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散策と買い物と


 カーテンを開くと外は快晴であった。

 窓を開け放つと、町はすでに動き出していた。空気の中に人の動く気配がする。

 うーんと伸びあがって体をほぐしたミオは服に袖を通すと手櫛で髪を整えた。実を言うとこの三日というもの、お風呂に入っていないからそろそろお風呂に入りたいし、着たきりの服も洗濯したい。朝食ついでに女将に聞いてみよう。

 そう決意しながらテーブルの上の本に視線を投げかけた。

 【異世界の神】からもらったであろう本。夕べ眠る前にベッドの中で読んだそれは、どこから読んでも確かにレシピ本であった。しかし中身はというと、一番最初にポーションの項があるだけで、残りの数十ページには何も書かれていなかった。

 これはつまりどういうことか。残りの白紙のページはこれからひとりでに埋まっていくのだろうか。それとも自分で埋めるのか。

 分からないけれど、とりあえずポーションの作り方が分かっただけでもありがたかった。これでユーディンに頼まれたものを作ることができる。

 今日はとりあえず町を見学がてら、しばらくの生活に必要なものとポーションづくりに必要な材料や道具を集めてみる予定である。

 しかしその前に腹ごしらえは急務だ。ぐうぅと情けない音を出す腹を撫でて、ミオはいそいそと階下の食堂へ向かった。もう起き出している他の宿泊客がいてそれぞれに朝食を食べている。しかし全員が男性で女性の姿は一人もない。

「おはようございます」

 テーブルの間を駆け回って料理を運んでいる女将に声を掛けると、おはようと元気な挨拶が返ってきた。

「良く眠れたかい?」

「はい、おかげさまで。朝ごはんの注文はどこですればいいんでしょうか?」

「それなら直接私に声を掛けてくれればいいよ」

 そう言った女将に朝食の注文をし、ミオは食堂の隅に空いていたテーブルを見つけてそこへ座った。自分以外に若い女がいないからか、周囲の視線が集まるのだ。

「はい、おまちどうさま」

 座って数分(時計は無いので感覚だが)で女将は木のトレイをテーブルに運んだ。今朝の朝食は昨夜とは違う野菜が入ったスープとパン。それと葉物野菜の漬物っぽいものが少々。

 女将に礼を言ってミオはさっそく朝食を口に運んだ。三種類しかない品数だから食事はあっという間に終わる。朝食代は宿泊代に含まれるからこの位なのだろうと納得した。

 トレイを持って女将のいるカウンターまで持っていく。

「ごちそうさまでした」

「はいよ。これからどうするつもりだい?」

「来たばかりだし、今日は買い物しながら町を巡ってみようかなって思います。それで聞きたいことがあるんですけれど、この町ってお風呂屋さんはないんですか?」

「お風呂屋さん? 残念だけどそれはないねえ。希望だったら部屋にタライを持ち込んで体を拭くぐらいはできるけど」

 ミオは淡い希望が消えたのを悟った。お風呂問題はどうやら自分でどうにかしなければならないようだ。そうですかとだけ言って納得して、町の散策のために宿屋を出た。

 昨日到着した時も思ったが、外は本当にヨーロッパの古い街そのままだ。木組みの家があったり石造りの建物があったり。商いをしているお店には、職種を現す看板が下がっている。

 物珍しくて興味を惹かれるものばかりだ。

「いよう、そこの姉ちゃん。ハノンから持って来た織物だ、買って行かないか?」

「リーゴの実、一個で一アストだよ」

 道を行く人に次々と声をかけるのは露天商たち。呼び止められて足を止め買い求めるお客。背中や腰に剣を差して歩く冒険者の人たち。

 町中全てを見て歩きたい所だが、まだまだ地理には不慣れなためあまり遠い所まで行ったら迷子になりそうだ。散歩気分はこれまでにして、ミオは気持ちをお買い物モードに切り替えた。

 まずは生活必需品。近くを歩いていた、親切そうな通行人にそういったものを売っていそうな店を訪ねると近くに雑貨屋があるという。店までの道のりを教えてもらいミオはそちらへ足を運んだ。

 ミオと同じくらいの年齢の女の子が店番をしている雑貨屋であった。品揃えも悪くなさそうだし、店番が女の子だからか、ところどころに花や小物を飾ったりしてインテリアにも凝っている。

 歯ブラシと髪を梳く櫛、石鹸を一つずつ、手ぬぐいを二枚。それを入れるための袋を選んでカウンターへ向かう。会計は半デナルと言われたのでデナル銀貨を一枚出すと、それよりも小ぶりな銀貨が返ってきた。会計が半デナルで一デナルを出して、これが返ってくるということは、これが半デナルなのかと新しい発見もする。

 受け取った硬貨をポシェットに収めたミオは相手が女の子ということもあり、思い切って訊ねてみた。

「あのちょっといいですか?」

「なんでしょう」

「この近くに服屋さんはありますか? 私この町に来たばかりで道に不慣れなもので」

「ありますよ。このお店の三軒隣、ハサミと糸の看板を出しているのですぐにわかると思います」

 お礼を言ってミオは雑貨屋を出た。服は今着ている服が一着しかないので、洗濯するにもせめてもう一着は揃えたいのだ。それとインナーや、できればパジャマも。

「暮らすって物入りだなあ」

 大学入学を機に上京した時、実家から持って行ったものもあったが、新しく買い揃えたものもあった。お金がみるみるうちに無くなっていって、生活費は大丈夫だろうかと心配した、その時を思い出してしみじみと口にする。

 ハサミと糸の看板のお店はすぐに見つかった。

「いらっしゃいませ」

 こちらも店員は女性だった。が、元の世界の服屋を想像していたのに既製品の服は一着も見当たらない。店員に尋ねると、服はオーダーメイドで一から手作りだと聞かされる。オーダーメイドという背筋が伸びるような言葉に、恐る恐る一着仕立てる値段を訊ねると一番安い生地を使用したもので五デナルと返ってきた。ちょっとお高めだ。

 だが、ミオには布を買って一から服を作れる裁縫の腕はない。

「高い買い物だったなあ……」

 それからしばらくの後、服屋から出たミオの第一声はそれであった。


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