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理解し難い愚かな死者

 今日も今日とて、墓守はザク、ザク、とシャベルを振るう。

 朝からずっと続いているこの作業も、休憩のために昼時には一度止める。ちょうど大穴のてっぺんに太陽が覗くようになれば、いい感じに休み時だ。休憩まであともう少し。

 誰に頼まれたでもない、課された使命でもない、己がただ無意味にやっているだけのこの墓造りであるため、もちろん休もうと思えばいつでも休むことは可能だ。けれども、疲れたからと言ってすぐに休んでしまえば、きっとこの作業はいつまでも終わらない。終わらせる意味があるのかと聞かれれば、それは墓守自身にもわからない。

 尤も、そんなことを訊くものは、今この場には己以外にいないのだったが。

 墓守は、難しいことは一切考えずに手を振るう。

 考えないために手を振るうと言ってもいい。

 なにを考えないためなのかは、彼女自身にもわからない。

 考えることは、墓の深さと、死体の大きさと、積み上げる石の高さくらいだ。その中に眠るはずの死者については、考えるときと考えないときと。

「キリのいいところで終えたいな」

 呟いたその声も、当然誰が聞くわけでもなく、己の耳にだけ響いて残る。

 ザクザク、ザクザク、ザクザク。

 小気味いい音が響き続ける。それ以外には何も聞こえない。

 ザクザク、ザクザク、ザクザク。

 いつの間にか、太陽はてっぺんを通り過ぎていた。

 空を見上げると、二割くらいが雲に覆われつつも、よく晴れた蒼穹が広がっている。大穴から見える真ん丸の空は、己の世界がいかに狭いかを実感させてくれる。

 視線を下に戻し、再び作業に戻る。

「いい感じのところまで掘れたかな」

 墓穴は、深さは1~2メートル程度。長さは長い方で体長150センチくらいの人なら問題なく入るくらい。長さはともかく、その深さをなぜそこまで深く掘るのかというと、大穴の底の面積には限りがある。ただ平面的に埋めるだけではすぐに限界が訪れる。そのために立体的に埋められるようそれなりの深さを掘り進めるのだ。実際、このくらいの深さではそろそろ一杯になるため、そろそろもう少し浅い墓を造ることになるだろう。

 持っていた子供のものと思われる焼死体を底に横たえると、墓守は穴を埋め始めた。深さが2、3メートルになってくると、上に戻るにはよじ登る必要があるが、穴の壁が崩れては埋もれるのは墓守自身だ。とはいえ、道具はこの手に持つシャベルのみ。梯子などもないし、穴の壁を水で固めることなんかも難しい。よって、墓守は埋める予定の死体を持ち運んで墓を掘る。そしてそこに横たえると、周りの土を崩しながら、自分だけ上へ登っていくのだ。

 こんな作業をしていると、ふと、己は土に埋められた卵から這い出る虫のようだな、と思ってしまう。

 もしくは死体の上を這いずる蟲か。

 そうして、墓穴を埋めると、墓守は手を合わせる。

 理由などない。弔いの意など墓守には微塵もない。ただただ、形式的なものだ。意味なんてないのに、形だけはやってしまうのだ。

 ある程度手を合わせた後、墓守は石を積み上げる。

 カチャリ、カチャリ。

 平たい石を、積み上げる。

 何にもないこの大穴で、せめてもの墓標に。

 カチャリ。

 個数などは決めていない。高さなども決めていない。

 意味なんて考えていないから、そこにきっと、理由はないのだ。

 そして、もう一度手を合わせた。


 昼時の休憩をはさむ。

 朝から振るっていたシャベルを放し、墓守は座り込んで休憩する。傍には先程造り終えた墓に積み上げられた石がある。そこだけではない。見渡してみれば、いくつもの墓標が立っているのが見えるだろう。尤も、それらは立てたのは墓守自身であり、彼女がそれをわざわざ感慨を持って見ようとはしないだろうが。

 造って、終わり。

 一時弔えば、それで終了。

 ゆえに意味など無いのだ。

 墓守はもう一度空を仰ぐ。

 少し雲が増えて、4割くらいが雲に覆われていた。しかし、雨が降りそうな薄暗い雲ではないし、空気も乾燥している。きっと今日は一日中晴れっぱなしであろう。

 それを、暑くて不快だと思うか、それとも絶好の墓堀日和だと考えるか。

 墓守本人としては、死体が腐りやすくなるので、あまり暑いのは好まない。けれど、晴れの方がなんとなくやる気が満ちるのも確かだ。今日はさっぱりと晴れていて、総合的に見れば心地の良い日であろう。

 そんなことを判断しながら、墓守は体を休める。

 意味なんてないのに。


 暖かな昼の日差しに包まれ、微睡に呑まれかけてうとうとしかけたあたりのことだった。

「お、お嬢さささん……儂の……ま、孫を知ららららんかねねね……?」

 少したどたどしくも、しっかりとした年寄りの男のような声がした。

 墓守は、億劫そうに声がした方に顔を向ける。

 そこにいたのは、声から予測した通りの、年寄りの男。ただ、問題はそんなことではなかった。

 男の身体は傷だらけだった。

 右腕は爛れ、ほとんど千切れ落ちており、脚の皮膚は焼かれ、内に隠された筋が露出している。尤も、それも焼けて変性しており、一目でそうとわかるようなものではなかったが。また、服はいたるところが赤黒くなっており、その裏に隠された胴体がいかに傷ついているかが見て取れた。

 そして顔。まるで、何か重たい塊にでも殴られたかのように凹んでおり、眼孔は潰れ、顎は歪んでいる。さらに首元は深く切り裂かれており、これらの怪我が、男の話しぶりをたどたどしくしている要因だろう。

 結論を言おう。

 男は死んでいた。紛れもなく。確実に。

 そんな彼の姿にも驚く様子はなく墓守は呟く。

「私は知らない」

 確かによくあることではない。そう、毎度毎度死んだはずの人間が動くことなど、確かに無い。

 でも。

 これは、よくあることなのだ。

 毎日毎日、いくつもの死体が落ちてくる。確率は高くなくても、母数が多ければ、それはよくあることになり得るのだ。


 そう、死体が『生きている』ことなど、よくあることだ。


 墓守は、男に近づく。

「孫がいたの?」

 男は答える。

「つい、さっきききまで、なな……?わししの、右手をつかんででで……」

 その右手はいま、完全に焼け爛れ落ちている。

「はててて……?なにか、だいじじじなことを、わ、わすれているるるような……?」

 墓守に、外の状況など見えやしない。けれど、彼女は知っている。今のこの大穴の外がどんな状況なのかを、十分に知っている。知りたくないことまで知っている。

 いや、知りたくないことを知っているというべきか。

 だから、この男に何が起こったから、墓守には分かった。わかってしまった。

「ごめんね」

 フードに隠れた表情を一切変えず、ただ言葉だけをその舌に乗せる。

「んん?ななんでで?お嬢さんんんが、が、あ、謝るんじゃじゃ?」

 男は心底不思議そうにそれを尋ねる。

 自らが死んだことすらも気づかずに。

「なにか、言い残したいことはある?」

 声に感情は載せない。それをただ、己の責務として、墓守は事務的に尋ねる。

 『生きている』死者は、己の状態に気付いていない。死んだことに気付いていないのだ。気付いていないからこそ、動き続ける。だからこそ『生き』続けるのだ。

 この男も、また――。

「い、言い残すすす?な、なにを?あれ、そういえば、わ、わしは……わしらは、なにかから逃げて、そそそれで……」

 墓守は男の様子を注意深く観察する。

 まだ、男は何も気づいていない。まだ。

 しかし、気付いてしまうのも時間の問題だ。今にも彼は、それに気付きそうである。

 墓守は、それでも判断しかねる。己は何をすべきか。己が何を選ぶべきか。


 彼が気付く前に、『殺して』しまうべきか。


「ああ、あれれれ……?わしの右手ををを、あ、あの子ははは握っていたのでははは……?」

 そうして、男は己の右手をついに見る。

 そこにあるのは、焼け爛れた右手。当然そこには、彼の孫など、いやしない。

 それどころか。

 孫の掴んでいた彼の右手が、焼けているという事は、彼の孫は。

 そして、それを彼も理解してしまった。真実かどうかは関係ない。

 彼は、そう理解してしまった。

「あ、あ、あ、あぁ、ア嗚呼アアああアァァァァァァぁぁぁ!!!!」

 歯の浮くような、不快極まる耳障りな声が鳴り響く。

 つぶれた肺で、千切れかけた声帯で、ひしゃげた顎で。彼は叫ぶ。全力で、己の全身全霊をかけて。

 それは慟哭だった。

 そして同時に、咆哮だった。

「なんでなななんんで、なんでなんなんなんでなんでんでんんなんでなななんで――!!」

 壊れた機械のように、何度も同じ音を繰り返すスピーカーのように。

 静かな、静かだったこの場所に、その声は木霊する。

 何度も何度も反響して。

 そして、もう一度静かになった後。

「――なんで、いなくなってしまった?」

 ぽつりと、それだけがこぼれた。

 壊れて歪んでしまった彼のなかで、それだけが正常に想いを形作った。

 墓守は、それを無情に見つめる。

 それを考えることに、意味などはないから。

 彼に共感することに、価値などはないから。

 ただ一言。

「ごめんね」

 それだけを添えて。彼女はシャベルを構えた。

 武器はこれだけ。そもそもそれは武器ですらない。ただそれに転用できるだけの農具。そして、墓穴を掘るための、道具。

 それでいい。

 それがいい。

 死者を『殺す』ならば、適当なのはこの道具だ。

 墓守ならば。

 シャベルを構えると言っても、特段武道の心得がある訳でもない。ただ、それっぽく正眼に構えただけだ。

「あたしには、わからないから」

 彼の気持ちも、彼の叫びも、彼の状況も。何一つとして、墓守には共感できない。

「あたしにできるのは、ただ、これだけだから」

 だから、墓守は己の責を全うするしか、道はないのだ。

 ただ無情に、ただ無慈悲に。

 墓守は地を蹴った。


     * * *


 世界は、戦火に包まれていた。

 どことどこが争っていたか、どこが始めたのか、そんなものは分からない。

 大事なことは、その戦争が誰も彼もの命を奪ったという事。そして、その命を奪ったモノは、人ではなく、冷たい鋼の機械だった。

 その男は、年老いたおかげで、出兵を免れた。

 主な戦力が人力ではなく、機械になったおかげで、人の徴兵がなくなったのか。そんなことはなかった。人も等しく、戦場へと駆り出された。そして、機械よりも多くの犠牲を出した。

 ただ、それだけのこと。

 戦力にならないどころか、足手まといの年寄りと、幼子だけは免れた。

 ただ、それだけのこと。

 でも、戦場に駆り出されないからと言って命の危険がないわけでもない。前線はどんどん後退する。ついには市民のいる都市部まで。人の少ない村落まで。

 冷たい鉄の塊が、そこにあるものすべてを蹂躙して、ついには制御も効かなくなって、皆殺しの命だけを記憶して。

 誰も彼もが消えてった。

 逃げようとした者も、諦めた者も、戦おうとした者も。

 柔い人間は死んでった。

 ほぼ無人のその場所で、でも全く人がいないわけでもなく。

 隠れ潜んだ者もいつかは捜し出されて、終わりを迎える。

 何もかもわかっていたのか。

 何もかも知らなかったのか。

 誰も予測しえなかったのか。

 予測し得た結末だったのか。

 大切なことはそうではない。


 大切なことは、誰も大事なものを守れなかったのだ。

 もちろん、その男も。


     * * *


 男の死体に接近して、シャベルを振るう。

 けれど、死者は意外にも機敏に反応し、その一撃を紙一重で躱す。それは攻撃を見切った上での紙一重だったのか、それともギリギリで躱せただけなのか。

 そんなことはもう一度やってみればわかることだ。

 墓守は地面を滑り、躱されたそのまま死者とすれ違い、その向こう側で向き直る。シャベルを片手で持つと、彼女は再び地面を蹴った。

 死者は、意外に機敏に動ける割に、それから攻撃に転じようとする様子はなかった。ただ、呆然として、一点を見つめて突っ立っているだけだ。

 その見つめる先を見ても、あるのは虚空だけだ。墓守には、彼に何が見えているのか、それは知る由もない。

 死者の背後に近づくと、再びシャベルを振るってみる。

 しかし、

 ぐるん、と。

 気づけば、墓守は空を眺めていた。

「……あれ?」

 間抜けな自分の声が、墓守の耳に届く。

「アアあぁぁア、あぁァァァ嗚呼あ……」

 死者はすでにまともな言葉を発してはいない。唸り声のような、うめき声のような、そんな低い音を漏らしているだけだ。

 それなのに。

 彼の左手は、墓守の腕をつかみ、そのまま彼女を地面に転がしていた。

 明らかに常人の動きではない。さらに言うならば、こんな年老いた人間の動きでもない。

「記憶、かな……」

 倒された状態で空を見上げながら、墓守は呟く。

 死者は記憶から出来上がる。そもそも本来動くはずのない身体が動くのだ。そこに物理的な筋力だとか、体重だとか、エネルギーだとかは関係ない。『生きている』というその記憶。それが彼らを動かすのだ。

 ならば、彼の動きは、彼の記憶に存在するものだ。大方、若いころ何かしら武芸を嗜む、いや、極めていたのだろう。年老いてからはどうか知らないし、仮に年老いてからその強さがあったとしても、死ぬときは死ぬ。そういうものだ。

 問題は、今のこの状況だ。死者を『殺す』のが難しいのは今に始まったことではないが、それでもその戦闘能力が高いとなれば、難易度は跳ね上がる。攻撃を当てることさえも難しいのだから。

「どうしたものか」

 いまだ空を見たままに、彼女は呟くが、死者が追撃を加えてくる様子もない。顔を少し動かして窺うと、彼はまたボケっと突っ立っているようだ。

 どうやら、墓守への攻撃は、単に自らが攻撃されそうになったものに対して、条件反射的に反撃しただけのものらしい。少なくとも、攻撃を認識したらそれに対して無意識に反撃するくらいには体にその武芸を染み込ませている。

 時間はいくらでもあるようなので、墓守は思考する。

 先ほどの攻撃。彼女には己が何をされたのか全く認識できなかった。シャベルを振るったら、いつの間にか空を見ていた。そのくらいのレベルの自然な動きをしていたのだろう。彼女の手を掴んで転がしていたことから、重心やら何やらを利用して投げたのだろうか。それが分かったところで、そのような心得のない墓守には、彼の相手は荷が重すぎる。放置するのもありだが、ソレはダメだと、胸中の誰かが彼女に囁く。

 とりあえず身を起こして、様子を見てみる。

 静かに、こっそりと近づいてみた。

 気づいた様子はなく、本当に気付いていないのかどうかは定かではないものの、少なくともこちらから攻撃しない限り、彼に攻撃の意志はないように見える。

 試しにすぐ隣に立ってみる。

 彼はそれでも反応しなかった。やはり直接的な攻撃の意志はないようだ。こんなすぐそばに、確実に気付いているような位置に陣取っても何もしてこないのだから。

 ここから攻撃を仕掛ければ『殺せる』のではないだろうか。そんな思いも芽生えてくる。しかしそれ以上に。

 墓守は、彼が何を見ているのかが気になった。

 虚空を見つめる年老いた死者。その視線の先には何もない。

 それなのに、その濁った瞳は何かを映す。墓守には到底理解しえない、彼だけが見える何かを。

 そうやって、しばらく墓守は、死者が何を見ているのか見ようとしていたが、突然、死者はそのボロボロの脚を動かして、どこかへと歩き始めた。

 すでに擦り切れて、焼き切れて、ロクに働きもしないその脚で一体どこへ行こうというのか。

 『殺せ』ないならばと、墓守は彼の後を追う。

 せめてその行きつく先を見るために、墓守はすぐ後ろを歩く。

 そうして、彼が辿り着いた場所。そこは――。


「墓――?」


 先ほど造り終えたばかりの、新品の墓。その中身は確か――子供の焼死体。

 積み上げた石に、彼は跪く。すでにそこにまともな理性など、ほとんど残っていないだろう。正常な判断など、ありはしないだろう。

 ただ一つを除いて。

 彼は先程なんと言ったのだったか。

 彼は一体だれを探していたのだったか。

 流石の墓守でも、ここまで来たら理解した。その過程は分からない。絆なんて曖昧なものが、彼らを引き合わせたのかもわからない。ただ、出会った、それだけが確固たる現実としてそこにある。

 だから。

「あぁ、ここにいた……」

 彼は歪んだ発声器官で、それだけは正しく発音する。

 それを最後に、墓守はシャベルを振り上げ、そして――ボロボロの首を叩き潰した。

 グシャリ。


 最後に見えた彼の顔は、『死』を理解してもなお、どこか満足げに笑っていた。


「笑って死ぬなんて、馬鹿なのかな――?」


     * * *


 ザク、ザク、と土を掘る。

 何も変わらぬ、彼女にとってはどこまでもいつも通りの日常。墓守はやらなくてもいい己の責を全うすべく、今日も愛用のシャベルで土を掘る。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 シャベルを振りかぶって、降ろし、地に刺しこんで、抉り、土をどかす。そしてまた振りかぶる。それの繰り返し。

 慣れた手つきで繰り返す、ある種単調なその作業は、思考を張り巡らすのに絶好の環境であったと言えよう。

 別に考えたくなくても、ついつい思考が及んでしまうなんてことはままあるものだ。

 考えるのは、満足げに笑みを浮かべて逝った年老いた男の死者のこと。

 どうして彼は、あんなに満足げに死んだのか。孫の墓に出会ったことが関係するのは確かである。

 でも、死んでいた。

 無念ではないのか。

 悔しくはないのか。

 守りたかった誰かは死んでいて、自身も何も果たせずに消えて行って。

 墓守にはわからない。

 なんで、あんなに満足な表情をしていたのか。

 人間誰しもが、「共感する」という機能を持っている。共感することで、体感したことない感情を味わうこともできる。それはヒトという種の巨大な情報共有機能と言ってもいい。

 当然、墓守も共感することはできる。

 誰かが死ねば悲しいし、もしかしたら恨むこともある。傷を見れば痛々しく思うし、誰かの代わりに怒りだって覚えるだろう。

 でも、あの死者の感情には共感を抱けなかった。

 あの死者だけではない。

 墓守は、幾人もの死者を『殺し』てきた。それだけではなく、いくつもの死を見てきた。いろんな人がいただろう。死に際も様々にあった。

 無様に生にしがみ付こうとした者もあった。無念に泣いた者もいた。悔しさで呆然とした者もいた。そして、思いもよらぬ絶望に憎悪を抱いた者も。

 その中でも、満足げに死ぬものがいた。独りではない。決して多くはなかったが、少なくもなかった。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 一人ではないという事は、それはある程度一般に共有される感情であるという事だ。

 その感情を抱くのは異常者か。狂人なのか。

 墓守にはどうしてもそうは思えない。己が狂っているとも思わないが、彼らがおかしいとも思えない。

 わからないわからないわからない。

 でも。

「……これで終わり」

 カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 石を積み上げる。その下には、死体が埋まっている。

 最後に軽く手を合わせると、墓守は墓標に背を向けた。


 そこには、大小の積み重なった石の墓標が、二つ仲良さげに並んでいた。


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