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7話  悪い報告

 

 翌日(三月十日)午前九時「メルクス」本社・店舗掌握部

 榊は今日この部署の中で一番に出社した。

 エリアマネージャー(AMG)小早川の出社をジリジリと待った。

 AMG・小早川 瑛介えいすけ三十五歳。

 サラッとした長髪を何気なくかき上げるのが癖だ。

 色白な細面の顔、切れ長な眼・イケメンだ。

 体躯は細身で身長は百八十近い。

 社長は、義父に当たりゆくゆくは、経営陣に加わる事になると目されている。

 


 小早川が現われた。

 榊は、小走りに自席に腰を下ろしたばかりの小早川の傍によると、耳元で

「少し時間頂けますか? 会議室で報告したい事が有ります。宜しいでしょうか?」

「いいよ…… ここでは……? だめ?」

 小早川は前髪を掻き揚げながら、自席から立とうとしない。

「まだ使っていない会議室が有ります。そこでお願いします」

 再度会議室に促した。

「わかった」

 

 第二会議室に入ると二人は、横に並んで座り上体だけ向き合った。

「榊君、どうしたの?」

 小早川は眉間に皺立てた。

 榊は、自責の念を振り払うように、報告を始めた。

 報告はその経過よりも結果から端的に話し始めた。

「実は大変申し上げにくいのですが、例の帳簿と伝票を紛失してしまいました」

「えーっ! ちょっと待った。あの帳簿を……? かい……?」

 小早川の顔色が変わった。

 一言ずつ確認するように聞き返した。

「申し訳ありません!」榊は叫ぶように謝った。

 ガラーンとした会議室に榊の声が響いた。

 思わず低頭平身した榊の額がテーブルを叩き「ゴン」と鈍い音を立てた。

「いつ? どこで……?」小早川は急き込んだ。

 小早川は榊の伏せている顔を覗き込むように問い質した。

「四日前に紛失に気づきました」榊の声が死んでいた。

「で……? どうなったの……?」小早川は間を置かず棘のある声で質した。

 榊は、小早川の矢継ぎ早の質問に戸惑った。

 だが、何故か頭の中はクールだった。

「吉祥寺東町店の薬師寺オーナーが、現在その帳簿を持っています」

「な……? なにい――!」

 小早川の顔は天を仰いだ。

「帳簿の内容を見られた? だろうね。困った事になったな……公に

されたら大変なことになるよ! 榊君! 解かるよね……! 帳簿を

貸し出した私の責任は……? どうしてくれるの……!」


 榊は小早川の顔をまともに見られない。

「あの帳簿の銀行口座の名前は、確かアルファベットの頭文字だけ

だったかな……?」

「はい、英字の頭文字です」

「その辺は誰だか気づいていた?」

「まだ、そこのところは……」

「何とか、穏便に返してもらえないかな……?」


 小早川は榊を拝むような声色に変った。

「実は昨日その話をしたところ、ある依頼をされました」

 伏せていた顔を上げた。

「何なの? その依頼は……?」小早川は榊の顔をのぞき込むように聞いた。

「薬師寺の店の前に大型スーパーが出店するという噂が有るそうで、

その信憑性の確認と、もし出店の話が事実なら、それを阻止して欲しいと」

「店としては当然の願いだな……。理不尽な依頼ではないね」

 小早川は、口から妙に感心した呟きを漏らした。

「大型スーパーが出店したら、あの店は難しくなります」


 榊は真顔で小早川を見た。

「それ、いつまでにやってくれと? 期限を指定されたの……?」

「いいえ、でも早く動いて欲しいとだけ、云われました」

「榊君、そこのところ動いてくれるかな……?」

「解かりました。私の責任ですので、直ぐに動きたいと思います」

「頼むよ……!」

「はい……」

 

 榊は消え入るような声で返答するのが精一杯だった。

「何とか穏便に……。ね! …… 穏便に頼むよ!」

 小早川は何度も念を押して立ち上がった。

 頭を下げたままの榊の背中で会議室の扉がバタンと閉まった。



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