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1話  起訴猶予


 五月二十九日

 二之宮仁は、保釈処分とされた。

 二之宮は、事件当日一緒にいた櫛笥佳代子の存在が妻・綾乃に知れたことは

承知していた。

 人一倍嫉妬深く猜疑心が強い綾乃が何を言出すか大体の所分かっていた。

 一難去って、また一難か……そう思うと頭が痛かった。

 

 案の定、警察から帰ってきて顔を見る前に「お疲れさま」の一言も無く。

 最初に飛び出した言葉が「いつからあんな若い女と出来ていたの!悔しいー 

私悔しくて、不眠症になってしまったわ! どうしてくれるのよ。もう

死んでやる!」

 綾乃の絶叫に近い叫び声の塊が幾つも二之宮の頭上を掠めた。

「済まなかった」頭を垂れ只管ひたすら謝った。

「よくも図々しくこの家に戻れたわね。向こうの女の家に帰ればいいじゃない!

 恥ずかしくないの! まったく!」

 頭の天辺から抜けるような叫び声の第二弾が二之宮の耳を直撃した。

 綾乃はその後、肩で息をして太い吐息を二之宮の顔面に投げた。

「帰るのはこの家しかない。済まなかった」

 次から次に悪態の限りを尽くす。

 ヒステリックに叫ぶような金切り声が耳に痛い。

 赤蛸の様な顔で玉の様な汗を額から流している。

 最後は泣き面になり、汗か泪か見当が付かなくなり併せて化粧の

ファンデーションも斑に剥げ落ち綾乃の顔面は惨憺たる状態になっている。

 二之宮は、こんな時の嵐をやり過ごす術を知っていた。

 口答えをしたら駄目だ。

 とにかく神妙に頭を垂れて聞き過ごすしかない。

 ひたすら謝る以外にない。

 嵐が収まった頃合いを見てテッシュの箱を差し出す。

 綾乃は何枚か抜き取ると顔全体を拭いた。

「何よ――――! こんな物!」と頭のてっぺんから抜けるような声で

叫ぶと、テッシュの箱ごと二之宮に投げつけた。二之宮はその箱をあえて

避けないで顔面で受け止めた。

 避けたら憎らしさが募って、その辺にある物を手当たり次第に投げ

かけるのがわかる。

 テッシュの箱が二之宮の顔面に命中した。

 二之宮が後ろに倒れた様子を横目で一瞥した。

 その横顔の口角に嗤いが滲んでいた。

 最後に手に持っていたテッシュを丸めて二之宮に投げつけると、

自室に籠もった。

 


 今回は綾乃の怒りが、どうにも収まらない。

 二之宮の腹は決まっていた。

 綾乃に詫びを入れ二人の関係を修復したいとは思っていない。

 結婚生活は既に破綻してお互いが疎ましくなっている。

 子供もいないので、二人がお互いに納得できれば、精算したかった。

 綾乃は二之宮が自室に戻った頃合いを見て家を出て京都の実家に帰る。

 いつものように、そうするだろう。

 二之宮には推察出来る。

 冷蔵庫から冷えたビールを出し王冠を抜き一気に呷った。

 立て続けに二本空けた。

 いくらか気持ちが落着いたが、腹立たしさが収まらない。

 綾乃の事よりも、人に濡れ衣を着せ、殺人犯に仕立てようと物的証拠を

捏造した人間の卑怯さを決して許せない。

 二之宮の持っているカードは裏帳簿だけだ。

 この切札は、諸刃の剣で下手をすると自分にも火の粉が降りかかってくる。

 

 久々のアルコールが体内をかけ巡り、保釈された開放感も手伝い酔いの

回りが殊の外早く眠りに落ちた。


 翌朝目が覚めてみると、案の定、綾乃の姿はなく、部屋が綺麗に

片づいていた。

 よく見ると私物は殆ど無く、タンスの中も空になっていた。




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