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12話  苦 悩

 

 三月十八日 メルクス本社営業本部店舗掌握部


 エリアマネージャー小早川は、社長の妻(小夜子)の妹(頼子)と結婚した。

 結婚前小早川は、一流の総合商社に勤めていたが頼子との結婚と同時に

「メルクス」に転職した。

 社長との姻戚関係があると皆が暗黙の了解をしていた。

 同年代の社員と比べると、昇進の早さがまるで比較にならなかった。

 今後も早々に重要ポストに付くであろうと周囲から見られていた。

 次期社長のラインに乗っていた。



 AMGの小早川は、直属の上司・二之宮部長へ裏帳簿と関連伝票紛失について

 その報告を躊躇っていた。

 事の重大さも然る事ながら、自身に係る責任の重さが小早川を押し潰していた。

 悶々とした時をやり過ごすのに、自身が梃子摺っていた。

 仕事が手に付かず、家でも塞ぎ込み、口数が極端に少なくなった。

 見かねた妻・頼子が、声を掛けても上の空で碌な返事もしなくなっていた。


 自身が、会社のトップと姻戚関係に有る事で会社には絶対に迷惑を掛ける訳に

行かない。

 この思いが胸を塞ぎ、苦悩を深め、まさに自縄自縛の状態に嵌まっていた。

 榊からの報告によると、大型スーパー出店の話は地主が海外から一週間程後に

帰国するので、それから具体的に動きが出てくる。との事。 


 それまでは、裏帳簿は帰ってこない……。

 いつまで待てばいいのか……? それすら読めない。

 このまま上司に報告しない訳に行かない。

 当初はもっと早く目処が立つと思い、いつ、どの様に決着するのか、先が

見えたら報告しようと思っていた。

 今の状態で報告しても……。

「それで……どうなる?」と結論を要求されるのが目に見えている。

 すでに裏帳簿が薬師寺の手に渡ってから十日が経っていた。


 このまま放置できない。

 傷口が広がったら自身では取り繕うことは不可能だ。

 報告しない訳に行かない。

 重い腰を上げる決意をした。

 

 二之宮部長は、外出中でデスクには居ない。

 部長のケータイにメールを入れた。

「会社では話しにくい内容の報告があります。今夜時間を頂けますでしょうか?

 二十時に神楽坂・玖魯葉亭にてお待ちします。後ほど連絡差し上げます。宜しく

お願いします」


 小早川は、榊が予定を変更した加盟店の店舗指導を頼まれていたので外出した。

 店舗指導の最中に二之宮部長から携帯にメールが入った。

「本日の件 了解した。二十時に玖魯葉亭で」

 小早川は部長からのメールの返信を目で追った。

 小早川の口から、思わず「ほ──っ」と、細く長いため息が漏れた。




 神楽坂 「玖魯葉亭」二十時 

 神楽坂通りの善國寺を過ぎた先の路地を入り、その奥まった静かな所に

「玖魯葉亭」はある。

 二之宮は、約束の時間よりも少し早めに着いた。

 

 店舗掌握部門・部長・二之宮 じんメルクス生え抜きだ。

 血色のいい脂ぎった自信ありげな顔つきだ。

 頑固さが顎の張りに滲んでいる。

 身長は百六十に届かない。

 小柄でチョイ肥満気味だ。

 メタボで花粉症持ち。


 小早川が部屋に案内された時、二之宮は女将を相手に熱燗を始めていた。

「すみません、お呼び立てした上に遅れまして……」

 小早川は初っ端から恐縮していた。

「いやいいんだよ、早めに着いたんで、はじめていたよ」

「ああ、はい」面を伏せた。

「小早川君は水割りを貰うかね?」

「はい、お願いします」女将は、手際よく水割を作ると部屋を出て行った。

「わざわざ時間を頂いて、すみません」

「いやあ、構わないよ。予定は無かったからね」


 社長と姻戚関係が有る社員との付き合いは、気を使い過ぎて、これで良いと

云う事は無い。

 二之宮はその辺の壷を外さない。 

「ところで、会社では話しにくい報告というのは、何かね……?」

 いきなり本題になった。

 小早川はもう観念していた。



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