旅は道連れ
「つまり初めて村の外に出て迷子になったと」
説明を聞いた青年がそう締めくくった。
澪は青年と連れ立って歩きながらこれまでの事をそう説明した。もちろん異世界転生なんて信じてもらえるはずはない。後でバレたら厄介になるだろうと思いつつ、生まれは辺境の小さな村であること、そこでは成人になると一度村の外へ出て修行する慣習があること、その慣習に従って村の外に出たが迷子になったと作り話をした。
「そうなんです。まさか一番近い町がこんなに離れているなんて思いもしなくて……」
青年の言葉に相槌を打ちながら澪は内心冷や冷やものだ。自分の恰好は旅をしているとはとてもいいがたいものだからだ。青年のように旅の汚れに塗れているわけでもないし、旅をしている人にしては荷物が少なすぎる。
そもそもこの世界の女の人は気軽に旅をするものだろうか。
案の定青年はちらりと澪の恰好を見た。が、それ以上詮索はしてこなかった。旅をしていて人との関わりあいが希薄なのか、それとも行きずりの旅人にそこまで気を遣う必要がないと判断しての事なのか。どちらでもいいけれど、ありがたい。
澪は空を見上げた。空は茜色に染まりつつあり、月と星の光がかすかに見え隠れする。
多分あと少しで夕方になる。青年は近くに町があると言ったけれど、地平線に町の影はどこにも見えない。夜になるまでに着かなかったら野宿すると言い出すのだろうか。それとも夜中も歩き続けるのだろうか。
「そろそろ限界ではありませんか」
「何がですか?」
「足。疲れているでしょう」
すっぱりと見破られ、澪は目を丸くした。実は青年の言う通り、澪の足はずっと歩きっぱなしで限界が近かったのだ。元の世界では公共交通機関を利用していたからこんなに長時間歩くことはなかったし、ブーツが履き慣れないせいでもある。
「なんで分かったんですか?」
「歩き方が変わっているので」
「わー、お兄さん目敏い」
バレたらしょうがない。澪は素直に認めた。
「そうですね、疲れました。町は近くって言ってましたけど、あとどれくらいかかるんですか?」
「歩き続けて一日半、といったところです」
「それ、近いって言いませんよ!?」
あっさりと言われた一言に澪は思わず悲鳴を上げてしまったが、
「最初から言って絶望させるより良いかと思ったのですが。ですがもう少しで夜になりますのでそろそろ野宿しましょう。疲れている所ですがもう少し頑張ってください」
青年はあっさりと言ってのけるのだった。
それからしばらく歩いてたどり着いたのは一本の大きな木の下だった。ぱっと見はテレビコマーシャルでおなじみの「この木何の木」に似ている。
木の下はところどころ草がはげ、手のひらよりも一回り大きな石がごろごろと落ちていた。よくよく見れば焦げた枝があったり、何かを燃やした跡もある。
「もしかしてここって誰かも使ってるんですか?」
「この辺りを通る旅人は大抵ここで野宿をします。木が大きいので遠くからでも目立ちますし、雨が降っているときも葉が茂っているので多少凌げますから。それにこの木の周辺には魔物が近づかないので下手にそのあたりで野宿するより安全なんです」
魔物が近づかないということは何か匂いでも出しているのだろうか。くんくんと匂いを嗅いでみるが澪の鼻には草の匂いしかしなかった。
青年が地面の石を積んで簡単なかまどを作る。意図に気づいた澪はそのあたりに落ちている小枝を拾い集めてかまどの中に入れた。ほどなく火が入り、ぱちぱちと音を立て始める。
夕食は青年が狩ったイノシシ肉を焼いた串焼きとカバンの中に入っていたパンとチーズ。イノシシ肉は『衛生』の二文字がよぎったが、火に炙られた肉の焼ける匂いと食欲に負けた。
程よく焼けたイノシシ肉を口に入れる。
「うわ……何これおいしい」
塩を振っただけのシンプルな一品。解体された直後の獣特有の硬さと野生の臭みはあるものの、ほぼ半日歩いた空腹には気にならない。『衛生』の二文字も吹き飛ぶくらいの美味であった。
「それはよかった。どんどん焼いていますので遠慮なく食べてください」
そう言いながら青年も焼けた肉を口に運んだ。
時々薪の小枝が爆ぜる音と草の間の虫の声が聞こえるだけで他に大きな音はしない。もしかしたら魔物に襲われるかもしれないという危険性を考慮しなければなんだかキャンプをしているような気分だ。
青年から二本目の串を手渡され、お礼を言って肉を噛み締める。
「ところで」
「はい?」
「身分を偽っているようですが、そろそろ本当のことを話してくれませんか」
「んぐっ!!」
ちょうど肉を飲み込もうとしていたところだからたまらない。
喉に詰まらせて澪は目を白黒させた。水、水、とカバンの中から水筒を取り出してごくごくと勢いよく飲んだ。唇の端から水が少し垂れたが構っていられない。
「な、な、な……」
「驚くということは図星ですか」
かまをかけられた。そう思ったが客観的に見ても見事な狼狽だったので今更言い逃れできないだろう。
澪はごくりと唾をのんだ。
助けてもらったし、町まで連れて行ってもらう恩もある。
まだ出会って半日だが、悪い人ではなさそうだと澪は思い始めていた。いや、もしかしたら今は本性を隠しているだけかもしれないけれど。
「本当のことを話して信じてくれますか?」
「話の内容次第です」
冷静に言われて澪は息を大きく吸って吐いた。ここまできたら仕方ない。腹は決まった。
「私は七瀬澪といいます。生まれた所は日本という場所ですが、知っていますか?」
問われて、青年はしばし考えた後首を横に振る。予想通りの反応だったので気にはしなかった。
「私はそこで大学生……えっとこの世界に大学ってあるのかな? とにかく学校に行って勉強していました」
「学校に行けるということは中流階級以上の身分ですか」
「こっちの世界ではそうなんですね」
「こっちの世界?」
怪訝そうに眉を寄せた青年に澪は曖昧に笑って見せた。
「何と言いますか私の生まれた所とここはどうやら別の世界らしくて」
その瞬間、青年の顔に驚きと困惑が生まれたのを澪は見逃さなかった。