9話 尻尾を掴む
五月二十六日十七時、メルクス本社・役員室
「香坂役員たびたび押しかけて申し訳ありません。
榊さんが殺害された当日の行動をもう一度伺いたいのですが……」
三森は低頭した。
「先日もお話しした通りですが? まだ何か? 有りますか?」
怯む様子は微塵もなく落着いている。
手強い! 三森は思った。
「当日は、定時に退社され自宅で出張の準備をされたと訊いていますが、
間違いないですか?」
「その通りですが……」平坦に応えた。
「香坂さん、我々が再三押し掛けるには、それなりに訳があります。正直に
お話し頂けませんか?」
三森は、香坂を見据えて若干追い込みを掛けた。
「そう云われても、身に覚えのないことをお話しできませんが……」
香坂は眼を宙に逸らせた。
「残念ですね。社会的に地位のある方でしたら理解していただけると思ったん
ですが?」
百戦錬磨の香坂も刑事から物静かに迫られ、次の言葉を選ばなければと思った
のだろう。
「困りましたね…… えーと出張の前の日ですよね」
恩着せがましい言葉を吐いた。
「そうです。四月二十二日です」
「ああ――――。そういえば吉祥寺の居酒屋に。いやー古い友人がやっている店が
ありまして、そこの友人に会いに行きました」
香坂の喋りがローギアに入ったかと思うほど、ゆっくりになった。
言葉を選んでいる。
「やっと思い出していただいて、ほっとしました。――――で、何時頃に家を
出られましたか?」
「そー、十八時半ころでした」
「車で出かけられたんですね?」
「車でした。吉祥寺に着いたのは十九時少し廻っていたと思います」
「車は何処に停められましたか?」
五十嵐がしきりにメモっていた。
「吉祥寺の東急ホテルに停めました」
「ホテルは事前に予約されたんですか?」
「家を出るときに予約しました。吉祥寺は駐車に苦労するのでホテルを予約
したんです」
「車を停めてから、どうされました?」
「ホテルにチエックインしましたが」
「すぐにその友人のやっている居酒屋に行かれたと……」
「そうです」
「何という店か? 教えていただけますか?」
「奈良銀次と云う友人がやっている『慎』と云う居酒屋です」
「そこには何時ころ入りましたか?」
「あれは、詳しく覚えていないんですが、十九時半ころだったと思います」
「奈良さんとはどういった知り合いですか?」
「会社の人事面での調査をやって貰ったのがきっかけです。ああー奈良君は
興信所の調査員をやっていた頃の話です」
「それは何年ぐらい前の話ですか?」
「七、八年ほど前だったと思います」
「古い付合いですね」
「どのような話をされたか覚えていますか?」
「久しぶりだったので、調子はどう? とか、まあ日常会話ですか?」
「店には何時ころまでいましたか?」
「二十二時少し廻っていたと思いますが……」
「その後はどちらに……」
「クラブ『嬪』の優瑠瑠のマンションに行きました」
「何時ころ着きましたか?」
「二十三時廻っていたと思います」
「その後は、朝までそのマンションで過ごされた?」
「ええ、次の日午前九時ころ空港へ行きましたが……」
「そうですか、――――もう一つ、いいですか?」
「どうぞ?」
「その後、その居酒屋には行かれましたか?」
三森は何気なく聴いた。
この質問に香坂の眼が泳いだ。
三森は頬に狼狽が走ったのを見逃さなかった。
「いいえ」と香坂は感情を押し殺し応えた。
「アア……。そうですか」
三森は素っ気なく応えた。
三森は、香坂の尻尾を掴んだ様な感触を得て拳を握りしめた。




