9話 事情聴取 その二
四月二十七日メルクス本社・加盟店掌握営業本部、
捜査本部の村上刑事・三森刑事・科学捜査研究所から二名の研究員が
メルクス本社を訪れた。
二十畳ほどの会議室が事情聴取のために充がわれた。
北多摩地区加盟店担当スーパーバイザーが八名・次席・部長の計十名だが、
エリアマネージャーが現在空席となっている。
それぞれのスーパーバイザーが時間を融通して午後一時から六時までの
間の時間に待機しているとのこと。
広報の担当から説明された。事前に指紋とDNA型鑑定のサンプル採取を
依頼して有ったので事情を聞く前にその作業を行った。
午後一時から事件当日の行動と深夜零時から午前三時までのアリバイ、
合わせて仕事上の関わり及び個人的な付合いはなかったか? 等の
事情を聴取した。
各人がその日の行動を仔細にペーパーで提出した為、両刑事の聴取は
思ったよりも速やかに進んだ。
三時を回る頃には約半数の聴取が終わっていた。
「主任、思ったよりも早く進んでいますね」
「今のところ、怪しい人はいない」
「深夜のアリバイが家族だけという人が結構いますね」
「それは、普通の人という証拠だよ。深夜に自宅で寝ていたというのは、
不思議はないからな」
「そうですね」
「動機が見えるまで、本人の申し立てをそのまま聞いておこう」
「はい」三森は軽く頷いた。
スーパーバイザーの聴取が終わった。後は、次席と部長が残った。
「お待たせしました。早速ですが田澤次席の事件当日四月二十二日の行動を
お話願います」
「四月二十二日は九時十分に出社した後十八時に退社するまで社内で
通常業務です。昼に近くのレストランに出ましたが、それ以外は外出もして
おりません」
田澤は諳んじているかの様にすらすらと応えた。
「当日榊さんと仕事の件で打ち合わせなどされましたか?」
「その日、打ち合わせは無かったですね。確か榊君は午後から加盟店の
店舗指導に出かけたと記憶していますが……」
「特別変わったことなど気がついた所はありませんでしたか?」
「気が付かなかったですね」
「その日の深夜、正確には四月二十三日と成りますが、零時から
午前三時まではどちらにいましたか?」
「はい、家で寝ていました。確か十一時頃には布団に入りました」
「どなたか、そのことを証言できる方はいますか?」
「はい……妻が朝まで一緒でしたが?」
「わかりました。榊さんの事ですが、最近変わった様子は見えなかった
ですか?」
「すみません、私は横浜支店から四月一日付けで転勤してきたばかりで、
榊君の事がまだ良くわかっていないものですから、その、普段と特別変わって
いたかが良くわかりません」
「あー そうですか…… もう一ついいですか? 彼の担当していた店から
苦情など聞いたことがありませんか」
「彼の担当店から私に苦情は有りませんでした」
三森は田澤の返答を聴き、主任を見ると小さく頷いた。
「田澤次席、以上です。 協力ありがとうございました」
二之宮部長が最後になった。
「早速ですが、四月二十二日の行動を聞かせてください」
「その日は九時半頃出社しまして、二十一時まで社内業務でした。
外出はしなかったです」
「当日の零時から午前三時までは、どちらにいましたか?」
「はい……」
上着の内ポケットから手帳を出して頁を捲ってから、手帳に指を差し……
「自宅で寝ていました」
三森は二之宮がわざわざ上着のポケットから手帳を出して確かめる姿を
見て、わざとらしく胡散臭さを感じた。
「どなたか、証明できる方はいますか」
「妻が一緒でした」
「ああ―そうですか」
「榊さん最近変ったこと有りませんでしたか」
「いや―――無いと思いますが、ただ……」
「ただ……何ですか? 何でもかまいませんよ、些細なことでも気が
付いた事があったら教えてください」
「社内の定期異動の内示を役員から受けまして」
「それで、その内容を榊さんは何か言っていました」
「実は私も榊君と同時に異動の内示を受けましたので、内容は同じです」
「部長も ですか? で……内容は」
「定期異動して貰う。時期は社内各支店で調整がすんだら知らせると」
「定期異動ですか? まだ四月が始まったばかりじゃないですか……?
メルクスさんとしては、通常の時期なのですか」
「いいえ、今まで五月・六月に異動はやっていないんですが……?
経営トップの事情はわからないので、私の方から時期については、
いろいろ言えない立場です」
云うと、小さな嚔をひとつしてハンカチで拭った。
ハンカチはズボンのポケットにしまった。
「そうですね。その社内調整というのはどのくらいと言われていましたか」
「大体ですが五月末から六月半ばと」
「そうですか? で、その役員さんというのは、どなたですか」
「財務担当の香坂役員です」
「財務担当ですか?」
「社長も了解の話と言われていました」
「でしょうね。財務担当の役員さんが人事まで弄れないですものね。
で、内示を受けた榊さんはどんな様子でしたか」
「サラリーマンですから…… どうなのかと言われても、受け入れるか?
そうでないか? といえば、私もそうですが、まあ、しょうが無いかなと、
そんな感じですよ」
「榊さんもそんな事を言っていましたか」
「内示を受けた日は、四月二十一日です。その日は二人でゴールデン街ですよ。
痛飲しました。榊君言っていました。異動も考えようによっては、
新天地に行く感じで良いじゃないですか……と」
「新天地ですか? 異動の内示はお二人だけですか」
「私の知っている限りは……」
三森刑事は怪訝な眼を二之宮部長に向け
「部長、部長の部署で最近何かありましたか」
二之宮は小さく頷いて、事情を呟いた。
「実は、私の部下のエリアマネージヤー小早川が、ひと月ほど前自宅で
自殺しまして、まあ……監督責任が私にあったものですから……
その詰め腹かなと」
「どうして榊さんまで異動なんですか」
三森は至極当然な疑問を質した。
「その時、榊くんの直属の上司が小早川君だったんです」
「そうですか…… それが異動につながったと云うことですか?
すると、榊さんが何か不祥事を引き起こされた事になりませんか?」
「その辺は、私にも良く解りません。そもそも自殺の原因が不明ですから」
二之宮の証言は、詭弁の臭いを強く発していた。
三森は二之宮に疑義の眼を向けた。
二之宮の目線が揺れて宙に舞った。
この会社は部下が上司の責任を取らされるのか、と三森は違和感を持った。
「たぶん、これは、私の憶測です。あくまでも私見ですから」
「他に榊さんの事で気づいた事は有りませんか?」
「他には特別ありませんが……」
「ああー、それから、指紋とDNAサンプルは採取されましたか?」
「こちらに来る前に済ませてきました」
「榊さんの使っていたパソコンは今どうなっていますか?」
「まだ、以前のままですが?」
「任意提出をお願いしたいのですが?」
「はい、ここに持ってくるよう次席に連絡します」
「いろいろと、協力ありがとうございました」
加盟店掌握営業本部・二之宮部長所属部員の事情聴取が終了したが、
怪しい人物は浮かばなかった。
科捜研は関係者のDNA型・指紋サンプルと榊が使用していたPCを持ち帰った。




