1話 極楽とんぼ!
四月十三日 メルクス本社・営業本部
その一報が、朝一番で榊に入った。
店舗開発の倉科圭吾からだ。
「榊か?」
圭吾の声に強張りが有る。
「そうだ。倉科か? 何か判ったか?」
嫌な予感が過ぎった。
「例の土地についての情報が入ったので耳に入れとくよ」
「なんだい?」
榊は、思わず急き込んだ。
「悪い知らせだ! 例の三千坪の土地に、どうもZスーパーの出店が
決まった様だ」
「なに……!」
絶句した。開いた口が塞がらなかった。
「倉科! その話本当かよ?」
榊は、たたみかけた。
「それが、お前が云っていた東多摩銀行でなくて、UFX銀行駅前支店の
仲介らしいよ」
「――――ということは、もう契約終わったのか……?」
「たぶん……? だと思うよ」
「参ったなあ!」
榊は、受話器を耳に当てたまま宙を仰いだ。
「スーパーが出来たら、うちの加盟店は四苦八苦するだろうけど……それって、
榊の責任じゃないだろう……!」
倉科が持って回った言い方をした。
責任の所在を榊から回避させようとしている様な喋りだ。
「ああ…… まあそうだけどね。倉科、ありがとう」
「ああ! お安い御用だ! 昼飯一回で良いよ!」
「お前、ほんとにちゃっかりしているね」
「解かったよ……又、連絡するよ」
榊の脳裏に、黒縁眼鏡の日比の間抜けヅラが、フラッシュバックした。
携帯で東多摩銀行の日比課長を呼び出した。
「はい、日比ですが……どちら様でしょうか?」
「メルクスの榊ですが」(お前何やっているんだよ!)
怒鳴りつけたい気分だった。
「ああ…… バロック電子の件で見えた方ですか?」
「そうです 榊ですが」
「今日は、どの様な……?」
榊は、この返答で土地契約の事を何一つ日比は知らないと確信した。
「バロック電子の地主さん海外から戻ったら、日比さんのところに相談に
見える……?と、訊いていましたが……?」
「はい、実は一度電話したのですが、留守のようで、そろそろお宅に伺がって
見ようかと」
「海外出張から戻られて、もう大分、日が経ちますよね?」
「そうですね。慶一朗さんバロック電子の件は、あまり急いでいないのかも
知れませんね?」
榊は、怒りも薄れ呆れた。
日比の木っ端役人の様な喋りを聴き終え「極楽トンボ!」と呟いた。
この時点で日比課長は、まだ、この案件は、自分と繋がっていると
思っている。
約三千坪の案件をどう料理するのかメニューが白紙だ。
他の銀行に先を越され、既に契約されている事も知らない。
「解かりました。又、連絡します」(このおっさん使えね── !?)
榊は、日比に見切りをつけた。
東多摩銀行は、今回のスーパー出店の件では何も咬んでいない事が解かった。
地主の弟・信次朗に連絡した。
「草薙信次朗さんですか?」
「はい、そうですが、どちら様ですか?」
「少し前にバロック電子さんの件でお伺いいたしました。メルクスの榊です」
「――ああ 榊さん、優待券早速使わせていただきました」
「どうぞ、どうぞ、ところでお兄さんはいらっしゃいますか?」
「はい、いるんですが二日酔いがひどくて今、洗面器抱えていますが」
「どうされたんですか?」
「いえね、昨日、そのバロック電子の跡地に出店するスーパーと契約したん
ですが、そのまま料亭に行って宴会だったらしくて家に帰ってきた時は、
もう朝方で、しかも ヘベレケで、兄の部屋まで僕が担いで行ったんです」
「信次朗さん! 今なんて? スーパーと契約したと聞こえましたが」
「はい、それが、何か?」
「お兄さん帰国されて、まだ間もないように思いますが……?」
「そうですが、本当にあっという間に決まったのですよ、兄もびっくりしてい
ました」
「そうですか……」
そう答えるのが精一杯だった。
榊の脳裏に落胆と虚脱感が同時に広がった。
「酔っ払いは、重くていやです…… で、榊さん用件は? 兄に伝えて
おきますが……?」
信次朗が携帯の耳元でボソボソと愚痴をこぼしているのが聞こえた。
「お兄さんに直接お話したいので、又連絡差し上げます」
「解かりました すみませんね。役に立たなくて……」
「いや、いいです。それでは、また」
倉科の情報が榊のなかで確信に変わった。
何てことだ! でかい声を出して何度も叫びたかった。
東多摩銀行の情報を信じたばかりに取り返しのつかない事に……。
小早川が、榊の耳元で
「榊君、ちょっと良いかな……?」
びっくりして振り向くと目の前に小早川の顔があった。
「はい……」声が掠れた。
小早川は榊を外に連れ出した。
二人は近くのポケットパークのベンチに並んで座った。
「榊君、大丈夫かい……? 顔色が悪いよ……」
「はい…… 大丈夫です」
落胆した。声が震えた。
小早川は近くの自販機で缶コーヒーを買って榊に渡した。
「暖かいコーヒーだ!」
親指の爪をプルトップに立て引き起こし、一口啜った。
「バロック電子の跡地に出店するスーパーと地主が昨日契約したそうです」
「榊君の電話、聴こえていたよ」
小早川が、ボソリと呟いた。
「そうでしたか……」応えて、思わず宙を仰いだ。
「すみません! 不祥事の上塗りになってしまいました。
自分が情けないです」
「もう、我々の出来る範疇を超えてしまったような気がする。上に報告して
指示を仰ごう。時間が経てば経つほど解決が難しくなる」
小早川の言葉は、自身に言い聞かせているかのようだった。
「私が二之宮部長に報告します」榊は、思わず口走った。
「ちょっと待ってくれ榊君。それは僕の役目だ。それくらいやらせてくれ!
榊君は、薬師寺オーナーに報告して、少し時間を稼いでくれ。全社を挙げて
事実を確認していると」
「――解かりました」
二人は沈黙したままベンチから暫らく動けなかった。
事の重大さが津波のように押し迫った。
榊は、逃れようのない窮地に立った。
この日の夜、榊は居酒屋を二軒ハシゴしてから同僚と別れた。
その後、一人で何軒かハシゴをした。
飲まずには、いられなかった。
もう足下も定まらないくらいに出来上がった。
半分自棄になっていた。




