3話 一人の女と二人の男
銀座クラブ「嬪」二十二時
クラブ「嬪」のナンバーワン「優瑠瑠」はメルクス社長・藤堂と
財務担当役員・香坂二人の共有の愛人だ。
この事は三人が了解の下に関係が続いている。
誠に奇妙な関係だが三人の誰もが、異論を唱えない。
優瑠瑠は、中央区の超高層マンション最上階(藤堂と香坂の
共同名義)に一人暮らしだ。
顔は細面・切れ長の目・おちょぼ口・唇は肉厚しっとり濡れている
・細身だが胸は豊満・肌は色白・肌理が細かい、着物を着て髪をアップに
セットすると見違える。
うなじの綺麗さは流石と思わせる。
性感帯は耳朶と襟首だが、どちらかというと耳朶に弱い息を吹きかけ
られて、舌で舐められると脆い。
少々変わっている。
「嬪」のVIPルームで藤堂社長がイタリアンロココカウチソファで
優瑠瑠を脇にブラデーのロックを飲み始めていた。
クラシック デコウッドのドアが音も無く開き香坂が入ってきた。
「遅かったね……もうやっていたよ」
香坂を一瞥し、ブラデーグラスを口に運んだ。
「遅くなりました」
一礼すると、香坂は社長とは向かいのイタリアンロココロンのシングルソファに
座った。
「優瑠瑠、いつもの作ってくれ…… できたら、ちょっと席外してくれ」
「はい」媚を売ることも無く言われたことに素直だ。
「社長……忙しいところ、ありがとうございます」
「ああ 構わないよ。僕もちょっと息抜きをしたかったんでね」
「実は例の裏帳簿の件ですが……」
「おお、その件か、どうした……?」
「はい、それが裏帳簿と交換条件の大手スーパーの出店阻止が敵わなく
なりました」
「出来なかった? 香坂君にしては珍しいこともあるね」
「私の所に、二之宮君から報告が上がったのは今日で『昨日契約が
完了した』と……ちょっと不覚でした」
「それは、困ったね」
「明日、UFX銀行吉祥寺駅前支店の支店長の所に行ってきます。
支店長は私の旧友でよく知っている男です。できれば、ひっくり返せ
ないか……? 話を訊いてきます」
「頼むよ。一つ間違えると会社の命取りになりかねない問題だからね」
「それは、私も感じております」
「香坂君、契約が済んでいたとすると……ちょっと、厄介だな」
藤堂社長は一拍置いて
「その後、きつい要求が出てきそうだな。いやーな予感がするんだがね」
「社長のおっしゃる通り…… になりそうです」
香坂は渋面を作った。
「金で何とか成らないかね……?」
悪びれない顔だ。
「金の話は、先方から要求が出てからでも遅くないと思いますが……?」
「その辺の呼吸は香坂君に任せるよ」
「判りました。――実は、娘さんの件ですが……。少しわかった事が
あります」
「梅美のことか……。何か判ったか?」
「事故に遭った当日、荻窪駅前の居酒屋で娘さんらしき女性と一緒に酒を
飲んでいた男がいたそうです。その男は娘さんと楽しげに暫く話をして
一緒に店を出て行ったそうです。店を出て、十分後に娘さんは事故に
遭われています」
「梅美が男と一緒に店を出て行ったと……? その男は、どこの誰か
判ったのかね」
「それが、三十過ぎのサラリーマン風な男と居酒屋の板前が覚えていた
そうです」
「三十過ぎのサラリーマン風な男か……。掃いて捨てるほどいるぞ!
そんな男は!」
不満げな顔付きを香坂に向けた。
「その男を見つけ出せれば事情が聞けます」
「流暢なことをいっている場合か? 何としても探し出してくれ!
梅美は幹線道路を横断歩道も渡らずに車道を渡る訳が無い!
きっと何か事情があったに違いない!」
社長は、次第に興奮し顔を赤ラゲ、額に血管を浮かせて言い捨てた。
「判りました。急いで探させます」
社長の思いは痛いほど香坂には判っていた。
「ちょっと興奮した。梅美の件ちょっと急いでくれ」
「はい」香坂は短く応えた。
社長は、ブランデーを一口飲むと
「ところで、今回の不祥事の関係者はSVとマネージャーと部長だね」
社長が話を振った。
「社長…… 何をお考えですか……?」
香坂は嫌な予感を社長の口調から感じた。
「うん……?」
社長は、香坂を近くに呼び寄せ腕を香坂の肩に廻した。
耳元に小さな声で長々と話し続けた。
香坂は時より肯きながら聴いた。
話終わると、廻していた腕を解き、ブランデーグラスを持ち上げた。
「それでは、明日の午後関係者を集めましょうか?」
「そうだね。いや それは秘書にメールで知らせておくから良いよ」
「解かりました」
社長の指示は、ここまでであった。
優瑠瑠が酒の用意をして戻った。
「二人共いつになく真剣な顔をして、何をお話になっていたのですか?」
「そりゃ 人に聞かれたらまずい話だからね…… ねえ社長」
「それって 私にもちょっとだけ教えて…… お願い!」
優瑠瑠が、社長を拝み倒さんばかりに合掌スタイルになっていた。
「社長 どうします ちょっとだけ良いですかね?」
「しょうがないな…… さわりだけだったらいいか?」
「優瑠瑠、耳元で囁くように教えてあげるから、ちょっとこっちに
来てごらん」
云うと無邪気にも、するすると香坂の脇にぴったり寄り添い耳を
差し出した。
香坂は息が掛からんばかりに優瑠瑠の耳もとで
「さっき社長と話していたのは……」
香坂は声を潜めた。
「なに? なに?」
「今日は誰が優瑠瑠と」
「それで……?」
「一緒に帰るか……?」
「それだけ……?」
顔の向きを変え香坂の顔を覗き込むと
「それだけだけど、男にも都合があるんだよ! いろいろとね」
「都合あるの……?」
優瑠瑠の頬が心なしかほんのりと上気している。
耳朶の周りは薄いピンク色に変わっていた。
「それで、どうなったの?」
「今日は社長が一緒に帰ることになった…… ですよね」
「嬉しい!」
社長を見ると、首を振りながら両手でバツ印だ。
「社長…… どうします? やめときますか?」
「今日はやめとくよ」
社長が真顔で優瑠瑠に答えていた。
「どうして?」
「社長にも男の都合が有る。でも香坂は都合良いらしいよ!」
「わ―――― 嬉しい!」
香坂が混ぜ返すように
「さっきも嬉しい…… て 叫んでなかった?」
香坂が優瑠瑠の顔を覗き込むと
「知らない……!」
頬を膨らませた。
「香坂君 その辺で勘弁してやりなさい」
ブランデーを口に含み嚥下し
「ワーハッハッハハ……」
社長が楽しそうに笑った。
「香坂さん! 私のこと からかった…… ですか?」
「いやー ごめん、ごめん」
「えー なんか誤魔化されたみたい!」
優瑠瑠は、おちょぼ口を尖らせ香坂を睨んだ。




