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10話  銀座・クラブ「嬪」


 三森刑事と五十嵐刑事はロイド眼鏡から漂う胡散臭さの中に懐疑の臭いを

捨てきれずに、メルクス本社を後にした。


 二人は捜査本部に戻ると、二之宮のハンカチの件を聴きに主任の席に行った。

 村上主任は二人の顔を交互に見て 

「小早川君が、自殺して二日目・榊君が殺される一週間ほど前に香坂役員から

銀座のクラブ「嬪」に呼びだされた。

『その店でハンカチを紛失したと思う』

と……何故そう思ったのか訊くと――――。

『その日香坂役員は約束の時間よりも一時間ほど遅れて来た。その間、ヘルプで

若いホステスが付いた。その子の香水が原因でアレルギー反応を起こし、

嚔と鼻水が止まらなくなりハンカチをポケットから再三出し入れしたので、

その時に紛失した』

 と……

『家に帰ってズボンを着替えたとき、ポケットの中身を出してみると有るはずの

ハンカチが無かった』

 と証言した。


 そのほかこんなことも言った。

 銀座のクラブに呼びだされて香坂役員から言われたことが

『小早川君の後任が決まるまでの間、小早川君の仕事をやってくれ』

 と……

 二之宮はそんな事をわざわざ銀座のクラブに呼びだして伝える話ではないと

思った。 と……

『それよりも社長が香坂役員と一緒に来たので、びっくりした』……と」

 主任は二之宮の証言を説明した。

 主任の話を聞き終えた三森の口から、独りで考えこむ時の呟き・禅問答の連続技

が繰り出された。



 二之宮を銀座のクラブへの呼び出したのは、本人を特定出来る何かを入手する

ための口実だったのではないか?

 何を入手したかったのか?

 何でも良かったのか?

 何か狙っていた物はあったのか?

 いや! そんな物は最初から無かったのか?

 ホステスの香水にアレルギー反応した。

 二之宮に他のホステスが付いていたらアレルギーは出ずにハンカチも使わなかった事

になるが……。

 そんな不確かさに本人を特定する為の物証入手の手段にするか? 

 この問に対する答えはNOだ。

 三森は眼を閉じた。

 顔は宙を仰いで禅問答を繰り返し始めていた。

「おーい! もし、もしもし――!」

 主任が耳元で叫んだ。


 三森は現実の世界に呼び戻された。

「五十嵐!……」

 三森は我に返って叫んだ。

「なんですか? そんなに大きな声で呼ばなくてもここにいますから」

「ああそうか……社長が榊殺害の夜一緒にいた女は――? 

二之宮が呼び出されたクラブのママじゃないか?」

 三森は社長から貰ったクラブの名刺を取り出すと五十嵐に見せた。

「おお――――本当だ!」

「クラブ嬪のママと藤堂社長は出来ている?」

「だとすると、伏魔殿のクラブが二之宮を狙った事に……」

 五十嵐は呟いた。

「案外、当りかもな!」

 主任にしては珍しく軽い言葉が出た。

 三森が腕時計を見ると二十時を廻っていた。

「主任、これから銀座に行ってきます。少し匂ってきましたね!」

「まだ、ほんの少しだがな! 頼むよ!」

主任は云った後、三森の捜査勘が少し働き出したらしいと思ったのか頬を緩めた。

     


 銀座のクラブ「嬪」は、ホステスが二十人前後黒服三名のそれほど大きな

クラブではない。

 この業界としてはまだ時間的に少し早いのか、客は六組ほどで客に付いて

いないホステスが何人かいた。

 

 クラブのドアを明け、入口で黒服に警察手帳を見せた。

「ママにちょっと伺いたいことがある」

 伝えると、奧から和服のママが現われた。

 二人は名刺を出し「警視庁捜査一課の三森です」 「五十嵐です」

 挨拶をすると、奧の個室に通された。

 VIP用なのか? 

 個室はインテリアがロココ調・椅子は猫足・照明はシャンデリアと

なんとも落ち着かない部屋である。

莉音りおんです。警察の方がどのような……?」

 明らかに辟易たじろいでいる。

 声が不自然に揺れた。

 色白細面で唇がふっくらとして肉感的、眼がちょい垂れ目だ…… 

 憎めない雰囲気が漂う。

 和服は青藍色草木染に蛍袋の花模様・帯は吉野格子か? 

 明るい色の衣装が多いホステスの中で青藍色のママの着物が際だっている。



「早速ですが四月二十三日の午前零時から三時頃まで何処にいましたか?」

 三森が単刀直入に訊いた。

「ちょっと待ってください。ご質問は犯罪の、その……アリバイの確認ですか?」

 いきなりの質問で戸惑っている様子がみえる。

「そうです。どちらに――――?」

 三森は有無を云わせない強さを言葉に込めた。

 眉間に皺を寄せ莉音は携帯電話の予定表を繰った。

 その日の書き込みを眼が追っていた。

 まばたきを一つすると、その瞳が大きく揺れた。

「お答えしないといけないですか?」

 かなり躊躇している様子が見える。

「もちろんです」

「困ったわ……」

「困るというのは?」

「お客様に断ってからでないとお答えできないです」

「お気持ちは解りますが、殺人事件の捜査ですので連絡を取られてからの

返答は困ります」

「そうですか……?」

 そう言ったまま携帯電話をもう一度確認すると、観念した様子で

「その日はメルクスの藤堂社長と一緒でした。この事を社長に話されますか?」

「いいえ、こちらからママの話を社長には話しません」

 ママはそれを訊くと、ほっとした様子である。

「どちらで一緒でしたか?」

「日本橋のマンダリンホテルで朝まで……」

「ホテルのチエックインはどなたが?」

「藤堂社長がご自分の名前を記入されていましたが」

「そうですか、自分の名前を……?」

「何か……?」

「いえ、ところでその日はこの店で社長は飲まれていましたか?」

「はい、会社の方お二人と一緒でしたが……」

「その二人はなんという方かご存じですか?」

「一人は香坂役員、もうお一人は確か二之宮部長と香坂さんが呼んで

いましたが……」

「どのような話か解りましたか?」

「いいえ お仕事の話の時は私たちを遠ざけますので、解りません」

「その二之宮部長に最初に付いたホステスさんはわかりますか?」

「はい 社長と香坂さんはちょっと遅れて見えました。その間は、

花音かのんがお相手していたはずですが……」

「良く覚えていますね」

「商売ですから、女の子がどのお客様に付いて、どんな雰囲気だったのか

覚えていないと次に見えたときに対処しようがありませんから……」

「なるほど、商売柄覚えていらっしゃったと――――。そのホステスさん 

えーと、花音さん今日出勤していますか?」

「出勤していますが……」

「呼んでいただけますか?」

「ここに、でしょうか?」

「何か拙いですか?」

「いえ、まだ若い子なので刑事さんに質問されて上手く答えられるか心配です」

「大丈夫ですよ。難しい質問はしませんから」優しく言うと

「いま呼んで参ります」



ママと部屋に入ってきたのは、丸顔で大きな目に長い付睫毛・ピンクの

印象的な口紅、胸の谷間が露わなミニのワンピースは花柄レースがあしらわれてい

た。

「早速ですが、四月二十二日に付いたお客でこの人を覚えていますか?」

 二之宮の写真を見せると花音は、

「覚えています。日付は覚えていませんが……」

 小さな声で返事をしてチラッとママを見た。

「どんな話をしましたか?」三森が訊くと

「初めてのお客さんでしたので、お話は世間話だったと思いますが、ただ……」

「何か気づいた事があったら言ってください」

「私が付くと直ぐにくしゃみを何度もしたので覚えています」

 言い終わると又ママをチラッと見た。

 三森はママを気にしながら返事をしているようすに違和感を持った。

「嚔をした後どうしていましたか?」

「ポケットからハンカチを出して鼻を拭っていましたが……」

「そのハンカチですが、何か覚えていませんか?」

「はい、ハンカチはテーブルに置いていました。

何度も鼻を拭っていましたから、ポケットに仕舞うのが面倒臭かったと思い

ますが……それが何か?」

「その後はどうしましたか?」

「その後、お連れさんが見えてテーブルを移りました」

「テーブルを移るとき、ハンカチはどうしましたか?」

「ボーイさんが運んでくれたと思いますが……私は他のお客さんのテーブルに

移るよう指示されましたのでそちらに移りました」

「ああそうですか。通常テーブルを移るときはそんな手順ですか?」

「そうですね」

「ああーママ、すみません今の話を訊いておられたと思いますが、テーブルを

移動したときのボーイさん、今日は……」

「あの時は松尾と云うボーイです。先日辞めて田舎に帰ったと同僚のボーイに

訊いていますが……」

「田舎はどちらですか……?」

「そこまでは訊いていませんが……ちょっと待ってください。経歴書を持って

参ります」

「花音さん、もう良いですよ。ありがとう」

 三森が礼を云うと花音は店に戻った。



 松尾の経歴書に依ると現住所は都内の住所になっている。

 本籍地の欄には福岡県久留米市大石町××××番地とある。

「九州か……この経歴書ちょっとお借りしても良いですか?」

「かまいませんが」


 捜査本部に戻り主任に聞き込みの報告をした。

「藤堂社長のアリバイの裏が取れました。ハンカチの件は最期に触ったと

思われる従業員は既に辞めて田舎に帰ったそうです。管轄は久留米警察です。

早速照会しておきます」

「そうか…… それにしても二之宮の思い違いでなければ、クラブ嬪が臭いな」

 主任は借りてきた経歴書を見ながら

「これも従業員の誰かと筆跡が一致するかもな?」

 主任の眉間に縦皺が寄った。

「主任、久留米の住所は偽造と……?」

 三森が主任を見た。

「多分な……その松尾というボーイは行方を眩ましてるだろう」

「それなら照会は大至急だ! あと、筆跡鑑定か……従業員自筆の文字を

集めないと鑑定にならないな」

 五十嵐は気負い込んだ。



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