8話 胸に悔しさが宿る
翌日・四月二十五日、
立川の榊家に遺体が戻った。
狭い和室に棺をなんとか納めた。
今夜が通夜・明日を葬式とした。
訃報は慶子が電話で済ませた。
死因が普通でない為、連絡したのは身内だけである。
通夜には、会社関係の人が大勢見えた。
最初に喪服・黒真珠ネックレス・薄化粧の清楚な女性が焼香し
慶子に「ご愁傷様です」と声を掛けた。
だが次の弔問客からは黙礼するだけで喪主に言葉を掛けられずにいた。
慶子が気にしている人、香坂は結局通夜に現れなかった。
故人を偲ぶような場所もなく又偲ぶ事も憚られる空気が漂っていた。
弔問客は、故人の遺影に黙礼しその足を直ぐに帰路に向けた。
最後に捜査本部の村上刑事と三森刑事が故人に別れを告げた。
弔問客の足が途絶えた。
通夜に線香を絶やさない様に、榊の母が寝ずに供養した。
夫は無事に彼岸に渡れたであろうか……?
慶子は最愛の夫を失い、心が枯れ胸も塞がれていた。
昨日から食べ物が咽を通らない。
子供は欲しかったが恵まれなかった。
結婚して過ごした日々を思うと、此の家から出たくはなかった。
だが家のローンが残っていた。
売りに出しても、借金は残る。
女手で凌げる金額ではない。
秋田の実家へ戻るのか……? 決めかねていた。
四十九日までになんとか結論を出さなければとの思いが過ぎる。
夫は、まだまだやりたい事が沢山あっただろうに―――。
無念を晴らして欲しいとの夫の思いを強く感じる。
最愛の人がもう此の世にいない。
虚しさが波の様に幾度となく押し寄せ又、引いてゆく。
その度毎に二人で築いた大切な思い出が少しずつ失われてゆく様な気がした。
此の虚しさが消えた時、心の中も空っぽになっている様な気がする。
悲しさや虚しさに我が身を浸している場合ではないと自らの気持ちを鼓舞した。
夫・榊 博嗣は、なぜ殺されなければいけなかったのか……?
慶子には皆目見当がつかない。
日常会話は普通に、交わしていたが仕事の話を家でしない夫だった。
最近、食欲も無さそうで、しきりに酒を飲んだ。
だが、いくら飲んでも、酔うそぶりも見せなかった。
酔えないほど何かに取り憑かれたようだった。
だが、それがなんなのか慶子には見当もつかなかった。
香坂に相談したが、うまく交わされた。
仕事以外で親しい友人との交わりはここのところほとんど無かった。
夫が、殺されなければならない原因は、仕事に絡んでいるだろう事を、
慶子は、想像できたが……。
思いを何度巡らせても、たどり着くところは、
「それは何?」だった。
結局、夫の事は、何一つ知り得ていなかったのだ。
慶子には、それが一番悔しい。




