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落ちてきた命無き者

 最近、少しだけ暖かくなってきた。とはいえ、まだまだ油断のできない気温であることに違いないのだが。

「わっははー、つめたーいっ!」

 未だ残り続ける雪の上を、サクラは寝転がって楽しげな声を響かせる。

「こうしてると、ああ、まだ冬なんだな……って感じがするねっ」

 その行動に何の意味があるのか、墓守には正直解らなかったが、そうすることで冬を感じられるらしい。ちょうど一つ墓を造り終えた墓守も、試しに寝転がってみる。

「冷たっ」

 予想していたよりも冷たい感触が背中を襲い、驚いて思わず小さな悲鳴を上げてしまう。それでも体を起こさず、寝転がっているとその温度にも段々と慣れてきた。

「まあ、ちょっと気持ちいいかな?」

 気温と比べてはるかに低い温度が背中から伝わる。気温との温度の違いが感じられて気持ちがいい。

「あ、シャベルさんも寝てるのー?」

 こちらに気付いたサクラが声をかけてくる。答える代わりに、ゴロゴロと転がって答える。体中に雪が纏わりつく。体が動くと同時に、下で雪が潰れる音がシャリシャリと鳴る。

「あっははー、シャベルさんたのしそーっ!」

 確かにつまらなくはない。楽しいというほどかと言われるとちょっと微妙だが、少なくとも暇は潰せそうではある。尤も、別に今は暇というわけではないのだが。

 ガバッと墓守は起き上がって、仕事の続きをしようと思い立つ。

「よっこらせ」

 年寄り臭い掛け声とともに立ち上がると、シャベルを担いで死体の山に向かう。

「お?墓造りの続きするのかー?」

 その声に墓守は頷くと、死体を担ぐ。

「よし、ガンバローっ!」

 そんな明るい掛け声とともに、墓造りが再開された。


 サク、サク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 雪を掘る音がいつの間にか土を掘る音に変わる。

 ザク、ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 土もどんどん掘り進めていき、ある程度の深さに到達する。そこまで来たらいつものように死体を降ろし、土をかぶせ始める。

 今降ろした死体は、この前現れたあの『生きていた』女性の死体だ。彼女が誰なのか、そんなことはもちろん墓守には分からないが、彼女が最期、「死にたくない」と願ったことはしっかりと耳に残っている。

 顔に土がかかる前に、もう一度彼女の顔を見る。

 墓守が潰したその顔は、もしかすると生前は端正なものだったのかもしれない。もしかすると、彼女が住んでいたところでは何かと持て囃されたりもしたかもしれない。もしくは、逆に不細工で、いじめられたりしたかもしれない。

 全てはただの墓守の妄想だ。すでに顔すら見えないその死者の生前に思いを馳せてしまうのは、墓守の悪い癖と言えよう。

「シャベルさーん?どうしたのー?」

 作業音が止み、静かになった墓守の様子が気になったのか、上の方からサクラの声が聞こえてくる。

「おっと、大丈夫」

 そう呟いて、思考を中断して作業を進める。土をかぶせて、死体の顔も見えなくなる。壁を崩しながら墓穴を埋めていき、気づけば地上に出て墓穴を埋めきっていた。

 穴の上を叩いて、土を少し固める。

 軽く手を合わせると、

 カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 墓標を積み上げていく。隣ではサクラも墓守の合間に石を積み上げていき、いつもより少しだけ早く石を積み終えた。

 手を合わせて、これでおしまい。

 サクラも手を合わせて、二人分の祈祷が捧げられる。

「さ、次々―」

 手を合わせ終えると、サクラは次の墓穴に取り掛かろうと立ち上がる。

 空を見上げると、太陽はほぼ真上に昇って来ていた。

「いったん休憩、かな」

 墓守も立ち上がったが、サクラの後には続かず、シャベルを担いで、適当な壁際に寄って休憩しようと座り込む。それを見たサクラも、慌てて墓守の後を追いかける。

「昼休憩にはいるの?」

 墓守は頷いて、壁にもたれかかる。

「じゃ、わたし食べ物取ってくるねーっ!」

 休憩であることを察すると、サクラはそう言って穴の外へ駆けていった。

 その様子を見送ると、墓守は空を仰いだ。

 今日も空は抜けるくらい澄んだ蒼色をしていた。


     * * *


 ソレは、何も思わなかった。何も感じなかった。

 ただひたすらに、己の存在意義を全うすべく動いていた。

 そして、その意義すらもなくなろうとしている。

 どこにもいない。どこにも見つからない。

 それでも、ソレは意義を全うすべく、脚を動かす。

 足音は、思ったよりも響かない。

 この森は雪が降り積もっていて、まともに動くことも難しくなりつつある。

 それは寒さのせいだけではない。

 この雪は、ソレらを蝕む毒の雪だ。

 彼ら(・・)には害などないが、ソレらを徐々に徐々に侵していく。

 もう、ソレはあと少しで活動限界を迎えるであろう。

 それまで、できるだけ自身の存在意義を果たさなければ。

 感情に近いくらいの怨念じみたその命令だけで、ソレは脚を動かしていた。

 誰もいない、見つからない。

 そんな森の中、ソレは壊れてその機能をほとんど停止した視覚で感知した。

 あれは、あれこそがソレが探していたものだ。

 あれが、あれが、あれが、あれが、あれが―――!

 ある種興奮状態に近い状態に陥ったソレは、己の機能の落ちた感覚器官を考慮しなかった。

 ゆえに、そうなってしまったのだろう。

 視界が反転、暗転、情報が錯綜する。衝撃が身体に走る。

 落ちた。

 それでも、ソレは己の存在意義だけは見誤らなかった。

 そのために何をすべきか。

 ひとまず起き上がって、歩き始める。

 目の前に何かの存在を感知。それは探しているものと同じような、様々な点で違うような、でも形は同じだ。

 落ちた思考回路を巡らせて、とりあえずソレは目の前の存在を排除することに決定する。

 脚を踏み出す。

 その巨体に見合わぬ静音を響かせて。

 がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ。


     * * *


「さて、そろそろ始めるか」

 しばしの時が経ち、作業を再開しようとシャベルを担いで立ち上がる。

 辺りを見回すと、まだサクラは帰ってきていない。これもいつものことだ。冬のこの時期に食料などなかなか手に入れられるようなものではない。備蓄もあるため、今日を凌ぐだけならそこまで気合入れる必要がないのだが、それなりに期間がある冬を越そうとするなら、毎日の採集が重要となる。

 それをサクラが分かっているのかわかっていないのか、それは定かではないが、そもそもサクラが墓造りを手伝うことも彼女自身の意思決定によるものなので、墓守は好きにさせている。

 初めの方こそ心配だったので付いていっていたが、流石に慣れたのではないだろうかと、最近は自分のことをしている。

 先ほどまで造っていた墓を一瞥して、次の墓に取り掛かろうとする。

 死体を背負って、シャベルを担いで、次の墓の位置にシャベルを突き刺す。

 サク。

 まずは表面を覆っている雪を掻くところから始まる。

 サク、サク、サク、ザク。

 雪は土よりも幾分軽く、すぐに地表に辿り着く。

 ザク、ザク、ザク、ザク。

 いいペースで掘り進めていく。

 ザク、ザク、ザク。

 昼頃はいつもサクラがいなくなるが、一人で掘ることが当たり前でなくなってきている墓守にとって、なんとなく寂しく感じなくもない。作業が捗ると言えば間違っていないが、体感時間が少し長い気がする。

 それは間違いなく、傍でうるさく話し続ける少女がいないからであろう。

 ザク、ザク、ザ――。

 景気よく掘り進めていたシャベルを握る手だ、土に刃を突き刺した状態で止まる。なぜなら、

 どさっ。

 そんな何か重たいものが落ちる音がしたかと思えば、すぐに、

 がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 聞き慣れない、けれど痛いほど聞き覚えのある音が耳に響く。

「……っ!」

 その音の正体が、当たってほしくないと願いながら、その方向に視線を向ける。

 悪い事こそよく当たるものだ。

 そこにいたのは、死体、ではもちろんなかった。

 ところどころ錆びついて、腐食が進んでいて、全体的にボロボロだけれども、恐らく昔は鈍く輝いていたのであろう、金属質な表面を持つそれを既存の何かで形容するならば、蜘蛛、だろうか。

 四歩脚の蜘蛛。

 墓守はその正体を知っている。

 四足歩行の自立機械。

 それが、()を蹂躙したことを知っている。

 それが、大切なものすべてを破壊したことを知っている。

「なんで……ここに……っ!」

 それは考えるまでもないだ。コレは人間の殲滅を最優先に行動する。ならば、これの狙いはわかりきったこと。

 サクラがここにきて、それを察知された。

 だからといって、サクラをどうこうするつもりはない。それにサクラを放り出したところで、墓守が存ぜぬところで死体が一つ増えるだけだ。

 毎日死体を落とすのは、こいつらだ。殺した者を格納し、一定まで溜めたらこの大穴に捨ててくる。一定まで溜まっていなくても、時間が経つとここに捨てる。

 ゆえにここは、彼らの『ゴミ捨て場』なのだ。

 この下にいるのは死体だけ。だがサクラは上のすぐ近くにいるだろう。そこまで離れたところまで行っていまい。おそらくそれを感知されて、ここに落ちてきた。

「……ッ!」

 覚悟を決めて、シャベルを構える。

 状況は把握した。迅速にこいつを処理しなければならない。できればサクラが戻ってくる前に。

 であるならば、迷いや躊躇はただ邪魔なだけだ。

 ザ――ッ!

 墓守は思いきり地を踏み込み、ソレまでの間を駆け抜ける。

 見るからにボロボロな足にシャベルを叩きつけようと試みるが、見た目の割に素早い動きで足を上げ、シャベルを避けられる。

 その行動に、ほんの少しだけ安心する。

 避けた。つまり、シャベルを振るうことで脚が壊れる可能性があるという事だ。ボロボロなその脚は、ところどころ内部が露出していて、確かにシャベルを何度も振るうことで破壊することができそうである。

 絶対ではない。

 可能性があるというだけだ。ただ、その可能性は墓守に少しの希望を与えてくれる。

 一度後ろに跳び退いて様子を窺う。

 ソレの内部からはキーキーと音が漏れていて、いかにソレが壊れかけているかがわかる。もしかすると放置しているだけでそのうち動かなくなるかもしれないが、それがいつになるかわからない。先ほど見たように思いのほか速く動けるようなので、その間にサクラが殺されたら洒落では済まない。

 全体が壊れかけているようだが、特に壊れているのは脚だろうか。次点に腹側。その巨体よりも小さい墓守からして、下側が壊れかけているというのは朗報だ。

 まずはその機動力を司る脚を狙うべきだろう。尤も、一番素早く動くそれを狙うのが一番難しいともいえるかもしれないが。しかし、胴や頭に相当する箇所は、通常、重要部位が内蔵されている。そのようなところをやすやすと攻撃されてくれるとは思えない。

 そんなことを考えているうちに、頭の上の方が何やら動いていることに気が付いた。

「……っ!」

 すぐさまそれを理解するや否や、何も考えず横に跳んだ。瞬間、墓守がいたところに、熱いナニカが通り過ぎる。地面はその一帯の雪が融け、地面はそれなりに深く穴が開いている。

「チッ……!」

 流石にアレにあたって無事である保証はない。試す気は流石に起きない。

 横に跳んだ状態のまま少し観察していたが、急いで立ち上がり、そのまま駆け抜ける。

 背後で行くもの熱の柱が立ち上がるのを感じる。雪が蒸発して辺りが生暖かい蒸気に包まれる。それらは外気の冷たい温度に晒されて、凝縮し、霧が発生する。

 視界が悪くなる。それは双方同じ条件ではあるが、相手側は光だけでなく様々な方法で墓守の位置を把握しているはずだ。“見えない”という条件は全く同じではない。

 がしゃっ。

 少し大きな音が聞こえた。同時に、先ほどまで感じていた大きな気配が消える。

 根拠も何もなく、一気に前方に跳んだ直後、

 がしゃ――ッ!

 巨体の割に小さな音がすぐ後ろから鳴り響く。

「危なかった……!」

 あのままでいたら、踏みつぶされて運よく生き残っていたとしても身動きが取れなくなっていただろう。しかし、安堵する暇を与えてくれるはずがなく、

 がしゃ、がしゃ、がしゃ、がしゃ。

 動き回る音がすると同時に、いろんな方向から熱線が飛んでくる。辺りがさらに濃い霧で覆われていく。

「くっ……!」

 これではいずれ追い詰められる。今は運よく当たっていないが、そのうち当たるのは確実だろう。

「どうすれば……!」

 今の墓守に相手を捕捉することはできない。かといってそのままやられるわけにはいかない。そして時間をかけるわけにもいかない。

 焦燥が墓守の身を焼いていく。

 どうする――。


「シャベルさーんっ!いるー?」


 タイムリミット。

 サクラの声が霧の外から聞こえた。

「……ッ!!」

 機械はその声が聞こえると、縦横無尽に飛び回っていた脚を止め、声がした方を向いた気がした。

「だめ……」

 それは、ダメだ。墓守も声がした方を向く。

 状況を一瞬で整理する。

 アレの最優先事項は、人間の殲滅。霧の外にはすぐに仕留められる確実な人。アレが誰を狙うのか、非常にわかりやすい。

 墓守は踏み込む。

 周りには霧。

 正確な場所は把握できないが、己を信じるしかない。ここで間違えたら、少なくとも一人が死ぬ。

 ザ――ッ!!

 一際大きく雪を踏む音が響く。霧の中を一瞬で駆け抜ける。霧の“道”ができる。その中を駆け抜ける。

「それは、ダメだ……!」

 霧の外に出た。

 その先には、墓守と同じくらいの距離にいる四足歩行の機械。さらに向こうには突然の出来事に驚いた顔をしているサクラがいる。

 ザ――ッ!!

 もう一度、脚を踏み込む。そして、

 ガ――ッッ!!

 思い切り振るったシャベルは、機械の脚部にあたり、その軌道をずらした。

 受け身も取れずに大穴の壁に激突し、機械の身体からぎち、と嫌な音が響く。それきり、機械の体は動かなくなった。

 まだ、油断はできない。機械の身体は死者と同じだ。思いもよらぬところから攻撃が来たりする。慎重に近づくと、びくり、と体が痙攣して、ゆっくりと脚の一本を動かした。

 攻撃できるようなほどの速度ではない。だがゆっくりと、確実に進み、呆然としているサクラの目の前まで腕を差し出す。それはまるで、最期の力で己のなすべきことを為そうとでもするかのように。内部のワイヤーやモーターに異常をきたしているのか、震えながらも差し出されたそれは、サクラの胸に軽く当たると、それきり止まって、力を失ってガシャンと大きな音を鳴らしながら地面に落ちた。

 サクラの方に怪我は見受けられない。

「止まった……?」

 警戒は緩めぬままで、機械の近くに寄る。最初は軽く触れてみる程度だったが、墓守の動きはだんだんと大胆になっていき、シャベルで思いきり殴っても大丈夫と判断したところで、やっと安心した。

 ふう、と一息ついてサクラの方に向かう。

「シャベルさん、これ……」

 その瞳には、驚愕の他に、確かな恐怖も見える。

 それは当然の反応だろう。少なくとも、ここいらにいる人間で、この機械を知らぬものなど誰もいない。その恐怖とともに明確に刻み込まれている。大勢の死とともに。それはサクラであれど、変わるまい。

「大丈夫?」

 そう尋ねてみる。けれど、その言葉はあまりに力なく、サクラの耳には届かなかった。薄っぺらい己自身の言葉など、誰の耳にも届かない。墓守自身がそれを一番知っている。

 それでも何かできないかと、墓守はサクラの頭に手を伸ばすが、触れる直前で手を引く。

 やっぱり、ダメだ。

 代わりに、墓守はシャベルを担ぐ。物言わぬ機械の『死体』はいったん放置したままで、墓守は洞穴の方に戻っていった。


 霧が晴れた『ゴミ捨て場』は、また高い位置にある太陽に照らされて、真白な雪の上に黒い墓標の影が伸びていた。


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