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理解し易い生きた者

 『生きている』死者を埋めた後も、墓守の仕事は終わらない。ザクリザクリと墓穴を掘る。

 単調な作業、終わりの見えない無限回廊、なお落ちてくる新たな死者。

 それでも墓守は掘り続ける。石を積み続ける。

 ザク、ザク、ザク、ザク。

 カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 その間に、墓守は自問自答を繰りかえす。どれだけ思考を止めても、浮かんでくる思考がある。

 よく、体を動かして気を紛らわす、なんていうが、それはあくまでもっと激しい運動時か、せわしなく頭を使うような慣れない仕事の時だ。今の彼女のような、単調で、慣れた動作を繰り返すのでは、気を紛らわすどころか、脳内には同じ考えばかりがぐるぐると廻ってしまう。

 笑って『死んだ』あの死者は、なんであんなに満足そうに死ねたのか。なんで自らの最期を笑って迎えられたのか。彼女には不思議でたまらない。理解しえないことを考えたところで、ろくな解など出てこないことはとうにわかっていたけれども、空いた頭のリソースで考えてしまうのは、仕方がない。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 石を積み上げて、また一つ、墓標が立つ。

 空を見上げれば、この大穴からは太陽が見えなくなっており、西が赤く染まっている。

 夕焼けだ。

 それをこの『ゴミ捨て場』の底から直接見ることは叶わないけれども、赤から段々と夜の黒に染まっていく空のグラデーションを、墓守は気に入っている。もちろん大穴の外に行けば日の入りを直接眺めることも可能だが、彼女はそれをしようとはしない。

「今日は、おしまい」

 そろそろ暗くなってきた。地上ならまだしも、穴の底に位置する『ゴミ捨て場』は、上よりも暗くなるのがはるかに早い。すでに影がかかって、周囲の様子が見えづらくなり始めている。

 まだ大穴の淵に当たった光が反射して底にある程度の明かりを作っているが、それがなくなるまで、そこまで長い時間はかからないだろう。

 地上よりは少し早い、夜の闇にすぐに覆われる。

 完全に暗くなる前に、墓守は周りを見渡す。一方には無数の墓標、一方には無数の死体が転がっていた。

「続きはまた明日」

 一日中掘り続けるのは流石に疲れる。一日で終わるような量でもない。さらに死体は随時追加されていく。

 墓守の墓を造る仕事は、死体を全て消化するまで終わらないが、その死体は無数に湧いてくる。

 時折、意味なんてあるのかと自問するが、答えは決まっている。

 意味などはない。

 それでも、胸から湧き出る強迫観念に駆られて、墓守は『墓守』であり続けるのだ。


 シャベルに付着した土を払って、後片付けをする。己の身についた汚れを完全に落とすことは難しいけれども、できる限りは払い落とす。尤も、墓守が暗めの服を着るのも、そういった汚れが目立たないようにするためという役目もあるのだが。

 シャベルを担いで、積み上げられた石を倒さないように歩く。毎日のことで、もうとっくに慣れたものである。さして意識せずとも、どれだけ暗くとも避けることは容易いではあるが、慎重に歩くに越したことはない。

 ましてや、全て自身がたてたものだ。大きな意味は無くとも、それを己の手で壊してしまうのは無念である。故意ではなかったとしても。

 そうして、彼女はいつも通り洞穴に辿り着く。

 一日の終わりだ。これ以上することもなく、一日中墓を造っていた疲れも相まって、寝床に就くとすぐに眠りに落ちるであろう。

 洞穴の中に入る。中はもう光がほとんど差し込まず、真っ暗でほとんど見えない。目が慣れてくると少しは見えるだろうが、そこまで身を起こして作業することもない。

 寝床に入って、入口の方を見遣ると、赤く、薄暗い『ゴミ捨て場』が、うっすらと目に映る。

 そこには、未だ埋められていない死体いくつも転がっている。きっと埋められた死体の方が多いけれども、死体の方が目に付いてしまい、若干陰鬱にならなくもない。

「寝よう」

 無人の洞穴に、その声は静かに木霊して、しかし、たった一つの響きが彼女の耳をくすぐる。

 枯草の簡易ベッドの上に寝そべり、目を閉じるとすぐに睡魔はやってきた。


 安らかな眠りを妨げるものがいた。

 墓守の眠りは、決して浅くはないが、何か異常が起こっても目が覚めないほどに深いわけでもない。

 洞穴の外から、何やら唸り声や、土の上を何かが蠢くような、そんな異音が響いてくる。それらの音は、昼間の『生きている』死者を想起させる。

 死体はたくさん転がっている。その中に、同じように『生きている』者がいても全くおかしくはない。一日にそう何度も出てくるような存在ではないが、可能性として捨てきれない程度には確率は高い。

 その存在が何であれ、墓を壊されてしまうのは御免被る。

 墓守はナニカがこの『ゴミ捨て場』にいることに気が付くと、寝床を離れて、洞穴の外に出た。

 真っ暗な大穴ではあるが、ちょうど穴の淵から覗けるほどに昇った満月に照らされて、うっすらとした影だけは見ることができる。

 無人のはずの『ゴミ捨て場』。そこに蠢く、何者かの影が在った。

 その影は、体格のいい男のような影をしている。傷ついているかどうかは分からないが、致命的なまでの部位欠損は見られない人影。

 そいつは大穴の壁を這い上がるように、何度も壁に手を突き、いくらか登ってはずり落ちている。その様はどこか弱々しい。

 墓守はそこまで足音を立てないように慎重に動いていたが、さらに近づいてみようとしたとき、暗がりに隠れた死体に躓いてしまった。

 ザっと、決して大きくはないものの、土を踏みしめる音が大穴に鳴り響く。当然その音は、墓守の前方にいる人影の耳にも届いてしまう。

「だ、誰だ!?」

 少し抑え気味の男の声が鋭く響く。さっと振り返った彼の視線の先には、墓守が立っていた。

 しかし、この暗がりの中、墓守を認識できたかどうか。

「誰か、いる……のか?」

 墓守のことをまるで視認していないかのように、もう一度尋ねる。先程よりは幾分か柔らかな口調で言いなおされたそれにこたえることなく、墓守はもう一度、足元に一層気を付けながら近づき始めた。

 さっきの失敗を反省して、暗闇の中、足元に死体がないことを確認する。

「うん、大丈夫そうだな」

 そんなことを口にしながら、彼女はその男の傍に近寄った。

 目を凝らしてよく見てみると、男の顔はぐちゃぐちゃに傷ついており、鼻はひん曲がり、顎は歪み、眼球は潰れかけている。

 つまり。

 顔の前方についている感覚系はほとんど機能していないと言っていいだろう。少なくとも視覚や嗅覚は働いていまい。おそらく無事なのは聴覚くらいだろうか。単純に背後からの足音に敏感に反応していたから、と言うだけの理由ではあるが。

 服装は血に塗れているものの軍服のような迷彩柄、腰回りにはある程度の銃器やナイフが装備されている。

 そして問題はもう一つ。

 その男は、確かに生きていた。文字通りの意味で、呼吸をし、その心臓はしっかりと拍動していた。

「おまえ、は?」

 すぐそばの墓守の気配を感じたか、彼は尋ねた。きっと、上では恐怖に塗れて、戦って闘って、逃げて逃げて、傷ついて。その果てにここに堕ちてきたのだろう。

 だから、鋭敏に彼女の存在に気付けた。視覚が潰されても、痛みに溺れても。死に瀕した男は見えない誰かの存在を敏感に認識した。

「死にたい?」

 彼の目の前に座る。その際、土を踏む音が響いてしまう。

 きっと、その怪我では助からない。それは墓守だけでなく、本人もわかっているであろう。仮に清潔な環境で十分な治療を受けられれば、生き延びることも可能であろうが、残念なことに、この『ゴミ捨て場』はその名の通り、死体に塗れ、決して衛生的に良くないどころか汚いと言ってもいいし、当然治療ができる物も者もありはしない。

 これまたよくあることではないが、動く死体が落ちてくるよりかはよくあることだ。

 生者が落ちてくる。

 彼らはすべからく死にかけであり、致命的な傷を負っており、まず間違いなく助からない。むしろそんな状態だからこの『ゴミ捨て場』にやってくるのだ。

 落ちる理由など様々であろう。ただの事故か、死体と見紛われたか、もしくは文字通り棄てられたか。

 よくあること。

 だから、そのまま殺すことがきっと、彼にとっても幸せなのかもしれないし、墓守にとっても己の責を全うするにはそれが一番であろう。

 けれど。

 その日はただの気まぐれだったのかもしれない。

 昼間に見た、『死者』の姿が瞼の裏に残っていたのかもしれない。

 もしくは、

「こ、殺さないで、くれ……!」

 そんな、しゃがれた声で、痛むであろう顎を動かして、恐怖と苦痛に溺れた声色で精一杯に呟いた、そんな彼の言葉が、気になったからかもしれない。

「だったら、殺さないよ」

 そう、墓守は呟くものの、男の姿はいまだ怯えた様子で、彼女の声を聴いた様子はない。

 しばらくお互いに、その場でじっとしていた。墓守はそれ以上手出ししなかったし、男も逃げようとはしなかった。ただ、男の場合は逃げようにも、逃げられなかっただけだったのかもしれないが、それでも墓守はそんな男を眺め続け、男はじっと息をひそめ続けた。

 そうして、音もたてずじっとしていたおかげか、男は震えていた体を何とか抑え込み、掠れるような小さな声で独り言ち始めた。

「あぁ、姉ちゃんはまだ、何とか生き延びられてる、かな……?」

 音がしなくなったため、墓守がいなくなったものと判断したのかもしれない。もしくは、特に何かする様子がなかったため、少なくとも敵意は無いと判断したからなのかもしれない。

「きっと、生きてるよ」

 気休めにもならない、そんな慰めを吐く。

「生きてたら、いいな……」

 男が呟くその言葉は、既に諦めの念が籠っていた。それは、彼の姉が生きていることへの諦めか、それとも生きていたとしてももう出会えないという自らの生への諦めか。

「どんな人だったの?」

 ろくに気にもしていないくせに、彼の言葉をもっと聞くべく、言葉を紡ぐ。

「……いつも破天荒で、向こう見ずのくせに、あいつ、他人に対しては謎に心配性なんだよなぁ」

 だからきっと、なんて男は呟く。

 その言葉だけで彼の姉の性格と、彼と姉の仲について窺える。きっと仲のいい姉弟だったのだろう。弟は姉に引っ張られて、いろんなところに行って、姉は弟のことが好きで好きで、ひたすらに想っていたのだろう。弟も、そんな姉のことを少し迷惑がりながらも好きだったに違いない。少なくとも、死ぬ間際に心配するくらいには。

 そこには、今も昔も変わらぬ姉弟間の絆が垣間見えた。

 仲のいい兄弟姉妹が多いとも思えない。むしろ仲の悪い関係もそれなりにあるであろう。彼らほどの絆を感じさせる姉弟も稀有かもしれない。

 そんなことは、全て墓守の想像に過ぎない。実際のところどんななのかなどわかるわけがない。別にわからなくてもいいと、彼女は思う。

「仲、いいんだね」

 思ったことを素直に口にする。

 男はそれには応えず、懐をまさぐって、何かを探している様子だ。しばらく見ていると、そのなにかを探し当てたのか、上着の右ポケットから煌めく何かを取り出した。

 それは、時代錯誤のようにも思える懐中時計。もちろん動いてはいないが、そのなかに、焼け焦げ、煤け、ロクに内容が見えやしない一枚の紙があった。

 男は顔をそれに向ける。それを見えてはいないと思うが、きっと長年の習慣がその行動を導いたのであろう。

 こっそりとその紙を覗き込むと、そこにはほとんど何も写ってはいなかった。きっと激しい戦闘で見えなくなってしまったのだろう。紙の端にうっすらと手や顔のようなものは見えなくもないため、それはきっと家族の写真だ。

 ほとんど何も見えないそれを、けれど男は愛おしげに優しく触れる。きっと、その写真の状況に気付いてすらいまい。

「きっと、大丈夫だろうな……」

 微かな願いを込めて、男は呟く。

「それ、大事なものなの?」

 この時代にそんなアンティークなものを身に着けているのが気になって、墓守は尋ねてみる。

「死にたく……ないな……」

 けれど、男は掠れた声で、消え入りそうな声で、そうつぶやくだけだった。

「……きっと、死なないよ」

 そんな空虚な言葉を投げつけてみるが、すでに男の体からは力が抜けていた。

 コトン、と。

 握っていた懐中時計は地面に落ちて、触れていた写真の残骸だけが手元に残って。


 男の頬に触れると、赤い液体に混ざって一筋の透明な雫がこぼれているのが、なぜだかわかった。


「あぁ、やっぱり、死ぬのは悔しいよね……」


     * * *


 暗闇の中、ザクザクと土を掘る。

 この行為に意味は無い。あるとすればそれは、ただの自己満足だ。

 掘るのであれば、別に明日でも変わらない。死体は腐るかもしれないし、蛆が湧くかもしれないが、それはいつものことだ。むしろこんな暗闇の中で墓穴を掘り進めるほうがよっぽど不適切であろう。

 手元も見えない、足元も見えない。穴の中がどうなっているのかもわからない。

 墓はそれなりに深く掘り進めるため、少し失敗すると墓守の方が墓に埋もれる可能性がある。

 それでも、墓守は慣れた手つきで墓を掘る。シャベルはいつもの物をいつものように扱う。違うのは中身が完全な闇に包まれて全く見えないことだ。

 それだけで、やっぱり勝手は随分違ってくる。

 それでも掘り進めるのは、きっとあの男のことを少しでも知ってしまったからであろう。

 彼の境遇に共感はしない。同情もしない。

 ただ、彼の死に際は共有できた。彼女は、男の死に際を看取ってしまった。

 彼が死ぬ、その瞬間の言葉を聞き遂げた。

 だから、墓守は今、墓を掘り進める。

 穴に入ってしまえば、何にせよ蛆は湧くし、そのうち腐る。それでも、彼女は今、墓穴を掘って埋めるのだ。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 少し湿った土を、シャベルを振るってどかしていく。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 この時間帯に穴を掘ることなど滅多にない。いつもならこの時間に何か異常があっても、それは放置する。

 きっと、昼間の死者と夜中の生者で、どこか感傷的になっているのだろう。

 悔しげに死んだ生者と、満足げに逝った死者。

 きっとどちらも、自分の大事なものを守れなかった。

 己の命も、宝物も。

 なのに、なんであんなに違いが生じたのだろう。

 生と死の境に何かがあったのだろうか。

 若き想いと老いた願いに変化があったのだろうか。

 なんだか、違う気がする。それが何かは分からないが、何かが違う気がする。

 その違いが人の個性と言われれば、確かにそうなのかもしれないが、悔しげな生者と満足げな死者の差は、それ以外の何かが、ある気がした。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 いつものように掘り進める。いつもと違う時間帯に。

 そろそろ、いい感じの深さまで掘っただろうかと上を見上げる。


 そこには大穴の底に掘られたさらに小さな穴の口から見える、満天の星が広がっていた。


 真っ暗な夜闇に輝く、点々とした無数の星々。月はてっぺんを通り過ぎて、少なくとも墓穴の底からは見えやしない。だから、より一層星々が輝いて見えた。

「綺麗……」

 思わず彼女は呟いてしまう。いつもの洞穴からは決して見えない夜の煌めき。

 今まで気が付かなかった、忘れていた、宝石のようなそれらに、彼女は魅入ってしまった。


 暗い暗い穴の底で、死体だけが支配するその腐りかけた『ゴミ捨て場』のさらに奥で、彼女はただ、その場で呆然と見ることしかできなかった。


 はっと我に返って、墓守は遺体を降ろす。先ほど死んだ、生者の遺体だ。

 そっと穴の底に横たえると、彼のつぶされた顔も、どこかほっと気の緩んだような、少しだけ安心したかのようなそんな表情をしているように見えた。

 墓守はブンブンと首を振って、我に返る。

 ここは『ゴミ捨て場』の底のさらに底。こんな真っ暗なところで遺体の表情を判別できるわけがないのだ。

 思わず感傷に浸っていたのだろうか。

 少しだけ驚いて、己の胸に手を当てる。

「……大丈夫」

 いつも通りだ。いつも通り、己の責務を果たしているだけ。己の空虚な鼓動は耳に届かず、ただ、彼女は胸中から湧きだす観念を思い出した。

「埋めよう」

 もう、ここは彼の居場所だ。もう戻りはしない、死に逝った彼の居所。少なくとも墓守がいるべき場所ではない。

 周りの土を崩して、だんだんと上に上がっていく。墓穴の外に出てくる墓守とは対照的に、男の姿は見えなくなってくる。

「これで、いいんだよね」

 柄にもなく、そんなことをつぶやく。

 やっぱり感傷的になっているのだろう。

 昼間の死者と、夜の生者。それらはどちらもよくあることだが、一日にいっぺんに来ることはあまりない。あんまりないことだから、思わず浸ってしまうのだ。彼らの描いたであろうその生き様に。

 最後に土をかけて、上をシャベルの裏で軽くたたいて土を固める。きっとまた、この上に死体を埋める時が来るだろうが、その時までは安らかに。

 土の中に静かに横たわる死体を夢想しながら、墓守は石を積み上げていく。

 カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 墓標はすぐに出来上がる。墓を掘る作業と埋める作業に比べればずいぶん楽なものだ。けれども、だからこそ一番、胸から湧き上がる何かがある。それが何かは分からないけれども。

 カチャリ、カチャリ。

 石が積みあがる。

 手を合わせる。

 それでおしまい。

 きっと、この場所に再び墓を埋める時まで、二度と顧みることのない墓の完成だ。

「さてと」

 作業を終えて、墓守は立ち上げる。

 ふと、空を見上げてみる。

 大穴の淵には、墓穴の底からは見えなかった月が、この『ゴミ捨て場』を照らしていた。そのおかげで、その周りの星々は月光に呑まれて見えなくなっている。

 しかし、月から離れたところには星々が煌めいており、そのかすかな光が見て取れる。

 墓の底と同じ景色。けれどそれは、どこか違うものに見えて、墓守は嘆息する。

 綺麗に見えるその景色は、なぜか物悲しくも見えて、墓守は視線を下げた。

「寝よ」

 今日はもう遅い。墓を造るにも、感傷に浸るにも。

 月明りに微かに照らされた大穴の底で、墓守はシャベルを担ぎ、自らの寝床へ向かう。暗がりのなか、墓標を倒さないように慎重に。

 枯草のベッドに潜り込んでも、なかなか睡魔はやってこず、とりあえず無理やり目を閉じる。

 妙に冴えた瞼の裏には、幸福だったろう男の姿が映っていた。


 洞穴の外のすぐそばにはいつも通り、静かに、積み石が並んで立っていた。


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