5話 面罵
同日、メルクス本社・社長室
「十六時に社長室に来てください」と
社長秘書・生駒恭子は、二之宮部長と小早川にメールを入れた。
社長室に二之宮部長・小早川、そして財務担当役員香坂が揃った。
社長は、椅子に背中を預け、深々と座り足を組んでいる。
香坂役員は、デスクの社長と向かい合う位置でゆるりと立ち、報告を始めた。
今日UFX銀行吉祥寺駅前支店・支店長の藤掛氏に直接会い、バロック電子跡地
にスーパーWの出店が決まってしまった事を社長に説明した。
二之宮部長と小早川AMGは、社長室入口扉の脇で並んで直立不動の姿勢だ。
もちろん二人には、香坂の報告は聞こえている。
社長は自分のデスクに座って香坂の報告を聞き終えると、上体をゆっくり起こす
と背広の襟を正した。
脂ぎった顔は渋面になり、更に怒気を放っている。
二之宮部長と小早川に棘の有る目線を走らせた。
「今、香坂役員から報告があったように、工場跡地に大型スーパーの出店阻止の
要望が問題の加盟店からありながら、スーパーWの出店が決まってしまった。
しかも、すでにオープンの日まで、スケジュールは決定しているとの事だ。
これは当社にとって一番避けなければ成らない事であった。部長も小早川君も
充分に解かっていたと、私は思っている」
二之宮部長を見据えると
「部長、どうかね……?」
社長が、猫なで声訊いた。
「はい、仰る通りです。申し訳ありません」
香坂が二之宮に声を荒らげた
「当初、あの土地は東多摩銀行の扱いと聞いていたが、今日確認したところ
UFX銀行に持ち込まれたそうだが、情報はどうなっていた?」
香坂の語気が厳しい。
「申し訳ありません。その件は昨日小早川君から報告を受けるまで確認できません
でした」
二之宮部長は、そう云った後、頭を下げたが香坂には、儀礼的な仕草に見えた。
「小早川君には、その辺の情報は入っていたのかね?」
「昨日、榊君から報告を受けるまで解かりませんでした。てっきり東多摩銀行の
案件と理解していました」
「今回の不祥事の原因は、小早川の今の答えが全てだと私は思っている。部下から
の報告待ちで自ら進んで確認しようとしない。若い社員の事を指示待ち世代とよく
云うが、君は報告待ちだな! 事の重大さは、君は充分解かっていると……
思っていたが、どうもその様では無かったようだな」
香坂は、侮蔑のこもった眼で小早川を見据えた。
「まあ、すでに出店が決まってしまった事はひっくり返せない。二之宮君、
君があの店のオーナーだったら、次にどの様な手で出てくると思うかね?」
「はい、店を他の場所に移動してくれと要望するかと……」
二之宮は、当たり障りの無い返答を返した。
「まあ、それも一つだな、小早川はどう思う?」
「はい、入手した裏帳簿を利用し何某かの金を要求するかと……?」
「まあ、その手もあるね。相手がこちらの急所を握っている。こちらは固唾を
呑んで、その出方をじっと待つ…… 相手は好きな時に好きなように振舞える。
何故なら、こちらが警察沙汰に出来ないことを充分知っているからだ!」
語気の鋭さが増した。
「会社ごと食い潰されてもおかしくない! そうだろう二之宮君!違うかね!」
社長が部長に低い声で質した。
「部長! どう責任を取るのか、聞かせてくれ!」
香坂が嵩に掛かるように詰問した。
「誠に申し訳ありません」
二之宮は、両手を膝頭まで下げ低頭し、そのままの姿勢で蚊の鳴くような声で
云った。
香坂は二之宮の少し震えた背中を見遣ったままで
「小早川! 君は社長の姻戚なので私としても他の社員とは違う扱いをしてきた
つもりだ。だがこのだらしの無さ、責任感の無さ、には呆れたよ! 君に責任を
取れとは云わないが信頼は地に落ちた! 社長も同じ考えだよ。会社を此処まで
大きくするのに、どの位の苦労をしてきたのか想像もつくまい!」
香坂の声に怒気が加わっている。
小早川は自分自身の人格が足下から崩れ落ちてゆくような錯覚に襲われたのだろう。
その場に土下座をして頭を床に擦り付けた。
「申し訳ありません!」
小早川は叫んでいた。
社長室の空気が暫し沈黙で固まった。
小早川の啜り泣いている嗚咽だけが床に滲み込んだ。
「小早川! もう良い!」
社長が小早川の震えている背中に向け暴虐的に云い捨てた。
「はい……」
泪混じりの声が沈黙の中に吸い込まれた。
「二人とも……これからが、我社の正念場だ。心して掛かってくれ! もう二度と
不祥事は許されない。肝に銘じてやってくれ! 以上だ!」
灰汁の強い怒気を含ませた社長の低い声が辺りを震撼させた。
香坂は、二人が居なくなった社長室で榊を含めた三人の処遇を社長に糺した。
もう少し様子を見てからでも良いと社長の意見に従った。
香坂は社長室を後にした。
「生駒君、終わったよ。後を頼むね!」
社長は秘書に一言声をかけ、疲れた様子で早々に引き上げた。




