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誰も知らぬ誰かの幸せな話

 少女は幸せだった。

「ただいま……」

 快活だった少女の声は力なく、廃墟に響く。

 見渡せば、廃墟はここだけでなく、辺り一帯の建物が残らず全て破壊されているのが見て取れる。

 幸い地下は無事であるため商売道具の薬や調合具、生活に必要な飲料水や食料は最低限ある。不便はあるものの、しばらくの生存はできなくもない。それが常人であれば、その不便も少なくなっただろう。

「お母さん、大丈夫……?」

 少女は廃墟に横たわったままの母に声をかけた。

 そこには、荒く息をしながら、かろうじて残った布をかき集めて作ったようなぼろぼろの布団に寝ている母がいる。

「だいじょうぶよ……」

 明らかに大丈夫でない様子で彼女は少女の問いかけに答える。

「ほんとに……?」

 心配そうにもう一度尋ねる少女は、流石に母の言葉を額面通りに受けとってはいないだろう。それでもそのように尋ねるのは、少女が真実を聞き出したいからなのか、それとも母の言葉を信じたいからなのか。

 母がどう取ったのかわからないが、彼女は弱々しく頷く。

「そっか……」

 少女はほっとしたようにそういうものの、その表情は依然として不安げなままだ。

「あ、あのね!そういえば!そこで四葉のクローバー拾ったの!ね!これで願い叶うかな!?」

 続いた沈黙に気まずくなったのか、無理に明るくしたように少女は話し始める。

 その手に握られているのは、どこから拾ったのか、一本のシロツメクサの葉。彼女の言葉通りに通常の三枚の葉ではなく、四枚も葉がついている。

 作ったような笑顔で語る少女に対し、母は弱々しくも微笑みながら頷く。

 しばらく話していたものの、そんな彼女に背後から影がかかる。

「ほら、母さんも疲れているだろうから、その辺にしときなさい」

 姉が後ろから少女の肩に手をかけて、そう諭した。

「え、でも……」

 それでも少女は未練がましく離れまいとするが、

「お母さんは、大丈夫だから、ね?ほら、お姉ちゃんのお手伝いが、あるんでしょう?」

 母からもそう言われてしまっては、行くしかなかった。

 小さくうなずくと、少女は母から離れ、姉についていった。

 その道中も幾度か後ろを振り返っては、母の無事を確認していた。


     * * *


 そんなある日、少女はいつかのように森の中にいた。辺りは霧で包まれており、少女の目の前にはいつかの『霧の魔女』もいる。

「あなた、いつもと様子が違うけど大丈夫?」

 しばらく続いていた沈黙を破り、魔女が口を開く。

「え?あ、いつもと同じだよっ!?大丈夫大丈夫!ね、あ、えっと、それでさ……」

 魔女の言葉を聞いて少女は慌てて取り繕ったように話し始めるが、

「あなた、いつも馬鹿みたいに嬉しそうな顔してるじゃない」

 魔女がその言葉を遮る。

「ば、ばば、馬鹿みたいって……」

「それがなによ、今はそんなに浮かない顔して」

「そんなことないもんっ!」

「まあ、あなたがなんと言おうが別にいいけどね。やっぱあの時何かあったの?」

 あの時。それは間違いなく前回ここに来た日に起こったことを指しているのだろう。少女にとっては初めての空襲。あの時から初めて出会ってその様子が変わっていたのだから、一番にそれが原因であると思うことは妥当なところであろう。

 魔女の問いかけに、少女は黙り込む。そんな彼女を、魔女も黙って待つ。そして、しばらくの沈黙の後に口を開いた。

「あのね……」

 たどたどしくも、少女は語り始めた。

 あのうるさい爆撃のこと、地下に隠れてやり過ごしたこと、その時の不安と、最後に母が病に伏せっていることを。

「ふーん」

 少女の言葉に、魔女は一見興味なさげに相槌を打つ。

「あなたのお母さんって、街で薬屋してたところだったよね?」

「うん……」

「ふーん……」

 先ほどと同じような相槌だが、どこか哀愁があるように見えなくもない。

「前々から病気ではあったのよね?」

「そんなに悪くはなかったけど、お姉ちゃんが作る薬もあったし……」

「それがあの空襲から突然体調が悪くなったのか……」

 魔女の言葉に少女は頷く。

「よくなる目途はあるの?」

「めど?」

「これから良くなりそうかってこと」

「…………」

 その問いには沈黙が返ってくる。それがすでに魔女の問いの答えを示している。

「そっか……」

「ねえ、魔女ちゃん。何かできることはないかな?魔女ちゃん、魔法が使えるんでしょ?なにか、魔法で何とかできないかな?」

 一縷の望みに縋るような思いで、少女は問いかけた。

「うーん、魔法も別に万能ではないのよ。病気を治すことができるかどうかなんて、ほとんど運のようなものね。そんな胡散臭い物よりも薬の方がはるかに効果的よ」

 自らが扱うものさえも「胡散臭い」呼ばわりする魔女。

「じゃ、じゃあ、なにもできないの……?」

 少女の目には失望の色が浮かぶ。

「……そうね、私には何もできないわ」

 少しの沈黙の後、魔女はそう答えた。

 少女の目の端には涙が浮かび始める。

「ま、まあ、待ちなさい。話はこれで終わりじゃないわ」

 少し慌てながらも魔女は続けた。

「え、な、何……?」

「あなたのお母さんの薬は、お姉さんが調合しているのよね?お姉さんがお母さんから薬の調合とか、病状の知識を直伝で教えてもらったんなら、その点に関して私は何も言うことはできない。私もそんなに詳しいわけじゃないしね」

「だったら」

「病は気からって言葉知ってる?」

 少女は首を振った。

「あら、聞いたことないんだ……まあいいわ。別に、大したことじゃないの。意味があるかどうかも実際わからない。でもね……?」

 ここで魔女は一拍置く。

「あなたのお母さんが一番笑っている時はいつ?一番嬉しそうなときはいつ?」

 少女は首をかしげる。

「あなたの主観で構わないわ。ね、それはたぶん……あなたがいつも通り笑って、日々の些細な出来事を話している時じゃないかしら?」

「そうかな……?」

 魔女の言葉に、少女は半信半疑である。

「さあ?わからない。私は当事者ではないしね」

 そんな少女に対し、魔女は平気で首を振る。

「でも、そうね。今まで私が、嘘をついたことがあるかしら?」

 魔女は妖艶に、魔女らしく笑った。

「うーん……?まあ、そうかも……?」

 そんな魔女の言葉を、少女は彼女らしい純朴さで少し戸惑いながらも首を縦に振る。

「まあ、一回やってみなさいな。私には何もできないけど、あなたはお母さんの娘なんだから。きっとあなたの幸せがお母さんの幸せよ」

 まあ、断言まではできないけど、なんて、突然自信を無くしたように最後に小さく付け加えるが、幸いなことに少女の耳には届かなかった。

 少女はしばし顎に手をやり、わざとらしく考えるような素振りを見せた後、

「うん!そうだねっ!」

 眩い笑顔で、彼女は頷いた。

 そんな彼女の姿を見て、魔女も笑顔を浮かべる。彼女の見かけの年相応の、純粋な笑顔だ。

「あなたはそれが一番ね。さ、今日はもう帰りなさい」

 遅いから、と魔女が手を一振りすると、霧の一部が晴れ、その先に街の一角が見える。

「えー!まだ遊べるようー」

「だーめ。あなたの家族に早く会ってあげなさいよ。そろそろ心配し始める時間帯でしょ」

 はーい、と素直に答えると、少女は霧の道を少し浮足立ちながら、どこか楽しげに歩いていった。


 彼女が行ったのを見て、ふう、と一息ついて魔女はその場に座り込む。すると、腰のあたりに何かごつごつしたものがあった。その辺りのポケットを探る。

「あ」

 そこにあったのは何の変哲もない凹凸の激しいただの石。

「これ、返しそびれちゃったな」

 今度でいいか、と魔女は空を仰ぐ。

 その先には、霧に覆われていない空が、西から赤く染まり始めていた。


     * * *


「た、ただいまっ!」

 少し緊張しながらも、家に、正確には家があった場所に元気よく声をかけた。

 寒くなる夜を見越して、いくらか物資を地下へ運び込もうとしている姉は、少し驚いた様子をしたものの、すぐに目元を柔らかくすると、軽く口元を緩めながら返した。

「おかえり」

 そんな姉の姿を見て、少女は嬉しくなった。自分の行動で姉が確かに笑ったのだ。それは彼女が確かに幸せを姉に渡したという事で間違いない。

 少なくとも少女はそう認識する。

 魔女の言う事は間違っていなかった。

「あ、お母さんにも挨拶してくるね!」

 いつも通りのテンションで、そこには無理に作ったような感情はどこにもなく、少女は元気に跳ねながら家の敷地を歩いていく。

「お母さんは地下の方にいるから」

 それだけ言うと、姉は手元で何やらし始めたが、それを少女が認めることはなく、地下に入っていった。

 地下の空気は、決して汚いものではないが、清潔とも言い難い。最近は頻繁に使うとはいえ、もともとあまり使われていなかった場所であり、地下であるという分も相まって換気も良くない。なので、いつも母は外にいるのだが、最近寒くなってきたのもあり、夜の冷たい外気よりはマシだろうとこの地下に移ってきたのだ。

「ただいまっ!お母さん!」

 布団に包まっている母に声をかける。母からの答えは聞こえなったが、身じろぎしたのは見て取れた。

 なので、少女は母の傍に寄り添った。

 母の口に耳元を近づけると、か細い声が聴きとれる。

「今日はいつにも増して元気だねぇ」

「うん!あのね!あたしの友達がねー、あたしは笑顔が一番いいって言ってくれたんだー!ね、どうかなっ!?」

 一見空元気のようにも取れなくもないような少女の変貌だったが、実際、少女に無理をしているようなことなど微塵もありはしなかった。

 それを母が分かっているのかどうか。それは定かではないものの。

「ふふっ、そうね、お母さんもその顔が一番好きよ」

 ただの気のせいかもしれないが、なんとなく母が先ほどよりも元気になった気がして、少女は嬉しくなった。

「そういえばお母さんね、ずっと寝てるの暇だからこんなの作っちゃった」

 母が弱々しくも茶目っ気ある瞳で少女を見つめ、懐から何かを取り出す。

「これなあに?」

 少女の手に渡されたのは、四葉のクローバーが挟まった、長方形の紙。

「それは、栞よ」

「栞?」

「うーん、そうね、本読む時って途中でやめるとどこから読めばいいかわからなくなるとない?」

「あんまり読まないからわかんない」

 そんな少女の答えにも母は笑って返し、

「これはね、目印よ。うん、そうね、これは目印。だからお守りとして持っていてほしいな」

 少女にはよくわからなかったが、とりあえずそれがお守りとして渡されたという事は分かったので、

「うん、わかった!大切にするねっ!」

 そんな風に答えた。

 栞を大事そうにポケットに入れたあたりで、外から姉が少女を呼ぶ声が聞こえる。

「ほら、お姉ちゃんが呼んでるわよ?」

「行ってくるねっ!」

 そんな風に言葉を交わし、少女は嬉しそうな足取りで地下室を出ていった。


 少女が出た向こう側からは、あ、火だー、どうやってつけたのー、お姉ちゃん?虫眼鏡があったから、それで……等と言う仲良さげな声が聞こえてくる。その言葉に釣られるように、一つ、また一つと新たな声が加わってくる。さらに多くの人々が集まっているようだ。

 その様はまるで、少女の明るい声に皆が確かに元気づけられたような、そんな感じがした。


     * * *


 翌日のこと。

 少女はいつものようにるんるんとスキップしながら街を進んでいた。

 建物のほとんどが倒壊したそこを街と呼べるのかどうかは定かではないが。

 楽しげに進んでいく少女を、街の人々はそれぞれの作業をしながらも目の端に捉えていく。お気楽そうな少女の姿を非難がまし気に見るようなものは誰一人としておらず、むしろ元気に飛び跳ねる幼い彼女を見てそれぞれが元気をもらっていく。

 不安なこともあるだろう。怖いこともあるだろう。それでも笑顔で街を進んでいく少女は、確かに街の宝であった。

 もちろん少女自身はそんなことを微塵も思っておらず、ただ自らの気分に従って街を進んでいるだけなのだが。

 少女がポケットに手を突っ込むと、そこにあるのは昨日もらった四葉のクローバーの栞。少女が持ってきた四葉のクローバーを母が栞に加工してくれたものだ。

「魔女ちゃん、喜んでくれるかな」

 魔女の喜ぶ姿を想像して、にへへ、とはにかむ。

「そういえば、月の石、魔女ちゃんに預けたままだっけ?」

 色々あって忘れかけていたが、そういえば見せびらかした後、そのままだった気がする。

「ま、でも魔女ちゃんなら大事に持っててくれるよねっ!」

 そんなことを呟きながら、少女は意気揚々と森へと進んでいっていた。

 街は壊れてしまったけど、それでも変わらないものがある。少女は、今までのことを忘れてしまったわけでもないが、これからのことに思いをはせながら、スキップしていた。

 トン、トン、トン、トン。

 そんな風に浮ついていたからであろうか。

「あいたっ……あ、ご、ごめんなさい!」

 何かにぶつかり、少女は反射的に頭を下げて謝る。ゆえに、何にぶつかったのかまでは見ていなかった。

 辺りはいつの間にか森のすぐ近く。

 想像の中にいて、今まで全く聞こえていなかった周囲の喧騒が耳に飛び込んでくる。周りはいつの間にか砂埃に包まれていた。

「え……?」

 事態が呑み込めず、少女は間抜けな声をあげる。

 ようやく事態を呑み込めそうなくらい落ち着いてきたとき、

――危ない

 そんな声がどこからか聞こえた気がした。

 聞き覚えだけはあるけど、混乱した頭では誰のものかはよくわからない。

 何か頭に浮かぶ前に、少女の体は何かに弾き飛ばされて、後方にしりもちをつく。

 そして目の前にあったものは、金属製の大きな何か。少なくとも少女の短い人生では、それを一言で形容できるようなものを見たことはなかった。一番近いものといえば、この街で祀られている御神体だろうか。しかし、それが動いているようなその光景は、少女にとってどうにも信じがたいものだった。

 脚は四つ。その元の方には胴体があり、全身がメタリックに輝いている。関節であろう節々には球体のようなものが内蔵されており、それの周りを回るように関節が曲がっている。

「蜘蛛……?」

 金属製のそれは、蜘蛛とは似ても似つかないけれども、一番近いものを挙げるとすれば、巨大な四本足の蜘蛛、だろうか。

「え、え、な、なに……!?」

 少女の周囲はいつの間にか霧が包んでおり、目の前には霧の魔女が立っている。

「え、ま、魔女ちゃん……?」

「全く、ここに来るなって何度も言ってるのに、性懲りもなく来るわね、あなたは……!」

「え、あたしのこと?」

 目の前には明らかに人には太刀打ちできないような物体が佇んでいて、誰がどう見ても絶体絶命だが、魔女が目の前にいることで少女はいくらか安心してしまい、魔女の言葉にきょとんとする余裕すらあった。

「そうよ、まったく……!まあ、今回に限っては、私のとこにきて運がよかったともいえるけど……」

 その割には、魔女の言葉に浮かない何かを感じる。

「これは、なに……?」

 少女が問うが、

「今はとにかく、目の前のこいつをぶっ潰すのが先ね……!」

 少女の言葉が聞こえているのか否か、魔女はそのようにつぶやいた。

 機械仕掛けの蜘蛛は、その巨体に見合わず俊敏に動き、魔女を確実に仕留めようと木々の間を動き回る。木々を倒すような真似はせず、その間を思いのほか静かに、時には木々に捕まりながら縦横無尽な動きを見せる。

 そんな蜘蛛の姿を見て、魔女は歯噛みしていた。しかし、それは決して太刀打ちできないからなどではなく。

「こんなもの投入するなんて、やっぱり、馬鹿だな……」

 この蜘蛛のその向こう側にいる者たちに向けてのものだった。

 一帯を覆っていた霧が、集結し始める。

 より厚く。

 より濃く。

 霧が身体にねっとりとのしかかるように。

「耳、塞いどいて」

 それは比喩でもなんでもなく。

「……潰れろ」

 魔女のその一言で、

 グシャリ、と。

 目の前にいた蜘蛛が潰れた。

 金属がひしゃげ、擦れ、いくつかのカーボンチューブが千切れるような音も響く。

 まるで、人体を丸ごと潰しているかのような。

 まったく似るはずがないのに、なんでかそんな連想をしてしまう。

 両手で耳を塞いでも響くその音に、少女は身体を震わせる。

「……ごめんね?」

 しばらくの轟音の後、沈黙が下りたその場所に、魔女の声が木霊する。少女はその声を聞いて、顔を見上げて、魔女の顔を直視した。

「魔女ちゃん……今のは……?」

「……魔法」

 少女の疑問に、魔女は少し顔を逸らしながら、ぶっきらぼうに答える。

 気まずい空気になったそこに、少女は先程の蜘蛛についての疑問を思い出す。

「そういえば、あれは何?」

「あれは……機械だね」

 なんてことはなく魔女は答えるものの、的を射てないくらいのアバウトな答えが返ってきた。

「機械……機械……いや、それは別にいいんだけど、そうじゃなくて」

「本当に聞きたい?」

 なおも訊こうとする少女に、魔女は問いかける。

「え、あ、うん。聞きたいけど……?」

 魔女の問いの意図など、まったく考えずに、少女は素直に答える。

「……はぁ、まあ、いいけど、理解できないかもよ?」

 魔女の言葉に首をかしげる。

 しばらくの沈黙の後、魔女は話し始めた。

「名前とかは私も知らない。でも今のが自立型の軍用機械ということはわかる。それも群れる、集団タイプね。この戦争においての主役は誰だと思う?確かに多くの若人が戦場に駆り出されたけど、彼らは主役じゃない。あくまでただの犠牲、肉壁以上の何でもないの。主役は機械。それも自分で動くタイプのね。そもそも私はこの戦争がなぜ始まったのかも知らないし、わざわざ人を犠牲にする必要性も知らない。意味のない犠牲を出す意味って本当に何なのかしらね。私が知ってるのは、この機械が人を殺すことを最優先に行動することだけよ」

 ここでいったん区切って、魔女は少女の様子を窺った。

「ん?んー?人を?殺す?なんで?」

 若干目を白黒させながらも、一応話についていっているようだ。

「この前の空襲。破壊されたのは人がいる家だけだったんじゃない?地下か地上かに関わらず。人のいない道路とかはあんまり被害を受けていなかったはず。その理由は単純。あの機械たちは人を狙っているからよ。それに居住区域を絶てば当然ろくなインフラもないスラムが出来上がる。道路は破壊しても徒歩が中心のこんな場所じゃ大した攻撃にならないしね。それに操縦していたのは人じゃない。自分の居場所と周囲の環境、距離、空気の流れ、その他諸条件を昔では考えられないような高い精度で計算して判断を下す人工知能、いや、もしかするともう「人工」ではないのかもしれないけれど、それがそのなによりも高い精度で爆撃を打ち出したのよ。だから正確に家だけが破壊された。その割に航空機は旧式の古いもの使用しているようだけど。その人工知能ももっと高等なもので、人情とか理解できるようなものだったらよかったのにね。中途半端に高性能なくせして、思考は下等だから命令にひたすら従順に、それこそ思考放棄して殺戮の限りをつくしちゃうのよね」

「??????」

 すでに少女は話に置いてけぼりだが、魔女は構わず話を進める。その怒涛のような話しぶりはまるで、魔女が少女に話を()()()()()()()()()()()かのようだ。

「ま、今までの話は上層部のみで共有されている話で、一般の人がそんなこと知ったら速攻で消されちゃうんだけどね?」

「え、えー!?あたし、消されちゃうの!?」

 いくら話についていけなかったとしても、最後の言葉だけは理解できた少女は、とりあえずその言葉だけで怖がり始める。

「大丈夫よ。大丈夫」

 思った以上の反応に、魔女は流石に話を止め、少女の頭をなでる。

「もしそんなことになっても、私が護ってあげるから」

「ほんと……?」

「本当、本当。私が嘘なんてつくわけがないでしょ?」

「確かに……」

 魔女の言葉で安心したのか、少女に少しだけ笑顔が戻ってくる。

 一瞬だけ。

 すぐに何かに気付いたかのようにその表情を凍らせた。

「ねえ、さっき、この機械は集団タイプって言っていたよね?」

 気づいてしまったか、とでもいうように魔女は溜息をつく。

「ねえ……」

「ええ、そうね」

 なお問い詰めようとした少女の言葉を遮って、観念したかのように魔女は答える。

「これは機械で、それも集団タイプ。一匹だけじゃなくて本来は集団で行く先々を蹂躙していく奴らよ」

 少女はその言葉の半分くらいしか理解できなかったけれども、

「え、てことは、ほかは……!?」

 幼い彼女でもわかった。わかってしまった。

「おそらく、この一匹はただの斥候。周囲の森を探索していただけね。本体はおそらく街を……」

 それ以上は言葉にできなかった。その先に横たわる無残な現実を幼い彼女に伝えていいものかどうか、逡巡したためだ。

 でも、それで十分だった。

「もどらなきゃ……!」

 焦燥を浮かべた顔で、踵を返して急いで少女は戻ろうとする。しかし、その先を霧が通せんぼする。

「……だめよ」

 魔女が呟く。

「なんで……!?」

「戻ったところで無意味だからよ」

 魔女は残酷に告げる。

「攻撃はこの前の空襲から始まっていた。そもそもあれが探索部隊と言っていいわね。今どき使わない騒音をがなり立てるような旧式の機を使ったのは、せいぜいその程度の部隊だから。こんな田舎まで来るっていうことは、人が密集している都市部はとうに壊滅状態でしょうね。そして本命はコレ」

 潰れた機械を指差す。

「もう、街にはこれが辿り着いて、とっくに壊されているわよ。じゃないとこんなところまでやってこないもの」

 想定しうる最悪の事態を魔女は淡々と述べていく。それを聞いて、少女の顔は絶望に染まっていく。

「でも……!」

 それでも少女は進もうとするが、

「それは私が許さない」

 重たい霧が、少女の脚を引き留める。

「やめて!あたしは行くの!」

「行ってどうするの?」

「逃げる!」

「どうやって?」

「どうにかして……」

 少女の言葉言い終わらないうちに、その口元を霧が覆い、少女の意識を奪っていた。

「……ごめんね」

 力を失い、倒れゆく少女の身体を支え、魔女は一人呟く。

 彼女の身体をそっと横たえ、魔女は街があるだろう方向を見る。すると、そこの霧が晴れて街の様子が見えるようになった。


 その先には、幾人もの骸が転がり、いくつもの蜘蛛のような自立式戦闘機が跋扈し、街を蹂躙する様子が見えていた。


     * * *


 もともと廃墟だった街は、さらに破壊されつくしていた。

 四足歩行の自立式戦闘機が走り回り、人を見つけ次第、抹殺する。死体は戦闘機の格納庫にある程度集められ、ある一定集まれば、それはどこかに捨てられる。

 それは地獄だった。

 突然の襲来に隠れる余裕すらなく、例え隠れても見つけ出されて殺される。

 彼女は、偶然にも地下にいて、隠れることに成功していた。母の看病のため、ちょうど地下に降りていた時に、それが起こったからだ。

 しかし、彼女の妹はそうではない。

 街の中を元気に走り回っていたはずだ。

 心配で心配で、胸が潰されそうになる。

 それは彼女だけでなく、母も同じ気持ちのようだ。伏せって白い母の顔は、いつにも増して青白く見える。

 見つかって殺される恐怖と、家族の安否が気がかりな気持ちで、がたがたと震える。

 がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 先程垣間見た巨体の割には静かな振動が、地下室を震わせる。

 不安で、心配で、怖くて、それに頭が支配されて、吐きたくなって、視界がかすみ始める。

 それでも彼女は、しっかりと息をひそめ、地下室にこもり続ける。

 がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 何度妹を探しに行こうと思ったことか。何度意識を失いそうになったことか。何度地下室の真上をソレが通ったことか。

 彼女にはソレが何なのかはわからない。この街の誰も知らないだろう。けれど、それが間違いなくこれ以上ないほど危険なものであることは察していた。

 いくら経ったであろうか。

 それはきっととても長い時間。

 けれどそんなに長くない時間。

 気が付くと、外の音は止み、地下室にはどこまでも静かな沈黙。

 そして隣には、かつてないほど冷たい肌をさらしながら、かろうじて息をする母が倒れていた。


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