1話 夫の肉声
五月二十日
榊慶子は、昼過ぎメルクスの社封筒に入った簡易書留を受け取った。
封筒の中にはUSBと一緒に一枚のメモが入っていた。
メモには秘書課・生駒恭子と携帯番号・メールアドレスが書かれている。
記されている秘書課・生駒恭子?
通夜の時に会っているのか? 記憶にない。
記憶を辿っている時間が、もどかしい。
早くUSBの中身を確認したかった。
慶子はUSBをPCに挿した。
日付と時刻が女の声で入っていた。
内容を聞き初め、日付が四月二十一日午後一時半と声が流れた。
夫が、殺害される前日とすぐにピンと来た。
暫くすると夫の声が「はい……解かりました」と沈んだ声で短く答えていた。
一瞬耳を疑った。
巻き戻して同じ所を何度も聞き返した。
その後は、内容よりも夫の声がいつ出てくるのか?
それを聞き逃すまいとじっと待ったが、そのあとの音声に夫の声は無かった。
その後二度聞きかえした。
全てを聞き終えると愕然とした。
聞きかえしている途中から手が震え出し止まらない。
一切の思考が停止した。
殺害される日「行ってくるよ」といつものように言って出勤した。
その声が、夫の最後の声だった。
あの日以来の夫の肉声が耳に飛び込んで来た。
不意を突かれ、心が揺れた。
再び寂しさが蘇ってきていた。
慶子は、夫がいつも座るソファーの誰も居ない、その場所をじーっと
見つめていた。
瞳から溢れる涙を拭おうともせずに……。
どうしてこんな惨いことをするのか?
治りかけた傷の瘡蓋を無理矢理剥がされた気がした。
だが、「そのまま完治しては駄目!」と云われたような気もした。
夫の無念を思えば、悲しんでいるばかりでは何も解決しない。
慶子は、このUSBを送ってくれた生駒恭子の意図をくみ取ろうと、
もう一度聞き直した。
流れる会話の印象が夫は殺されるべくして殺された。
確証はないがそう思われる会話が耳に残った。
現在、警察から夫の殺人容疑で二之宮を逮捕したと聴いた。
慶子は端から、それは何かの間違いで部長は犯人では無いと
思った。
なぜなら、会社の事は家では余り喋らない夫であったが部長の事を信頼
できる頼りがいがある上司と事ある度に言っていた。
USBの会話内容は自殺した小早川さんにも「死んで詫びろ!」と無言の
圧力が掛かっている。
言葉による暴力が彼の人格を破壊し自殺に導いた様に聴き取れる。
会話の内容はそう示唆している。
ここまで思いを巡らした慶子は、もしかしたら小早川の妻・頼子にも生駒恭子は
同じ物を送っていると思った。
小早川頼子の事は慶子自身が秘書課にいた時に藤堂社長の妻・小夜子の妹という
関係で有ることを知っていた。
「頼子さん……慶子、榊慶子です」そう云うと頼子は
「この度は……」
「頼子さん、もしかして……」
言いかけると
「私も今電話しようと思ったの」
「やっぱり。来たの……?」
「ええ来ているわ……」
「秘書課の生駒恭子さんからでしょう」
「同じね……」
頼子は、何か考えている様子だったが慶子は一刻も早く会いたくなった。
「頼子さん、お宅にこれからお邪魔してもいい?」
「ええー これからですか?」
「都合悪い?」
「いいえ 余り急だったもんですから……」
「じゃあ、いいわね。これからお伺いするわ」
半ば押しつけるような口調になってしまったが、構わないと思った。




