11話 東多摩銀行経営会議
東多摩銀行の日比課長が運もツキもないシラけた顔で草薙慶一郎を訪ね、バロッ
ク電子の報告をした。
その半月後(三月十八日)東多摩銀行本店会議室 に 神宮寺頭取以下役員全員が
集まり月一度の西東京エリア経営会議が行なわれている。
出席者各人の前にセットされているパソコンのモニターに映しだされるデータを
確認しながらの議事進行が行なわれていた。
北エリアが終り南エリア東多摩銀行の営業成績が報告され、次の議案がモニター
に映しだされている。
「懸案事項三号議案」
昨年来の太平洋無線(UFX銀行駅前支店メイン)の経営戦略路線変更により
系列子会社バロック電子(東多摩銀行本店メイン)の埼玉県へ移転決定に伴い本社
及び工場跡地のその後の利用を地主へ提案及びバロック電子への今後の対応に
ついて考察願いたい。
東多摩銀行本店の店長がその内容を読み上げた。
一瞬、静寂が在った。
神宮寺頭取が、自ら質問を始めた。
大変珍しい事だがこれには理由がある。
バロック電子は、神宮寺頭取自身が東多摩銀行本店の主任時代に前バロック電子
社長の経営手腕と、IT関連の秀でた技術力に眼をつけ、町の小さな工場で
こつこつとやっていた頃から神宮寺頭取が面倒をみて来た。
「氷室店長、バロック電子の去年の決算を、説明してくれたまえ」
頭取の太く響く声が、会議室の空気を厳格なものにした。氷室店長は、振り
向き後ろで控えていた日比課長に目配せした。
日比課長は、分厚い資料の中からバロック電子の決算書を抜き出し氷室店長に
渡した。
「昨年度のバロック電子の売り上げは八百六十億税引き前の利益は、おおよそ
七億五千万円でありますが、返済利子等経費を差し引きますと約八億円の
赤字決算となっております」
「八百六十億に対して七億五千というのは効率的とは云いがたい、と思うが
店長その点はどう判断されているか?」
「利益率から申し上げますと約九パーセントとなりますが、製品価格のダウン、
原材料費及び人件費等の高騰から、致し方のない数字かと判断しております」
「確か、前期も赤字の決算だと記憶しているが……」
「確かに業績の上では、ご指摘の通りでありますが、持ち株の売却益と所有
不動産、これは、独身寮上物付での売却益を計上し何とか赤字の埋め合わせを
して決算したところであります」
「今期は、もうそれらに充当すべく資産はないのかね?」
「はい……残念ながら、もう御座いません」
頭取は目を瞑り暫く腕を組んだまま動こうとしなかった。
若い頃バロック電子に通い詰め一年一年の決算に一喜一憂していた頃を思い出
していた。
頭取は自身が銀行家として一企業に思いを寄せ、その力と技術力を信じ育てたと
云う自負がある。ただ単に手っ取り早く右から左に金を動かし利鞘を稼ぐことに
心血を注ぎ、それがもて囃されている昨今の銀行の在り方に疑問を持っていた。
「埼玉への移転、規模縮小、従業員の整理を行い新規出直しとバロック電子の
経営陣は、考えております」
「今の社長は、三代目になるかな?」
神宮寺頭取は経営陣に危惧を持ったのだろう。
「はい、三代目であります。今年三十八歳と訊いております」
「若いね、まだ出直せるね……?」
「はい、まだ充分若いです。すぐに巻き返すでしょう」
「本社及び工場の建設の際に融資しました分の返済が残っておりますが、今期は
元本返済分および返済利子の棚上げを考えております」
「ありがとう、埼玉支店に引継ぎを頼むよ」
ありがとうの頭取の言葉にバロック電子への思いが滲み出ていた。
「本社と工場は解体後更地にして土地の返却を行いますが、その跡地約三千坪強の
広さがありますが、これについて現在の地主に当行より紹介斡旋を行い誘致
した企業を当行の顧客として取り込む予定であります」
「で、具体案は用意しているのかね?」
「はい、今のところはまだ……」
「早く手当てしたほうがいいな、どの銀行も広い土地には興味深深だからね」
「早急に具体策を用意いたします」
この時点でバロック電子が撤退した跡地・三千坪強の土地に対する、東多摩銀行
としての具体策は皆無であった。