夕暮れインターセクション
「転校の手続きは以上です」
私、伏見優華の目の前に座る男性は柔和な笑みを浮かべ、生徒手帳を差し出した。
私は「ありがとうございます」と言い、紺色の手帳を受け取った。そして、他の書類と一緒に鞄にしまった。どうせ、生徒手帳の中身は校歌や校則が書かれているだけで、普通に生活をしていれば何も問題はないだろう。
「朝のHRは8時50分からですが、明日はその10分前までには職員室に来て下さい」
「はい、わかりました」
元気よく返事をすると、白髪交じりの男性はにっこり微笑んだ。
「それでは、明日の登校をお待ちしております」
男性の言葉を聞き、私はソファから立ち上がった。そして、「失礼しました」と会釈をして校長室をあとにした。
夕陽が差す廊下を歩いていると、金管楽器の音や運動部の掛け声が聞こえてくる。私はそれらに耳を傾けながら、静かに移動した。
昇降口で靴を履き替え外に出ると、夕日が私を出迎えた。茜色に染まる空を見上げていると、物寂しい気持ちになった。
(またイチからのスタートなんだ……)
後ろ向きなことを考えたが首を振った。そして「よしっ」と気合いを入れ、宿泊予定のホテルに向かって歩きだした。
しばらく閑静な住宅街を歩くと、商店街に差し掛かった。そこは夕方にも関わらず、老若男女で賑わっていた。伯父の転勤の都合で色々な所に住んできたが、ここほど活気がある商店街は初めてだった。行き交う人々の笑顔を見ていると、昇降口で抱いた憂鬱な気分が晴れた。
(このままホテルに行っても何もする事ないし、寄り道しようかな)
私は心を弾ませながら、新しい世界へと踏み出した。
◆◆◆
テスト明けの日曜日。僕、朝神蓮は幼なじみの片岡幹也と、ほしぞら商店街を歩いていた。夕方の商店街は、買い物中の主婦やデート帰りのカップルなどで賑わっていた。
二人で出来立てのコロッケを頬張っていると、鼻歌を歌う少女とすれ違った。僕は、何故かその少女のことが気になり振り返った。過ぎ去る彼女の顔は見えなかったが、見慣れないセーラー服を着ていた。
(こんな所に、他の街の人が一人でいるなんて珍しいな)
そんなことを考えていると、不意に肩を叩かれた。その方向に視線を向けると、幹也が不思議そうな表情で僕を見ていた。
「どうしたんだ蓮? 立ち止まっていたけど」
「ううん、何でもないよ」
僕は首を振り、再び歩きだした。幹也は納得したのか、それ以上追求する事は無かった。
「そういえば、おじさん達はまた旅行にいったんだっけ?」
「あぁ。今度はスペインに行くって言ってたよ」
「本当に、お前の両親は仲が良いよな」
その言葉に、僕は苦笑するしかなかった。
旅行が好きな両親は年に2回、時間を取っては国内や海外を観光している。仕事が忙しい分、プライベートでは羽をのばしたいらしく、長くて1ヶ月は帰ってこない。
「何かあったら、遠慮せずに言ってくれよ」
幹也に「ありがとう」と伝えて、談笑しながら帰路に就いた。
夕日は西の山に沈み始め、一番星が静かに光っていた。
◇◇◇
明日の準備を終え、ホテルの窓から満天の星空を眺めながら私は願った。
――明日も幸せな1日でありますように、と
ひっそりとした家のベランダから、光輝く夜空を見上げながら僕は祈った。
――明日も平和な1日でありますように、と
そんな思いを抱えた、17歳5月の終わり。