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13話  最後通牒

  

 榊のポケットで着信、携帯がバイブって踊っている。

 太腿がこそばゆい。嫌いじゃ無い感覚だ。名残惜しい……。

 ゆっくりと取り出した。ディスプレイを見る。

 憎き薬師寺の携帯ナンバーが点滅していた。

 「珍しいこともある」榊は独り言ちた。

 無下にも出来ない。

 吉祥寺東町店のオーナーだ。

 携帯をスピーカーにして応答した。

 「はい、榊です」平坦にこたえた。

 「頼みたいことがある、今夜吉祥寺いせや・公園店二十時に待つ」

 ぶっきら棒だ。

 余計なことを云わず電文を棒読みした。

 榊の都合など一切聞かずに場所と時間を押し付けられた。

 胸糞が悪い。

 一瞬「勝手に決めるな!」いいそうになった――。押さえた。

 「わかりました。伺います」

 こちらにも弱みが有る。

 

 返事の途中で通話は切られた。

 あわよくば、奴の頼みと交換に裏帳簿の返却を迫りたい。

 榊は、胸糞と携帯を一緒にポケットにねじこんで奴が棒読みした場所に行く事にした。



  四月十九日二十時「いせや」榊は指定の場所に着いた。

 

 井の頭公園の桜は花弁が散り葉芽が萌え出ていた。

店は混んでいた。大学生のサークル仲間の集まりだ。

廻りを気にするでも無く大声が飛び交って結構騒々しい。

榊は店内を見廻し薬師寺を探した。

見覚えのあるモヒカンショートの髪型が眼に入った。

奴は、トレンチコートを着たまま隅の席で焼き鳥を肴にビールを飲んでいた。

携帯をいじっている。

榊は無言で奴の前に座った。


薬師寺は、おもむろに顔を上げ無言で座った榊を見遣った。

「あんた――!! 挨拶も出来ないのか?」

低く抑えた声だ。

榊は薬師寺の様子がいつもと、まるで違うと気付いた。

何かを思い詰めて絞り込んでいるような気迫を感じた。

「はあ⁉ ……こんばんは」

エラそうに云いやがって! 思ったが、頭を軽く下げた。


薬師寺は、いじっていた携帯電話を伏せ、そのままテーブルに置いた。

榊は薬師寺と同じものを注文した。

薬師寺の頼み事の話しが始まるのを待った。

薬師寺は浅黒い顔を横に向けたまま、公園の桜の木を細めた眼で眺めている。

「桜散るか……」薬師寺は小さく呟いた。

榊には、その呟きが聴き取れなかった。

「今……何か?」訊いた。

「イヤ、……何でも無い」薬師寺は素知らぬ顔だ。

榊は、ここに来る前に二之宮部長より耳の痛い話しを粘着系の言葉で耳に

吹き込まれた。

話しの内容は役員からの話と前置きされ『大至急! 例の件の解決を付けろ』

だった。

 その台詞は、もう何度も聞いた。耳にタコだ。

 榊は、その原因の一端は自分にある事を思うと、気持ちに余裕は全く無かった。

 こんな場合、先に条件を切り出したほうが、弱い立場になる。

 足下を見られ、交渉は相手ペースに引き込まれる。

 そう思ったが榊は辛抱堪らなかった。

 薬師寺の横顔に、こちらの要望を先に切り出した。

 「オーナーの条件は何でも飲むから、例の物を返して欲しい」頭を下げた。

 自ら墓穴を掘る様な台詞を吐かずにはいられなかった。

 そこに、注文したビールと焼き鳥がきた。

 薬師寺は、榊が切り出した話を無視した。


「四月末で閉店したい」

 薬師寺はそう云い放つと、まっすぐに榊を睨み付けた。

「今月末ですか?」

 こいつ! 何を言い出すんだ! そう思った。

 先程、聞き逃した奴の呟きは「桜散るか……」だったのだ。

 その台詞が遅れて榊の脳裏で再生した。

 奴の呟いた桜は、奴の店との置き換えだ! 

 榊は腑に落ちた。

「そうだ!」

 薬師寺は短い台詞を吐き捨てた。取り付く島が無い。

「条件は、閉店にかかわる費用の全てを本部持ち。契約違約金は無し。店に対する

貸金の精算は無し。店の全ての在庫は本部が引取る。契約時営業資金として預けた

五百万は当方に返金。それから三千万円で裏帳簿を買い取る。もう一つ、これが

一番大切だ。五年分の搾取金を全額返金。以上が条件だ」

 薬師寺は落ち着いた口調で一つ一つ確かめるように要求した。


「契約時の営業費として入金された五百も……ですか?」

「そうだ、当たり前だろう!」薬師寺の目が据わった。

「裏帳簿の買い取が三千は…… 部長の判断になりますが……」

「社内規定を盾にするなら、こちらは法律を盾にしてもいいんだが……」

 薬師寺が低い声で、こう囁いた時、全て飲まないと不味い事になると確信した。

 榊は追い込みを掛けられた。

「解かりました」

 

 声が情けないほど細くなっていた。

「明日中に、今の解約条件を記載した解約承諾書を店に届けてくれ! その解約

承諾書には、会社の代表印を捺いてきてくれ!」

「代表印ですか? 決済を仰ぐには時間が必要ですが……」

「あなたが無理というなら直接部長に頼むよ」

 薬師寺のこの台詞は、榊にカマを掛けた台詞だった。

 榊はそれに気付かず本音を喋った。

「解かりました、部長もOKと思います」

 榊は、薬師寺のこの要望を軽く受け流したつもりであった。

 部長から「速やかに畳め!」と指示されていた。

 薬師寺は、榊の、この答えで部長もグルだと確信したのか

「だよな!」

 勝ち誇ったように言い放ち、ビールを飲み干した。

「じゃ、これで……」云うと、薬師寺は静かに立ち上がった。

 先程からテーブルに置かれていた携帯電話を指先で摘まみあげた。

 薬師寺は、おもむろにディスプレイ面を榊に見せた。

 ディスプレイには、ボイスメモとタイトル部分に表示がある。

 ――――録音中だ。

 大声で喋っている学生の声の波長がディスプレイで撥ねて踊っていた。

 薬師寺がディスプレイのストップをタッチすると波長は一直線になり、

静かになった。

「今の話、音声録音したぞ! あんたら後で何を言い出すかわからんからな! 

誤魔化さないでくれよ!」

 口角に嗤いを浮かべた。

「……?」

 榊は開いた口が塞がらなかった。

 思考が混乱した。

 一方的に言われっぱなしだ。

 こちらの話しは無視され置き去りにされたあげく、録音された。



 それにしても、裏帳簿の買い取り金額を三千万円とは大きく出たなと榊は

思った。部長はともかく香坂財務担当役員は納得するのだろうか。

 ましてや社長の胸中など榊には見当も付かない。

 考えるに、会社を食い潰す事が出来る裏帳簿を金で買い取る…… は、かえって

後腐れが無くて会社としては、いい解決方法なのかも知れないと、混乱の思考の

中で勝手な理屈を捏ねた。


 薬師寺は肩を落とし項垂うなだれ、何事か考え込んだ風の榊を見下すように眺め、

狡猾な薄笑いを目尻に漂わせた。

 薬師寺は、振り返りもせずに、店を出て行った。

 榊は、遠のく跫音あしおとを聴きながらビールを一気に煽った。

「糞野郎――――!」

 胸の中で毒づいた。

 ジョッキと口の間から溢れたビールがネクタイとシャツに零れ落ちた。

 溢れたビールを拭おうともせずに憎しみを滲ませた榊の目線が薬師寺の

背中に釘付けになった。


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