9話 再び草薙邸
三月十二日朝・十時
再び草薙邸、榊はインターホンを押す
「どなたですか?」返答があった。
「メルクスの榊と申します」
「メルクスさん……コンビニチエーンをやっている会社ですよね」
「はい コンビニのメルクスです」
「どの様なご用件ですか?」
「はい。バロック電子さんの土地について、お伺いしたい事が有りまして」
「今、門扉開けますから、ちょっと待ってください」
「カチッ」と電子錠の施錠が解除された。
「どうぞ入ってきてください」インターホン越しに招き入れられた。
榊は車を邸内に滑り込ませた。
玄関先に立つと中から三十代半ばの銀縁眼鏡の神経質そうな男が現れた。
榊は名刺を出し「突然の訪問で失礼をします」と挨拶し
「草薙慶一郎さんで……?」訊いた。
「いや慶一郎は、私の兄です」三十代半ばの銀縁眼鏡の男は応えた。
「弟さんですか? お兄さんは在宅ですか?」
「兄は今、海外へ出張していますが」
「海外ですか。お戻りは、いつごろの予定でしょうか?」
「あと、一週間程で戻ると思いますが……」
「そうですか? つかぬ事をお聞きしますが」
「何でしょうか?」
「吉祥寺東町のバロック電子さんの工場が立っている土地は、慶一郎さんの所有と
訊いていますが……?」
「はい。そうですよ」
「その── バロック電子さんが、何処かに移転すると聞いた物ですから……」
「ああ、その件ですか? 先日、東多摩銀行さんが来て、どうもそうなるらしいと
兄に報告していましたが……? その事とメルクスさん関わりが何か……?」
「いや! 関わりと言う程ではないのですが…… バロック電子さんの前に私共の
チエーン店があるものですから、予定などが解かると助かります」
「ああ、あの前にお宅のお店ありましたね……。そうかそうか」
「この件は、多摩銀……東多摩銀行さんが担当されているのですか?」
「まあ、担当というより、バロック電子を誘致してくれたのが東多摩銀行さんなの
で、いろいろと報告に見えます」
「そうですか、具体的にはいつごろ移転されるのか、聞かれていますか?」
「詳しい話は訊いていないので解かりません」
榊は、今日の所はこの程度かな……。と思い、引き上げることにした。
「いろいろと、ありがとうございました。又、お兄さんが戻りましたら伺わせてい
ただきます。これ! 当社の優待券です使ってください」
「ああ、ありがとう。兄が戻ったら報告しておきますよ」
榊は、開発本部の倉科に連絡した。
「倉科、昨日の話の銀行だけど、解かったよ」
「ああ、昨日のバロック電子の件、どこなの?」
「東多摩銀行だ。うちと付き合いは有るの?」
「あると思うけど? ちょっと経理部で確認しておくよ」
「ありがとう。又、電話するよ」
榊は簡単なやり取りで電話を切った。とうとう銀行まで辿り着いた。
だが薬師寺の台詞。
「急いでくれ」が榊の脳裏に焼き付いて離れなかった。
このまま東多摩銀行に乗り込みたかった。
だが、何も情報がないのでは、どうにもならない。
榊は、「いせや」で薬師寺から不躾な依頼があってから一週間の間は、通常の
店舗指導をこなし乍ら、調査の為に動き回り多忙を極めた。
バロック電子跡地に大型スーパー出店の件をいろいろと調査して、判明した事を
薬師寺とAMGの小早川に報告した。
榊は以下の6点を報告した。
1.現在操業中のバロック電子は移転が決定しる。
2.跡地の大型スーパーは、地主が海外出張中の為、具体的には動かない。
3.跡地にどのような業種が決まるかも、現在のところ未定である。
4.地主は一週間後に帰国の予定。
5.帰国後、バロック電子跡地について動く予定の様である。
6.以上は、東多摩銀行のバロック電子担当、日比課長の情報