5話 小早川の自殺を洗い直せ
五十嵐刑事はコンビニからDVDを借り捜査本部に戻った。
「これ借りてきました。二之宮さん、ちゃんと写っていますよ」
主任は複雑な表情でそのDVDを受け取った。
「おお、そうか……映っていた……か……? これで振り出しか?」
声が次第に小さくなった。
腕組みをして、憮然とした表情を隠せない。
「まだDNA型の件が……」
五十嵐刑事も次の懸念を隠せない。
「そうなんだが……アリバイが確かだとハンカチの件は第三者が証拠を捏造した
可能性も視野に入ってくる」
主任はその先を見ていた。
「第三者か……? 榊が二之宮のハンカチを持っていた? その可能性は……」
五十嵐刑事は主任の云う第三者から二之宮を排除出来ないでいるようだ。
いつの間にか三森刑事が二人の話を訊いていた。
「榊は二之宮のハンカチを持っていなかった」
三森刑事が五十嵐刑事の顔を見て断言した。
「ですよね。可能性の話ですよ」
五十嵐は、視点は鋭いが走りすぎだと三森は思った。
「榊を殺害し二之宮を嵌めようとした第三者がいた? ですね! 主任」
三森が主任の言葉を繰り返した。
「そういうことになるが?」
「その第三者は二人の事を良く知っている。逆に榊も二之宮もよく知っている
人物になる」
主任が唐突に
「同じ部署で自殺した人がいたな? 五十嵐君覚えているかい? えーと、
ああ! 思い出しました 榊の上司のエリアマネージャーですよ……
ほら?」
「なんだよ…… 何が ほら なんだよ?」三森が突っ込んだ。
「名前ですよ! 名前?」
主任が捜査資料のファイルを繰っていた。
「ああこれだ。小早川瑛介 当時の役職はエリアマネージャー」
主任がそのファイルを三森に見せながら渡した。
「主任 死んだ人をもう一度洗うんですか? 担当した所轄が嫌がりますよ」
五十嵐の言葉が尻込みしている。
「小早川の住所は世田谷区か? 小松管理官に一言お願いするか」
三森がファイルから必要事項をメモっていた。
「五十嵐行くぞ?」
既に歩き出していた。
「何処に?」
五十嵐が小走りに三森の後を追った。
「世田谷署だ! 主任連絡よろしく!」
「何て奴だ!」
主任の頬が緩んだ。
三森刑事と五十嵐刑事は世田谷警察署長・小泉敬史郎(警視)と所長室で
談笑していた。
「管理官の小松君から、さっき電話あったよ 小松君とは同期でね。
若いときは一緒によく飲んだよ。帰ったらよろしく云ってくれ」
「はい」
「ああ、そうだ。連絡のあった事件のファイルそこに出しておいたよ。
参考にしてください終わったら戻してくれればいいですから」
「申し訳ありません」
「いやいや、良いんだよ! 小松君には色々と世話になっているから」
「問題の事件は良く覚えているよ。その自殺した本人の奥さんがコンビニの
メルクスの社長の奥さんの妹さんという関係でね。もしかしたら次期社長に
なる人だったのかとも思ったりしてね」
「詳しく覚えていらっしゃいますね?」
「まあ、たまたまだよ。わっはっはー」
なんとも豪快。屈託の無い話しっぷりに三森は、好感を持った。
それよりも異例の所長、自らの対応には恐縮した。
普通であれば担当刑事の簡単な説明が良いところで関連資料の貸出しは
まず無い。
帰りの車の中
「小早川瑛介の奥さんが社長の親族だったとは?」
五十嵐がハンドルを握りながら三森に疑問を投げた。
「次期社長か? 気に入らないね……」
「なぜですか?」
「自殺が本当なら、自ら命を絶たなければならない重大事を抱えていた
ことになるが? おお、そうだ! 奥さんに話を聞きに行いくか?」
「はい? 主任に連絡しますか?」
「帰ってからで良いだろう。緊急じゃ無いからな。それより自宅は奥沢だ。
ええと、玉川通りを行って自由通りに入ってくれ!」
「ナビ入れましたから……大丈夫です」
小早川の自宅は東急東横線・自由が丘駅から徒歩五分ほどの
高級住宅街の中だ。コンクリート打放しの外壁が周囲を威圧し高級住宅が
立ち並ぶ中でも際立っていた。
居間に通された。
小早川の妻は、目が大きく肩までのストレートな髪が印象的・丸顔の
表情が心なしか悲しげに映る。
「いきなりで申し訳ありません。ご主人ご愁傷様でした」
二人は名刺を出した。
「亡くなられてどのくらい経ちますか?」
「四月十三日に亡くなりましたから、もう十八日経ちますが。あのう……
世田谷警察の方ではないんですか?」
名刺を見ながら聞き返された。
「本庁の捜査一課です。現在ご主人の部下だった榊さんの事件の捜査を
担当しています」
「榊さんの事件は知っていますが…… 主人の件と何か関連があり
ますか?」
「上司と部下の方が続けて事件という事で、お話を伺いに来ました」
「そういう事ですか?」
訝しげに俯いて答えた。
又、辛い思いを我慢しなければの思いが過ぎったのだろう。
三森は部屋の中を遠慮無く見廻した。
ゴミ一つ無く綺麗に掃除されている。
「ご主人の書斎は?」
「こちらです。いつも遅くまで調べ物などしていました」
六畳ほどの部屋に大型のライテングデスクとハイバックの
椅子・デスクの背中は天井まで壁面一杯の本棚が設えてある。
並んでいる背表紙を一瞥すると、あらゆるジャンルの書籍が
並んでいる。
五十嵐が書斎の中に入って書籍を見廻した。
「ご自宅で仕事のことは話されましたか?」
「家で仕事の話はしない人でした」
「すると当然上司・部下の話もされなかった?」
「はい」
「自殺と訊いておりますが……遺書は残されましたか?」
「いいえ……何も残しておりません」
「自殺の理由というのは、何か見当が付きますか?」
「さっぱりです……悩み事が有るんだったら相談して欲しかったの
ですが――――」
「奥様に心配掛けたくなかった。と思いますが……」
「亡くなる一ヶ月くらい前から会話が極端に少なくなっていました」
「ご主人の日記・パソコン・携帯電話は有りませんか? 悩み事を
そういった物に残しているかもしれません」
「日記はなかったです。パソコン・携帯電話は警察から返却するので
取りに来て欲しいと連絡があったんですが…… まだ行っていません」
「ああ…… そうですか?」
五十嵐刑事が書斎から戻ると三森に顔を向け小さく頭を振った。
三森はわかったと小さく頷いた。
「ところで、ご主人は次期社長と噂があると聞きましたが?」
「私は、知りませんが、姉が社長の所に嫁いでいるのでそんな
憶測をされるのかもしれません」
「お姉さんが社長夫人ですか?」
「はい、そんな関係で主人も他の会社に勤めていたんですが、結婚と
同時に今の会社に転職を……」
「ああ そうですか。結婚されたのはいつですか?」
「七年前です。何か……?」
「いえ……お子さんは」
「いません」
頼子にとって一番辛い質問だった。
俯くと自然に涙がこぼれた。
それを見ていた五十嵐刑事が
「三森さん、この辺で……」と五十嵐が水を向けてきた。
「そうだな、いろいろと失礼しました。ありがとうございました」
礼を言って再度世田谷署に向かった。
小早川のパソコン・携帯電話を小泉署長の厚意で借り受けた。




