2話 囚われの身
五月九日(捜査八日目) 取調室
取調室の二之宮の前に逮捕状が広げられた。
二之宮の視線は、その逮捕状に釘付けになった。
三森は、生気の無い二之宮の顔を一瞥して逮捕状の説明を始めた。
「二之宮さん、この逮捕状で貴方は四十八時間勾留され取り調べを受けます。
その後、検察官に引き渡され二十四時間取り調べを受けます。
さらに取り調べが必要な場合はそこから十日間勾留取り調べ、
さらに十日間の勾留取り調べの後、公訴提起・要するに起訴され裁判と
成ります。簡単ですが、これからの流れです。何か質問ありますか?」
二之宮は、小さく頭を振った。
先ほどから視線が逮捕状に貼付いたままだ。
「知り合いの弁護士さんは居ますか?」
「はい 大学の友人ですが居ます」
精気の失せた掠れた声だ。
「その方に弁護をお願いしますか?」
三森刑事に大きく頷いた。
「あとで連絡先を教えてください」
そう言いながら逮捕状を畳んで背広の内ポケットに仕舞った。
「今、連絡をしたい方は居ますか?」
「櫛笥佳代子に連絡を……」
頭を垂れ返事はデスクに向った。
「その方は親戚か? 何かですか?」
「いいえ、私の友人です」
「その友人の連絡先は今、判りますか?」
「はい」
「ここに名前と連絡先を書いてください。逮捕され警察に勾留されていると
連絡をしますが良いですか?」
「かまいません」
二之宮が連絡先を書くと、その紙片を主任が持って取り調べ室を飛び出した。
入れ替わりに五十嵐が取調室に入った。
「二之宮さん、榊さんどんな方でしたか?」
三森はそう切り出すといきなり本題に入った。
「ええー 殺される二日前にも一緒に飲んでいましたから、彼の性格は
良くわかっていますよ。嘘の無い、真面目なやつでした。ちょっと思い込みが
強すぎる所も有りましたけど、まあ欠点といえるか……? 優柔不断より私は
好きですが……」
榊のことを饒舌に語った。
「その 榊さんはどうして殺されたか何か思いつきませんか?」
「いいえ さっぱりわかりません」
「私は、はっきり言っておきます。あなたは殺して無いと思っています。
なぜなら今お聞きしたように二之宮さんは榊さんに悪意も憎悪も仕事上の
トラブルも無いんです。だから殺す動機が見当たらないんです」
三森の意を伝えておきたかった。
「もちろんです。私が榊君を殺してもなんのメリットもありませんから」
「ですよね。そこで先ほど説明したようにこれからは、警察・検察ともに
二之宮さんを有罪にする流れを推し進めることになります。
ここが大切ですよ。大きな流れが出来るとそれに逆らう人は居なくなり
結論を急ぐ格好になります」
「はい」
「ここまでは、良いですね。この状態から脱却するには途轍もなく大変です。
それには、これからお話しすることを覆さない事にはどうにもなりません。
一つはアリバイです。もう一つは、遺留品のハンカチから二之宮さんの
DNA型が出たことです」
「……」二之宮は俯き押し黙った。
「最初のアリバイですが、奥様にお聞きしたところ
『その日主人は出張と云って出勤したと』これは確かですか?」
「確かにそう云って家を出ました」
「でも出張は行かなかった?」
「元々出張の予定はありませんでした」
「なぜ、そんなことを言われたんですか?」
「妻は私が出張と云えば実家に帰ってしまいますから……
外泊したい時はそう言うことにしたんです。
この日も友人の所に行くつもりだったので……」
「それで、出張と……? で……その友人というのは、先ほどの方ですか?」
「はい、そうです」
「その友人のお宅に行かれたんですか? それともどこかで会った?
もう少し詳しく話してください」
「あの日、仕事を終えて本社を出たのが夜九時頃でした。渋谷の自宅に
戻って車で友人宅に向かいました。着いたのは十一時頃だったと思います」
「二之宮さん先程から友人と言っていますが? その友人は不倫相手ですか?」
「申し訳ありません……とても言い出しにくくて……言えませんでした。
お恥ずかしい限りです。逮捕状を見た時、このままだと非常に拙い事に
なると思いました」
「二之宮さん、本当のことを話して貰わないと拙いなんて事でなく、本当に
何十年も刑務所の中で暮らすことになりますよ」
「その方の名前ですが先程紙片に書かれた名前はなんと読むんですか?」
「櫛笥佳代子と読みます」
「佳代子さんで良いですかね。その佳代子さん職業はなんですか?」
「フリーの翻訳家です」
「それでは自宅が仕事場という事ですか?」
「大体は自宅で仕事しています」
「関係はもう古いんですか?」
「五年くらいになりますか……」
「そうですか……先程夜の十一時頃佳代子さんのお宅に着いたと?」
「はい、その頃だったと思います」
「その後、朝まではどのようにされましたか?」
「佳代子のマンションに着くと彼女はパソコンに向かって仕事していました
ので、私は風呂に入りました。すると佳代子も風呂に入ってきて……」
「二之宮さん、その後どうしましたか?」
「私は先に風呂を出てビールを飲もうと思って冷蔵庫を開けて見ると
ビールが無かったので、近くのコンビニまでビールを買いに行きました」
「彼女の分も買ってきて一緒にビールを飲み、佳代子の仕事の話を少ししました」
「今コンビニにビールを買いに行ったと言われましたね? そのコンビニの
名前はなんと言います? 覚えていますか?」
「さて、名前は正確には覚えていませんがサークルXのチエーン店です」
「サークルXですか? 店でレジの前に立ったのは何時頃でした?」
「わかりました…… 防犯カメラですね? ええと…… ぶらぶら歩いて
行ったんですよ。確か午前一時頃だと思います」
二之宮の眼に光が点った。
「そうです。その店の防犯カメラに二之宮さん写っていたら、アリバイが
成立しますね」
三森は振り返って
「五十嵐君ちょっと住宅地図を頼む……住所は調布で良いのかな?」
二之宮は自分の行ったコンビニを直ぐに指さし
「このコンビニです」
三森が地図に印を付けた。
五十嵐がその地図を覗き込んでいた。
三森さんちょっと行ってきます。
そう言うと地図を持って取調室を出て行った。
昼近くになっていたので取り調べは休憩とした。
三森は主任に報告する為に少し時間が欲しかった。
主任を探したが本部には居なかった。
櫛笥佳代子の所に直接行ったのか?
二之宮は逮捕状を見て百八十度態度が変ったような気がした。
自身でも拙いことになる……と思ったのだろう。
尤も佳代子とのアリバイを裁判中に出されたら、こちらがもっと
拙いことになっていた。
午後は五十嵐が戻るまで取り調べは待つつもりであった。




