いた掌が、小刻みに震えていた。

 慌てて膝の上に置き震えを押さえている。

「奈良さん先日お伺いした時の話をもう一度確認させてください」

 三森は、一呼吸置き、念を押した。

「良いですか?」

「ああ…… は、はい」

 視線が取調室の天井と壁を何度も往復して視線が定まらない。

「奈良さんに熱いお茶を」

 三森は振り向いて五十嵐に目配せした。

「奈良さんちょっと落着いてください。今熱いお茶を頼みましたから」

「済みません。こういう所初めてでして……」

「そうですよね。そんなに度々、来る所じゃないですからね。悪い事をして

いなければ平気ですよ。直ぐに帰れますから……」

「そうですよね」眼に狼狽が走った。

「先日の香坂さんのお話をもう一度聞かせてください」

 奈良銀次は身体を固くして警戒していた。


「どのような事からお話しすれば良いでしょうか?」

「そうですね。香坂さんと、どのような話をされましたか?」

「先日もお話したように、店の調子はどうかと聞かれましたが、正直忙しかっ

たものですから、細かい会話を良く覚えていないんですよ。すみません」

「そうですよね、沢山のお客さんが見えてそれぞれが色々と話しかけてくるで

しょうから」

「香坂さんどんな服装でしたか?」

「服装ですか? 何か役に立ちますか?」

 腕を組むと天井を見上げた。なにやら思案している様子だ。

 そこに、五十嵐はお茶を奈良の前に差し出した。

「少し曖昧なんですが、確か上着はベージュのブレザーで薄いブルーの

カッターシャツを下に着て、黒いズボンだったように思います」

「ベージュのブレザーですか?」

 三森は押し込むように訊き直した。

 奈良は俯いてお茶を一口啜った。

 眼に困惑が表われた。

「確か、そんな記憶が残っていますが。香坂さん仕事のスーツ以外では、

ベージュ系の色が好きのようです」

「そうですか、帰られたのは何時頃でしたか?」

「先日もお話ししたように十時少し廻っていたと思います」

 三森は自分の警察手帳を出してぱらぱらと捲って見せた。

「そうですね。私の手帳にも同じ時間の書き込みが在ります」

「ところでその後、香坂さん店に来ていませんか?」

「いいえ、見えていませんが……」目線が揺らぎ動揺が隠せない。

「そうですか? 良く思い出してください。香坂さんとは古い付合いでかなり

親しいように伺っていましたが?」

「古い付合いです。最近店には来ていません」奈良は表情を曇らせた。

「五月二十四日の日曜日は何をされていましたか?」

「五月二十四日ですか……?」日付だけ訊き返してきた。

 三森は軽く肯き、奈良の眼の底を覗いた。

「仕入れの手帳が無いので、覚えていることが曖昧ですが、定時に店を開け

日曜と云うこともあって客の引きが早く、早仕舞いした様に思います」

「早仕舞いですか? 他に大事なことを忘れていませんか?」

「大事な事って……なんですか」

 挑戦的な口振りが何かを誤魔化そうとしているように聞こえる。


「思いがけない大金が転がり込んできた」

 三森は試すように訊いた。

 大金という言葉が奈良の胸を刺した。

「そんな物どこから転がり込むんですか?」

 語尾に乾いた嗤いが出た。

 そんな見え透いたカマを掛かけても、引っ掛からない。

 そんな思いが嗤いを生んでいた。

「おかしいですか? もっと考えたカマを思いつけば良かったんですが……」

「刑事さんも人が悪いな! 危うく引っ掛かる所でしたよ」

 眼は嗤っていたが、口元が自虐的に細かく震えている。

「五十嵐君、奈良さんにそろそろ面白い物を見て貰おうか?」

 奈良の眼を見据えたままで云った。

 五十嵐は、デスクの引き出しから八インチのタブレットを取り出し奈良の

前に置いた。

「回してくれ」三森は指示をした。

 五十嵐が動画のスタートスイッチを押した。

 すると、いきなり「慎」の店の中の様子が映し出された。

 店の隅で話し込んでいる二人が小さく映っていたが、ゆっくりとズームされ、

いよいよ顔がはっきりとした。

 香坂と奈良が何やら、やり取りをしている。

「停めてください」

 奈良は、感情の籠らない乾いた声で云って顔を背けた。

「まあまあ、この先はもっと面白いから見ておいた方が良いぞ」

 諭すように云った。

 奈良は怖い物見たさで自然に目線がタブレットに吸い込まれた。

 画面は、香坂が背広の内ポケットから分厚い包みを出して奈良に握らせて

いるとこが映し出された。

「誘導尋問は嫌いなんですよ。だから事実をそのまま聞いたんですがね。

 今の映像は捜査本部の捜査員が奈良さんの店で映したものです」


 奈良は動画の廻っていないタブレットを凝視していた。

「…………」奈良の顔色が見る見る青褪めた。

 三森と五十嵐は、固唾を呑んで奈良の言葉を待った。

「録っていたんですか……? こんな証拠を見せられて、白を切る訳に

いきませんね」

 顔が歪んで嗤っていた。

「奈良さん香坂から何を受け取ったんですか?」

 苦々しい気持ちで訊いた。

「包みを開けて見たら帯封の付いた現金の束が三つ入っていました」

 云い終わると太い息を思わず吐いた。

 三森は吐いた息が意外に太く感じた。


「半分落ちた……。」と確信した

「現金三束の意味を教えて貰えますか?」

 三森は追い込みに入った。

「店が赤字続きで困っていたので」 

 三森の眼を窺うように応えた。

「店の赤字を埋めるために貰ったと云うんですか?」

 稚拙な言い訳に厳しく諫める口調になった。

「はい……」

 蚊の鳴くような声が空しく吐かれた。

「『慎』の経営状態は調査済みですよ。大繁盛とまでは行かなくても順調

じゃないですか。 赤字どころか申告は黒字で税金を払っている。借金の

必要は無いと思いますが?」

 諭すように云った。

 奈良は表情を曇らせた。

 唇を噛み絞め思考を巡らせているようだ。

「……」

 

 逃げ場のない黒い沈黙を背にジンワリと圧迫感が迫り、押し潰されそう

になり乍ら必死に抵抗している様に見えた。

「奈良さん捜査に協力して頂けませんか? 貴方は香坂からの金を喜んで受

け取っているようには見えませんよ。香坂が貴方に何かを無理強いさせるため

に金を掴ませた。私にはそう見えますが。もしそうならば、犯罪者にならずに

済むよう捜査本部でも考えますが、如何ですか?」

「犯罪者にならずに済むんですか?」

 俯いていた顔を立てると、三森の顔に奈良の縋り付くような粘着感の強い眼が這い

回った。

「勿論です」眼を据えた顔をした。

 それを訊いた奈良は目を瞑って深い安堵の溜息をついた。



 三森は「…… 落ちた」と確信した。

「頼まれ事は断れない深い付合いなので、今回も断れませんでした。先程の

金は頼まれ事の報酬です。私は嫌な予感がしたので今回は渋りましたが結局

押しつけられました」

「頼まれた事はどのような事ですか?」

「四月二十二日は夜七時半頃から十時少し廻った頃までここで呑んでいた事

にして欲しいと頼まれました」

「香坂からの金は今どこにありますか?」

「昨日銀行に入れました」

「そうですか。後で調書にサインお願いします。お疲れ様でした」

 奈良は深く腰を折り涙声で礼を言うのが精一杯であった。



 三森は取調室を出ると、村上主任に奈良の供述を報告した。

「そうか。良かった。ご苦労さん」

 疲弊を隠せない主任の顔に一瞬嗤いが戻った。

「後は、物証ですね」三森は呟くように云った。

「そうだな。もう一歩の所まで来たな」深く肯いた。

「この事件どうも単純な殺しだけではない様な気がするな」

 三森は半分一人言で呟いた。

「お前もそう思うか?」主任が肯定する口吻であった。

 だが刑事としての勘がそう働いただけで匂う物の実態が二人には、見えて

いなかった。



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