表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夕暮れインターセクション

作者: 黒霧 永夜

「転校の手続きは以上です」


 私、伏見(ふしみ)優華(ゆうか)の目の前に座る男性は柔和な笑みを浮かべ、生徒手帳を差し出した。

 私は「ありがとうございます」と言い、紺色の手帳を受け取った。そして、他の書類と一緒に鞄にしまった。どうせ、生徒手帳の中身は校歌や校則が書かれているだけで、普通に生活をしていれば何も問題はないだろう。


「朝のHRは8時50分からですが、明日はその10分前までには職員室に来て下さい」

「はい、わかりました」


 元気よく返事をすると、白髪交じりの男性はにっこり微笑んだ。


「それでは、明日の登校をお待ちしております」


 男性の言葉を聞き、私はソファから立ち上がった。そして、「失礼しました」と会釈をして校長室をあとにした。


 夕陽が差す廊下を歩いていると、金管楽器の音や運動部の掛け声が聞こえてくる。私はそれらに耳を傾けながら、静かに移動した。

 昇降口で靴を履き替え外に出ると、夕日が私を出迎えた。茜色に染まる空を見上げていると、物寂しい気持ちになった。


(またイチからのスタートなんだ……)


 後ろ向きなことを考えたが首を振った。そして「よしっ」と気合いを入れ、宿泊予定のホテルに向かって歩きだした。


 しばらく閑静な住宅街を歩くと、商店街に差し掛かった。そこは夕方にも関わらず、老若男女で賑わっていた。伯父の転勤の都合で色々な所に住んできたが、ここほど活気がある商店街は初めてだった。行き交う人々の笑顔を見ていると、昇降口で抱いた憂鬱な気分が晴れた。


(このままホテルに行っても何もする事ないし、寄り道しようかな)


 私は心を弾ませながら、新しい世界へと踏み出した。


                ◆◆◆


 テスト明けの日曜日。僕、朝神(あさがみ)(れん)は幼なじみの片岡(かたおか)幹也(みきや)と、ほしぞら商店街を歩いていた。夕方の商店街は、買い物中の主婦やデート帰りのカップルなどで賑わっていた。


 二人で出来立てのコロッケを頬張っていると、鼻歌を歌う少女とすれ違った。僕は、何故かその少女のことが気になり振り返った。過ぎ去る彼女の顔は見えなかったが、見慣れないセーラー服を着ていた。


(こんな所に、他の街の人が一人でいるなんて珍しいな)


 そんなことを考えていると、不意に肩を叩かれた。その方向に視線を向けると、幹也が不思議そうな表情で僕を見ていた。


「どうしたんだ蓮? 立ち止まっていたけど」

「ううん、何でもないよ」


 僕は首を振り、再び歩きだした。幹也は納得したのか、それ以上追求する事は無かった。


「そういえば、おじさん達はまた旅行にいったんだっけ?」

「あぁ。今度はスペインに行くって言ってたよ」

「本当に、お前の両親は仲が良いよな」


 その言葉に、僕は苦笑するしかなかった。

 旅行が好きな両親は年に2回、時間を取っては国内や海外を観光している。仕事が忙しい分、プライベートでは羽をのばしたいらしく、長くて1ヶ月は帰ってこない。


「何かあったら、遠慮せずに言ってくれよ」


 幹也に「ありがとう」と伝えて、談笑しながら帰路に就いた。

 夕日は西の山に沈み始め、一番星が静かに光っていた。


               ◇◇◇


 明日の準備を終え、ホテルの窓から満天の星空を眺めながら私は願った。

 ――明日も幸せな1日でありますように、と


 ひっそりとした家のベランダから、光輝く夜空を見上げながら僕は祈った。

 ――明日も平和な1日でありますように、と


 そんな思いを抱えた、17歳5月の終わり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ