7話 贖い(あがない)
同日四月十三日深夜 奥沢・小早川瑛介宅
小早川の妻・頼子は、藤堂社長の妻・小夜子の妹である。
眼も瞳も大きく愛くるしい、そんな目元に特徴があり全体の印象を派手にして
いる。
肩までのロングでストレートな髪は、いくらか顎が張っている欠点をカバー
して細面の印象を引き出している。
大学は御茶ノ水を出ている。才女である。
夫が帰宅すると甲斐甲斐しく世話を焼くのが好き。
家の中は掃除が行き届き、散らかったところを瑛介は、見た事が無い。
瑛介は、食事を済ませると、自分の書斎に籠った。
読書をする訳でも無く、調べ物をする訳でもない。
ただただ、一人になりたかった。
眼はデスクの江戸切り子の一輪挿しに生けられた黄菖蒲を観ていた。
社長室での香坂の言葉を繰り返し思い起こした。
自分に対する信頼はもう皆無と云われた。
又、社長も同じだと釘を刺された。
信頼とは、取り戻せるものなのか……?
一度失ってしまった信頼は、元通りに修復できないのでは?
取り戻せるとしたら何をしたらいいのか?
何故二度も不祥事を重ねたのか?
答えの出ない迷路に迷い込んでいた。
その理由さえ見つけられず自分を責め始めていた。
不祥事の解決の見通しさえ皆目見当がつかない。
手探りさえ許されない模糊とした闇の中にいる。
絶望感が胸の中に押し込められた。
全ての責任が自分にある様な錯覚に陥る。
社長との姻戚関係に有る事が二重に瑛介を縛っていた。
目は、虚ろに虚空を見ていた。
扉が半ば開き頼子が顔を出した。
「先に休みます。あなたはもう少しお仕事ですか?」
「ああ もう少しだ」
瑛介は、下を向いたまま意味の無い返事をした。
朝、頼子がベッドで目を醒ますと夫が隣に居なかった。
書斎を覗いたがそこにも居ない。
浴室を覗くと信じられない光景が目に飛び込んできた。
「あな あなた――――!!」
瞠目し一瞬の後、視線が呆け、虚になった。
慄いて床にへたり込んだ。
夫がシャワーカーテンのパイプで首を吊っていた。
バスローブは、羽織っていたが、腰紐は首に巻かれパイプに絡まって固く
縛られていた。
頼子の全身に悪寒が貼付いた。
手足が震え、その震えが心臓に向っていた。
這うように浴室から出ると携帯を探し、震える指で一一九をプッシュした。
「しゅ、主人が、首を吊っています。直ぐ来てください」
そこまで云うと全身の震えが心臓を握り潰した。
瞳の前に漆黒の膜が急降下して意識が斬れた。
肩を揺すられ目を開けると、警察の人と救急隊の人が家の中を走り回っていた。
「大丈夫ですか? 奥さんですか?」
いずれも無意識に頷いていた。
浴室で首を吊った夫はどうなったのか?
覚束無い足取りでふらふらと浴室に行くと夫は床に降ろされ、
白い布で覆われていた。
警察の人が「奥さんですか?」
頼子は弱々しく頷くと
「これから死体の検死を行う為に警察に運びます。いいですか?」
警察の人が携帯の番号を教えて欲しいというので教えた。
「検死が終わったら連絡をします。警察に来る用意をしておいてください」
主人が担架に乗せられ家を出て行った。
一人になると急に不安になり、どこかに連絡しなければと思い、姉に電話した。




