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19話  妊娠


 五月十八日 


 社長秘書・生駒恭子はこの日有給休暇を取った。

 産婦人科の診察を受けた。

 今月の生理が来ないこと、ここのところ頻繁に吐き気を催し眠気がする。

 腰が痛いなどいままでに経験のない症状が現れた事もある。

 だが、恭子自身にも、もしかして―― と思い当たる節もあった。

 診断の結果、医師から妊娠したと告げられた。

「瑛介の子だ! 忘れ形見だ!」

 恭子は満面の笑みで呟いた。 

 


 恭子は、瑛介が何も残さずに旅立ったことがとても寂しく、瑛介を実感できる

何かが欲しいと思っていたので喜びが倍になった。

 でも…… この事を一番に報告したい人はこの世にはいない。

 母子手帳の父親欄は空欄になるが生まれてくる子と一緒に生きて行きたい。

 恭子は、もうそれなりに覚悟を決めていた。

 又、瑛介が自分の命と引き替えに守り抜いた事とは何なのか? 

 命と引き替えに出来る事とはどんな事なのか? 

 その事が、解らずに曖昧模糊になったままでは、お腹の子と一緒に生きては

ゆけない…… そう思った。

 恭子は、いままで真剣に瑛介の犯したミスを調べようとはしなかったが、

お腹に瑛介の子が宿ったことで踏ん切りが付いた。

 真実を知りたい。 

 そして罪を犯した人は、その罪を償わなければ成らないのは当然のことと

思った。

恭子は自宅に帰る道すがら、これからの事と嬉しさが綯い交ぜになっていた。


 瑛介が、自らの命を絶った日からいくらも経たないうちに部下の榊さんが

殺害された。

 そしてその容疑者として二之宮部長が逮捕された。

 この一連の事柄は、それぞれが単独では起こりえない。

 又、どの事柄が欠けても成立しない事柄のように見える。


 恭子は、社長室の会話を録音した内容を改めて聞いた。

 瑛介・榊・二之宮の三人が仕事上で犯したミスは

「会社ごと食い潰されてもおかしく無い程のミス」

 と、財務担当役員が真剣に怒って叱責をした。

 しかもそのミスは、最初の一回だけなくミスの上塗りのように聞こえる。

 財務担当役員から厳しく叱責された日、近くの公園で励ましながら

手伝えることが無いか瑛介に訊いたときに

「今回のトラブルの原因は裏帳簿である事は確か。だが今、その内容は

教えられない」

 瑛介の視線は恭子を避けていた。

 


 最初に犯したミスは、裏帳簿に関わることで、それは或店のオーナー

が持っている。

 その店のオーナーは入手した裏帳簿を盾に大型スーパーの出店阻止の

要望をしていた。 

 その要望を叶えるべく三人は動いたが結局、出店阻止が出来なかった。

 これがミスの上塗り、二回目のミスなのか?

 恭子は小間切れの話を継ぎ接ぎして一つのストーリーを組み立てた。

 トラブルの原因である裏帳簿を財務担当役員は

「警察沙汰に出来ない急所」

とまで言っている事を考えると、それが加盟店の手に入ってしまった

ことは会社にとって致命的と言っても言い過ぎではないミスであろう。

 恭子は裏帳簿を手に入れたとする加盟店がどの店なのか知りたくなった。

 なんとか手がかりになりそうな話がICレコーダーに残っていないか? 

 恭子は、もう一度テープを聞き返した。

 すると瑛介が厳しく叱責された日の前段の財務担当役員の報告の中に

大型スーパー出店地の現在の会社名がバロック電子と聞取れた。

 バロック電子をネットで調べると大阪と東京に同名の会社が有った。

 東京の会社の住所を確認すると、三鷹市吉祥寺東町○○番地とある。

 グーグルの地図データを確認すると道路の反対側にメルクスの

吉祥寺東町店があった。



「見つけた……!」恭子は思わず大声で叫んだ。

 恭子はPCのマップをプリントアウトするとそれを掴み、家を飛び出した。

 駅に行く道すがら営業業務部の同期の智子の携帯にコールした。

「恭子!どうしたの!」

 いつもハイテンションな女『二階堂智子』だ。

「ちよっと、調べて欲しい事があるだけれど、いいかしら?」

「恭子の頼みは、断れない。で! 何を調べる?」

「加盟店の吉祥寺東町店のオーナーの名前を調べてくれる」

 言い終わらないうちにキーボードを叩く音が聞こえた。

「吉祥寺東町店でいいんだよね。名前は薬師寺惺・四十六歳、妻・すず江・

三十八歳、渋くてちょいイケメン、顎に髭を生やしたら良い感じになるな――

タイプかも?」

「智子! 何言っているのよ! タイプかどうか、なんて訊いてないわよ! 

オーナーは薬師寺で良いのね」

「私、最近、渋めがいいかな―― て、ちょっと趣味が変ってきたみたい。

ああ―― 切らないで…… この店もう閉店しているわよ」

「いつ?」恭子は急き込んだ。

「四月末で閉店となっているよ」

「四月末か……?」

「恭子なにかあるの?その店と」

「ちょっとね。趣味が変った話は又、聞くわ! ありがと」



 プリントアウトしたグーグルマップを見ながら現地に立つと、バロック電子

の建物は解体工事中で道路沿いに仮囲いが巡っていた。

 道路の反対側に本来であればメルクスの吉祥寺東町店が有るはずだったが、

智子が言っていた閉店は嘘では無かった。

 五階建ての一階部分は嘗て店舗の面影が残っているだけで、次のテナントが

まだ決まっていなかった。

 貸店舗募集の紙がショーウインドウに貼ってある。

 解体工事が終わると大型スーパーが出来ることになっている。

 建築のお知らせ看板が仮囲いに掲載されていた。

 この場所に大型スーパーが出来たら目の前のコンビニは風前の灯火になって

しまう事は想像に難くない。

 加盟店オーナー薬師寺は裏帳簿を盾に、大型スーパーの出店阻止を店舗担当

SV榊に要望した。

結果本部の上層部まで報告が上がった。

二之宮部長・AMG小早川・SV榊が実働隊で大型スーパー出店阻止のために 

動いた。

そして失敗した。


 

 恭子の脳裏で瑛介事件のホワイトパズルにおける真実の核部分が組み上がり

つつ在った。

 恭子は未だ掌にあるピースの嵌め込む場所を推理した。

 店は撤退するしか無かった。

 オーナーの気持ちが痛いほどわかる。

 メルクスに加盟してくれたオーナーはもちろんだが、家族のことを考えると

胸が痛い。

 そして出店阻止が出来なかった事で瑛介は自らの命を絶ち、榊さんは殺された。

 二之宮部長は容疑者として逮捕された。

 恭子にはその理由が不可解だ。

 不可解なことはそのことだけで無い。

 最初のミスに関わる裏帳簿とは、どのような物なのか? 

 財務担当役員に「警察沙汰に出来ない急所」とまで言わしめる内容が、

皆目見当が付かない事だ。

 恭子自身には、まだ不可解な事はいろいろある。

 しかし、朧気おぼろげながら、その輪郭をなぞる事が可能なストーリーを

組み立てられた。

 掌のピースはもう無かった。

 自殺した小早川瑛介の妻、殺害された榊の妻、それぞれの妻は、原因を

知りたいはずで、その真実を知らずに生きてゆくのは辛いはずだ。

 恭子はある決心をしていた。

 事件の概要を二人の妻に知らせてやりたかった。

 本当は全てが解決してから知ることの方が良いのか? 

 そう思ったが、知り得た事を一人で背負うには重すぎた。

 判っている事だけでも共有したい。

 強くそう思った恭子自身だが……。

 何をどう選択したらいのか? 

 自身に問うても答えが出るはずも無く、ただ考えを巡らすだけだった。

 恭子は、今まで録音した内容に日時と時間を入れ二本のUSBにデータを落した。

 榊 殺害当日の午前中に香坂が二之宮部長の身辺調査について報告している

くだりはデータから削除した。

 USBと一緒に自分の所属・名前と連絡先を記したメモを一緒に入れ簡易書留で

その日のうちに小早川瑛介の妻、そして殺害された榊の妻宛てに発送した。





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