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エーレの町


 たまに休憩を入れながら歩くことほぼ一日。

 空が茜色に染まり始め夕刻を知らせる鐘が鳴り響く中、ミオとユーディンは町の門をくぐった。

「わあ……」

 これまで大自然の中を歩いてきたためだろうか。それとも日本とは違う街並みが珍しいからだろうか。建物もすれ違う人もどれも興味が湧いて仕方がない。

 ここは地方の町エーレ。この辺り一帯では比較的大きな町である。もちろんこれはユーディンの情報だ。

 きょろきょろとあたりを見回すミオは完全にお上りさんであった。その隣に並んで歩きながらユーディンは一言声をかけた。

「大きい町は初めてですか」

「住んでいた所と違うのですごく新鮮です」

 日本にいたときはビル街を歩いたこともあるから、単に大きさだけならここよりも巨大な建物はいくつも見ている。しかしテレビや本でしか見たことのない古いヨーロッパを思わせる街並みは生まれて初めてであった。

 すれ違う人たちもまた様々だ。ミオのような普通の恰好をした女の人、何かの作業帰りの職人。その中に混じって男の、しかもユーディンに似たような恰好をした人たちも何人かいた。剣を差したり槍を持ったり、大きな荷物を抱えている。全体的に大柄な人たちばかりの中に紛れると自分がとても小さく感じられた。ちなみにミオの隣に並んで立っているユーディンも頭一つ以上差がある。

「いよう、ユーディンじゃねえの」

 そしてそんな男たちの中、すれ違いざま声をかけた者がいた。

 がっしりした体格のクマのような男だった。荒っぽさも目立つが、同時に人好きのする笑顔も印象的だ。ユーディンはどちらかというと冷静で、あまり表情を崩すことがないからよけいにそう感じられる。

 男の顔を見てユーディンは親しげに口を開いた。

「イェスタフですか」

「おうよ。お前さんこっちに来てたのか」

 普通に話しているだけで声が大きい。しかし周囲が迷惑そうな表情を浮かべるのを見向きもしないで男は話を続けた。

「まあ色々ありまして。あなたもこちらに来てたんですね」

「おう。この街にちーとばかり用があってなあ。っと、このお嬢さんはお前の連れかい?」

 そこでミオに気づいた男は大きな目をぐるりと動かしてこちらに視線を向けた。

「こんにちは」

 見つめられて軽い会釈とともに挨拶をすると、男はちらりとユーディンを見、首を巡らせてミオを見、再びユーディンを見た。

「行き先が同じだったので一緒に来ただけです」

「なんだよ、俺はてっきりお前さんがとうとう嫁もらったかと……わあ、落ち着け落ち着け! 冗談だから!!」

 ユーディンが無言で剣の柄に手を置いたのを見た男が慌てて押しとどめた。

「あなたの冗談はたまに面白くありません」

「ひでえこと言うなあ。相変わらず」

 と言うものの口ほど気にはしていないようだ。男は相変わらずがはははと笑っている。

「ミオ、この人はイェスタフ。私と同じ冒険者をしている知人です」

「おうよ。イェスタフ・ビョルンソン。名前覚えておいてくれ」

 自己紹介とともに差し出された大きな手をミオは軽く握った。ごつごつしたタコだらけの手のひらは力仕事をしていることを容易に想像させる。

「ミオ・ナナセです。初めまして」

「ナナセ……聞いたことのない名前だ。どこの出だい?」

「えっと……」

 問われてミオは言葉に詰まった。

 異世界から来たことは公言しない方がいい。それがユーディンからの忠告だった。

 ユーディンはまだ半信半疑だがミオの来歴を了解すると言ってくれたが、世の中にはそれを信じない者の方が大多数である。おかしなことを言っている狂人として扱われるならまだ放置されるだけだが、下手をしたら難癖をつけられて捕まる。それは寄る辺のない身の上のミオには最悪の結果にしかならないだろうと。

 ミオはイェスタフに気づかれないようそっとユーディンを伺い、それからここに来るまでに打ち合わせておいた出身地を口にした。

「ラーゲルです」

「ラーゲル!? あんな辺鄙なとこに人が住んでたのか!?」

「あはは……あんまり知られていないだけで実はあるんですよ」

 ラーゲルとはユーディンによればここからずっと北上したところにある山脈のそのまた向こう。気候が厳しく人の往来がない土地らしい。

「そんな所からお嬢ちゃんみたいな細っこいのが一人で歩いてきたのか」

「でも途中でユーディンさんに会ったので一緒にここまで来ることができたんです。そうじゃなかったら私途中で野垂れ死にしてたと思います」

「がはははは。なんだなんだずいぶん頼りにされてるじゃねえか」

 ばしばしと音を立ててイェスタフはユーディンの肩を叩いた。

「お嬢ちゃん運がよかったな。この男はな結構腕が立つって評判なんだよ」

「はい、それは確かに」

「ま、この俺には敵わないがな。まあなんにせよ久しぶりに会ったんだ。いつもの店でどうだい?」

 ユーディンを褒めつつ自分の強さもしっかり誇示しながらイェスタフは、ジョッキをあおるようなジェスチャーで飲みの誘いをする。

 ユーディンは仕方がないといったように首を振った。

「分かりました。ただ先に所用を済ませたいので遅れますが」

「構わん。俺は先にやってるから。それじゃあ後でな」

 手を振って去っていくイェスタフを見送ってミオは呟いた。

「面白い人ですね」

「少々がさつなところはありますが根はいい人です」

 ユーディンの評にふふっと笑った。冒険者として一緒に旅をしたこともあるのだろう。きっと今の調子で行く先々大なり小なり面倒なことに巻き込まれたに違いない。

「さて、あなたに頼まれた通り町に到着しましたが」

 ユーディンに言われてミオははっとする。

 そう。ユーディンには町に連れてきてもらう約束をしていた。目的地に着いたので彼との約束もここまでだ。約二日、あっという間であった。

 とにかくお礼はしなければ。

「そうでしたね。ここまで連れてきてくださってありがとうございました。えーと、お礼しなきゃ」

 といっても渡せそうなのはポーチに入っているお金だけだ。一番高そうな金貨を取り出して渡そうとするが、

「それはあまりに法外です」

 と、ユーディンに止められた。

「今のあなたは根無し草の冒険者よりも状況が悪い。まずはどこかに落ち着いて一から始めなければならないのですから。そのお金はそのための資金です。大切にしておきなさい」

「でも……」

「気になるようならこうしましょうか。あなたはクラフト使いでしたね」

 問われてこくりと頷く。といっても今まで使ったのは鑑定能力だけで一度も何かを作ってはいないけれど。

「ポーションを作ってくれませんか」

「それでよければと言いたいんですけれど。すみません、私まだ作ったことが無くて。それに作り方も分からなくて」 

 今更ながら、【異世界の神】が作り方の教本なりを持たせてくれなかったことが悔やまれる。人間見たこともないものを一から作れるわけではないのだ。

 お金は断られて、頼まれたものも渡せそうにない。お世話になったお礼を返せそうにないことにミオは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 しかしユーディンはミオの思いを察したらしい。

「今日明日持ってきてくださいとは言いませんから。あなたが作り方を知り、完成させた。その時で構いませんよ」

 穏やかにそう言い足したのだった。


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