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17話  忌まわしい追憶


 同日四月二十一日・二十一時 

 新宿ゴールデン街・一杯飲み屋カウンター


 二之宮と榊は、五人も座れば一杯になる一杯飲み屋のカウンターに

肩を寄せ合う様に座っていた。

 何杯目かのチューハイをモツの煮込みを肴に傾けていた。

 二人とも軽く酔いが廻って気分が乗ってきていた。


 「あの後の役員からの話は、何だった?」

 二之宮が聴いてきた。

 「何ていうことはありませんよ。今回の原因を作ったのは、お前だと

何度も言われましたよ。しつこいったら、有りませんよ」

 榊は本当のことを喋らなかった。

 どうせ、二之宮に話しても酒の肴にされるのが落ちだ。そう思った。

 「そうか、しつこいのは駄目だな。大体が一回で良いんだよな」

 「そう、一回云えば解りました。と…… 云いたかったですよ」

 話を合わせた。

 「何様だと思っているんだ! あいつは!」

 二之宮が酔いに任せて不満をぶちまけた。

 「香坂様だ――――! と思っている?」

 固有名詞を罵倒したつもりだった。

 「―――― 面白いこと 言うね――――! 榊君!」

 二之宮は酎ハイを啜ると続けた。

 「君にはいろいろときつい事も言ったが…… まあ 許してくれ 

 これも、それも、あれも、全部仕事だよ! 許してくれ」

 二之宮が大きく頭を下げた。

 下げた頭の半分は、酒に酔って勢いがついた為だと思った。

 「はい、私も自殺しようと思いましたよ」

 しみじみとした口調でいった。

 二之宮がそれを訊いて素面に戻った。

 「シ――――! 駄目だよ! それは禁句だよ!」

 周りを見回す。

 「榊君困るよ! こんなところで……それは無いでしょう!」

 二之宮の眼が狼狽えていた。

 「すみません」気のない返事が口から零れた。

 「頼むよ――――」

 何を頼まれたのか意味がわからなかったが──。

 「はい」云って、モツ煮を箸で摘まんだ。

 「ところで、突然の異動の話、びっくりしたな?」

 二之宮が話題を振った。

 「はい 私は逆に丁度良かったと思っています」

 「何で?」

 「今の部署では、みんなの目もきつくなっていますし、正直やり

にくいです」

 「ああそう。そんな風に感じていた?」

 「小早川さんの件があってからは、ずーっと感じていました」

 「そうだな、俺も責任が無いとは云えんからな」

 二之宮が歩調を合わせてきた。

 「自分が原因で追い詰めてしまって…… 結果辛いことになって。

遺族の方に、突然私のせいです。申し訳ありませんでした、と言えれば

すごく気持ちが落ち着くんですけど、そうもいかないし、今でも、

どうしたらいいのか? 解からないんです」

 「おい、おい、そう煮詰まっちまうなよ! そりゃ駄目だよ! 駄目!」

 二之宮は、榊の肩に掌をのせて、諭すような口調になった。

 「さっきから、駄目だし三連発だな! そう急ぐなよ! 君は若いん

だから人生急ぐことは無いよ。そう! 急がなくて大丈夫!」

 二之宮の言葉は気休めにしか聞こえない。

 「でも、自分は――――」

 二之宮はそこで榊の言葉を遮った。

 「もう、いいよ、この話はここまでだ!」

 二之宮は酎ハイを一口飲み、沈んだ声で

 「異動が九州だったりすると、俺は単身赴任だな、女房は知らない土地

には行きたがらないし困るよな」

 二之宮の口調が湿った。



 「ところで、榊君のところ、お子さんは?」

 ん―― !? 何故話しを振るんだ! しかも子供の話に。

 「はい、まだです」

 前の話の整理が出来ていなかったが応えた。

 「作らないの?」

 余計なお世話だ! 

 聴かないでくれと、云いたかった。

 「いえ…… そんな訳では無いですけれど」

 「出来ない?」

 「はい」

 何で、そんな所をつっこむ? 

 転勤の話しの後に子作りの話しは無茶振りだ。

 酔いが醒める。

 二之宮が又、聴いてきた。

 「医者に見てもらったの?」

 しつこいぞ! 二之宮! 

 腹の中で叫んだ。

 「いいえ、半分諦めているんです。妻もいい年ですし」

 「ああ そう 子供居ないと年取ってから困るよ」

 「そうですよね」

 もう、どうでもいい話で返事もいい加減になった。



 榊は異動の事より香坂役員に尋問された内容が気になっていた。

 何かを引き摺っているような気の重さを……。

 社長の姓は藤堂だ。

 レインボーネイルの女は藤本と名乗った。

 社長の娘……? 

 違う人間のはずだ。

 もし……、あの女が偽名を使っていたならば、香坂の質問は、榊と一緒に

飲んだレインボーネイルの女が、はね飛ばされた四年前のあの交通事故に

符号する。

 榊は蓋をしたはずの、四年前の事故を思い起した。

 それは、慶子と結婚する二年ほど前の事だ。

 荻窪の居酒屋で一緒に飲んだレインボーネイルの女の素性に不審感を持ち

居酒屋から……、いや! その女から榊は逃げた。

 振り切ったと思って振り返った。

 レインボーネイルの女が榊の名を呼びながら、手を振り車道を小走りに

渡り始めた。

 次の瞬間、タクシーに撥ね飛ばされた。

 その光景はまるでスローモーションのコマ送りのように、今でも鮮明に

脳裏に映し出される。

 レインボーネイルの女の最後の言葉

『あんたが……………逃げるから、あ・た・し………………』

 榊の耳に焼き付いて離れないで居た。

 そのキツイ言葉は、事ある毎に良心に囁く

 『お前の良心に呵責は無いのか?』と……。

 あの忌まわしい光景は拭いきれない。

 影身に添われた。俺の宿命だ!

 事故で死んだのは、本当に社長の娘か……? 

 再度自問した。


 「おい! 榊君、クヨクヨ考えても始まらんぞ!」

 二之宮は宙を睨んで動かなくなった榊の肩を一つ叩いて、いった。

 「はい」何を言われたのか解らなかったが返事をした。

 胸のつかえを口一杯に頬張った。

 酎ハイと一緒に一気に飲み下した。



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