9話 社長事情聴取
恭子は、扉をノックして社長室に入り間もなく扉が半分開かれ、
「どうぞ」と声を掛かけてくれた。
二人は名刺を出し
「榊さんの件を担当しています。少しお話を伺いたいのですが……」
社長は六十代後半に見える。
顔色が良い。鼈甲・ロイド眼鏡の奧の眼は細い、顎が張った四角な顔だ。
グレーの頭髪は軽いウエーブがかっている。
品の良さそうなオーダーメイドスーツはイタリアの匂いがする。
腕にはロレックスか……。
「社長の藤堂です。挨拶が遅れて申し訳ありません。今日はどのようなお話で……」
穏やかに挨拶した。声は低いバリトンだ。
「榊さんの件で皆さんにお聞きしています。四月二十二日の行動を教えて頂けます
か?」
ソファーに三森と五十嵐が座ったが、社長はデスクに座ったままだ。
「四月二十二日ですか? 榊君が殺害された日ですね。アリバイの確認ですか?
早く犯人が捕まると良いですが……」
背広の内ポケットから手帳を出して日付を確認して
「その日は十時に出社しました。十一時から十二時まで会議、その後は通常業務
で定時に退社していますね」
平坦に応えた。
「午前零時から三時頃はどちらにいらっしゃいましたか?」
「その日の深夜ですか? これはちょっと困ったな……」
眉間に皺を立て、三森を見た。
「困った。…… というのは?」
「この日は、銀座のママとホテルで一緒だったんだが……」
手帳を見ながら淡々と応えたが、困った風は無く目尻に微笑が浮かんでいた。
「もう少し詳しくお願いします」
社長の様子に少しも困った様子が見えない。それよりも何か誇らしげに見える
のは何故なのか……? 三森の眼には、そう映る。
「話すのはかまわないが女房には内緒でお願いできますか?」
「奥様には内緒で構いませんよ」
この社長も浮気か?
腹に据え兼ねた。
三森は憤慨した。
「ありがとう…… その銀座のママというのは『クラブ嬪』の莉音
というママです。泊まったホテルは日本橋のマンダリンホテルです。
女房にはくれぐれも内緒でお願いします」
頭を下げるわけでも無く、口先だけの言葉だ。
「わかりました『クラブ嬪』の連絡先を教えていただけますか」
ロイド眼鏡の社長は名刺入れから「クラブ嬪」の名刺を差し出した。
三森は名刺を受け取りながら……女房に内緒にしてくれと卑屈になって
何度も言う。
四角顔のロイド眼鏡が、この会社のトップの顔なのか──?
コーポレート・ガバナンスを語る資格さえ疑いたい……そう思った。
「ところで小早川さんの自殺の件ですが……」
三森は話題を強引に振った。
ロイド眼鏡は眼鏡越しに細い眼を更に細くすると、三森を見据えた。
「それは、既に解決済みと訊いていますが」云うと、
かったるそうに人差し指でロイド眼鏡を中指で押し上げた。
「はい、小早川さんだけの事件でしたら解決済みで良かったんですが、
同じ部署の方が続けて事件では、その関連を再調査しなければなりません」
最もらしく、こじつけた。
「小早川さんの事件があった日に、社長と小早川さん・その他二名の合計四名
の方で会議をされた……と訊いていますが、どのような会議であったか……
教えていただけますか?」
「もう、ずいぶん前の事でちょっと思い出せないんですが……」
ロイドめ! 惚けやがった。
国会答弁の様に聞こえた。
三森は、グッーっと堪えて、続けた。
「小早川さんが自殺されたのは四月十三日ですので、ほぼ一ヶ月前になりま
すが…… 何か思い出していただけませんか?」云うと、
ロイド眼鏡の顔色を読んだ。
ロイド眼鏡の反応が無い。
五十嵐も腹に据えかねたのか、尖った声で質した。
「財務担当役員から小早川さんは、だいぶ叱責されておられたと訊いてい
ますが?」
「ああ、香坂君も一緒の会議か…… 彼に訊いて貰えると助かるが……」
ロイドは、とんでもないメガネ狸だ! 三森は思った。
「そうですか? 香坂役員は出社されていますか?」訊くと
「彼は海外出張から今日の深夜帰国予定ですが……ああ、それから明日は
休みの予定になっていますよ」
ロイドがダメを押した。
三森と五十嵐はとりあえず捜査本部に戻ることにした。
帰りの車の中で五十嵐が問うた。
「三森さん、案外優しいんですね」
「何が?」
「いや、生駒恭子の聞き込みで小早川との仲は? と、聞かなかったから……」
「おお、その件か? まあ最初からいやな質問してもなっ──、それに小早川は
部下の榊を殺害する動機が見当たらない」
「そうですね。興味本位で聞く話じゃないですよね。ところで二之宮の
ハンカチ…… どう思います」
「ウ〜ン これは苦しいよ! すごく苦しいと思う」
二之宮は「白」と確信しているだけに、動かし難い物証ほど、強い物は無いと
三森は思っていた。
「そんなに苦しいですか?」
「そりゃそうだろう、自分のハンカチが現場にあったんじゃ……どう説明しても
誰も納得できないだろう?」
「ですよね」
「二之宮は、ハンカチを何処でなくしたのか? 多少曖昧でも良いから自己弁護
しないとな。それか誰かに掠め取られた、くらいの事を言うか?」
三森の口から二之宮に対する弁護の言葉が並んだ。
「主任、何か聞き出せていると良いんですけどね」




