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2話  覚悟の対決


 六月一日(月)


 二之宮は休み明け、昼近くメルクス本社に出社した。

 起訴猶予で保釈され初めてだ。

 任意同行から二十五日が過ぎていた。

 デスクに座ると次席の田澤政嗣が、二之宮の耳元まで顔を寄せて来た。

「社長秘書から出社したらすぐに社長室に来るようにと伝言です」

 耳元で囁いた。

「わかった」

 二之宮は、乾いた声で答えた。


 社長室に入ると社長はデスクにいた。

 二之宮を横目に一瞥すると受話器を上げ内線電話で香坂を呼んだ。

 二之宮は、勝手にソファーに座って社長を見据えた。

 眼線が絡み合い、お互いの眼つきを窺うようにその眼線が尖ってきた。

 その時、香坂がドアをノックせずに入ってきた。

 二人の異様な形相に一瞬たじろいだ。

「やあー 二之宮部長! ご苦労さん。大変な思いをされたようで…… 晴れて

無罪釈放だ。良かった! 良かった!」

 その場の雰囲気を変えようと戯けた調子の白々しい挨拶が空しく床に吸い込まれた。

 社長は絡み合った視線を振り払うように

「そうだ! 良かった! 二之宮部長。もう大手を振って世間を歩ける。なあ香坂

君!」

「警察は何をやっているのかね。税金で飯を食っているというのに善良な市民を

逮捕とは、言語道断も良いとこだよ」



香坂が見当違いの放言で鉾先をあらぬ方向に変えようとした。

意味の無い虫酸の走るような空廻りの台詞は、二之宮の胸の底に燻っていた

点けてはならない火に点火し煙が上がりだしていた。

「お呼びと聞いてきたんですが?」二之宮は丁寧に訊いた。

香坂は部屋の空気が変わったことを詠んだ。



「例の店から返却された裏帳簿を社長に戻して貰おうか」

 先程の戯け挨拶から豹変した凄味を効かせた台詞だ。

「裏帳簿は戻っていません。 確認する前に逮捕されましたから」

「ナニー! ――。 返却されなかったと云うのか?」

「返却されたか、されてないか? 確認出来なかったと云っている」

「なに!」

 香坂が暴力に訴えようと拳を振り挙げた。

 二之宮は、逆に顔を突き出し無言で殴ってみろと香坂を睨んだ。

「香坂! 待て!」

 社長が、一喝した。

「郵送で、君に届く約束じゃなったのかね」

 社長が、諭すように訊いた。

「その約束でしたが」

「総務の記録に残っているだろう。それはどうなっている?」

 香坂の尖った声が詰問した。

「私宛の郵便物が届いた記録はない」

 二之宮は強く断言した。

「裏帳簿は返却されなかったのか……?」

 社長が呟くように云った。

 香坂が、二之宮の横顔を怪訝そうに見据えたまま、社長の耳に顔を寄せ

何事か囁いた。

「わかった。その件はこっちで調べよう」

「私は、無罪ですから!」

 二之宮が当たり前だろうと云わんばかりに、殺人の件も裏帳簿の件も綯い交ぜに

皮肉って云い返した。


「ところで君も東京では、色々とやり難いだろうと思ってね。転勤して貰うことに

したよ」

「……」二之宮は、返事をするつもりがなかった。

「場所は九州支店だ。所属は九州支店長が決める。人事発令は一週間後だ。

了解して貰えるね?」

 社長の語尾に狡猾な思いが透けて見えた。

『お前も裏金で楽しい思いをしたが、お互い様だ。今回その件を警察に喋らな

かったご褒美に、生かしておいてやるから眼の届かぬ所に行ってしまえ』

 二之宮にはそう聞こえた。

「暫く考えさせていただきます」

 社長の眼の底を覗くように云った。

 香坂が意外そうな顔で

「何か不満でもあるのかね? 二之宮部長」

 二之宮はその問いに答えずに一礼し社長室を後にした。


 秘書課の前を足早に通り過ぎようとした時、秘書の生駒恭子が小走りに二之宮に

近づき封書を渡した。

「後で読んでください」云うと踵を返し秘書課に消えた。

 白い封筒に二之宮仁様と、裏には生駒恭子とある。

 背広の内ポケットに投げ入れた。

 社長秘書が俺に何だろう……? どうせ碌な事ではない。

 この時はそう思った。

 社長から何かを伝えるよう頼まれた。その程度の認識だった。

 デスクに戻ると次席を呼び

「有給休暇が三週間分ある。それを使う」

「暫く休暇を取られますか?」

「まあそんなところだ。部内で何か問題でもあるかな?」

 私物を整理しながら訊いた。

「いいえ、今のところ有りません。ゆっくり休暇取ってください」

「うん、ありがとう」


 二之宮が退席した社長室で

「薬師寺の首根っ子を押さえて、約束の物を取り返してきます」

「香坂君、無茶はしないでくれ! 穏便に頼むよ」

「わかっています。任せておいてください」

 香坂のうちに秘めた残虐性が顔を擡げた。

 携帯を取り出すと「奈良銀次」を呼び出した。

「例の薬師寺の居場所を探ってくれ。そうだ! 急いでくれ!」

 携帯を仕舞うと「すぐに、ふん捕まえてギャフンと云わせてやる!」

「おいおい、香坂君! 押さえて……押さえて、たのむよ!」

 社長は内心拙い事にならなければいいがと、老婆心が働いた。



 一方、捜査本部ではホテルから事件現場までのルート一帯の聞き込み、

監視カメラなどの有無を徹底的に捜査していた。

 ホテルのフロントで精算した時間は二十二時五十三分 

 ホテルを出て事件現場近くまで車で移動。

 午前一時から二時半が死亡推定時刻だが最短の午前一時とすると……。

 二十三時から午前一時までの約二時間の空白を埋めることが出来無ければ

事件解決は難しい。

 全ての捜査員が、そう認識していた。

 三森は実際にその二つのルートを歩いてみたが、どちらとも言えず迷った。

「どちらか一方を決めなくても、両方のルートを捜査しましょう」

 五十嵐が迷っている三森に云った。

「おお! そうだな」

 手の空いた捜査員も投入する事に成った。

 捜査は、まさに人海作戦の体を成してきた。




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