5話 離婚
六月四日
二之宮に保釈処分が出て七日が経っていた。
二之宮は、京都左京区下鴨、京都ノートルダム女子大近くの妻・綾乃の
実家に向っていた。
新幹線の窓の景色が眼の前を足早に流れていった。
単に景色が流れているだけで、二之宮は何も見てはいなかった。
綾乃の顔を思い浮かべるだけで嫌悪感が頭を埋め思考停止状態に陥る。
二之宮は署名押印した離婚届を内ポケットに忍ばせていた。
静かな話し合いには成らず、相手を傷つけるだけの暴言のぶつけ合いに
なるのは、眼に見えていた。
綾乃の腹は、透けて見える。
ただ世間体を気にして迷っているのと、自身のプライドに傷が付く事に
我慢がならない。
この二点に固執している。
京都で育ったという事がそうさせるのか?
多少の要因はあるだろうが、その殆どは綾乃の性格にある。
これ以上の仮面夫婦はごめんだ。
二之宮の腹はとっくに決まっていた。
「今日は綾乃と話し合おうと思って来たんだ」
「今更何を話し合うのよ」
「今後の事を話したい」
「いいわよ、どうぞ」
「俺たちはもうお互いそれぞれの道を歩むことにしないか?」
「それって、離婚する、という事」
「その方がお互いに幸せになれる。俺はそう思うが……」
「貴方は男だからなんとかやってゆけるでしょうけど、私はこんな年になっちゃっ
てどうにもならないわ。その責任はどうしてくれるのよ」
「鉢山町の家はお前にやるよ。金が必要なら家を売って金を作ってくれ。少なくて
も億の金になるはずだ」
「……」
綾乃は、億の金になると聞いて思案顔になった。
「それって、今すぐ返事しないといけないの」
「すぐじゃなくてもいいが。俺の財産は今の家だけだ。ほかに現金は無いから、
これ以上綾乃にやる物はない。まあ、それだけは頭に入れて考えてくれ」
「分ったわ」
二之宮は背広の内ポケットから離婚届けの入った封筒を出して、中身の離婚届け
をテーブルに拡げた。
「これは離婚届けだ。俺は自分の名前を書き込んである。後は、綾乃が名前を書き
込んでくれれば手続きは済む」
「署名押印が済んだら郵送してくれ」
二之宮は事務的に云った。
「何だか呆気ないものね……」
綾乃は乾いた声で呟いた。
綾乃は考えさせてくれと云った。
すぐに署名など、彼女のプライドが許さない。
二之宮には下心が見えていた。
六月五日、
二之宮は京都の妻の実家から帰京した。
鉢山町から愛人・櫛笥佳代子のマンションに引っ越す準備を始めた。
妻・綾乃から離婚届けが届こうが届くまいが、どちらでも引っ越す事に
決めていた。
デスクの上に社長秘書の生駒恭子から先日渡された白い封書が、放置され
ていた。
二之宮は胸騒ぎがした。
手紙を手に取った。封を切る。
『突然のお手紙で失礼します。
今回の事件の件でどうしてもお話ししておきたいことがあります。
二之宮部長にとっても、とても重要な事と思います。
都合の良い日がありましたら、お会いしてお話ししたく思います。
連絡お待ちします』
以上の本文の他に携帯の番号が連絡先として記されていた。
「そうなの? そんなに重要な事ですか……?」
二之宮は、文面に目を走らせ独り言ちた。
二之宮はこの手紙をどうしようか迷った。
不用の郵便物は、すぐに処分する日常だったが、これだけは捨てられな
かった。
生駒恭子が社長秘書という立場なので、すっかりあちら側の人間と思い込ん
でいたが、社長からの伝言をこんなにややこしい小細工をして伝えない
だろうと思い始めた。
二之宮は、二日後の休日に生駒恭子と会う約束をした。




