忘れえぬ女
どうもドラキュラです。
先日、山形県の美術館でロシア画家のイワン・クラムスコイ」作の「見知らぬ女」を鑑賞した上で思い付いた作品です。
以前から鑑賞したかった絵画で2~3回ほど通って書いたのですが、来年・・・・位に投稿したいと思っている作品に登場させる形で書いた次第です。
極東の島国の東に位置する「カクテルの街」と謳われる場所がある。
そこの片隅に在るBarが私の「叶えた夢」だ。
周囲からは「趣味が全開」と称される内装だが・・・・私が作る酒は中々の好評を受けている。
お陰で開店して4~5年だが固定客もそれなりに出来て中々の感じだ。
ただ今日は私だけが貸し切っている。
それは私が開店するに至り考えた「休業日」だからだ。
私が開店する際に設けた休業日は「雨の降る日」である。
天気予報では一日中「晴れ」というものだったが、私は空を見て「午後から」雨が降ると察したので午前中のみカフェを営み午後は閉店とした。
そして私の予想は見事に的中し・・・・今、外は「土砂降り」だ。
雨が降っているので私は誰に文句を言われる事もなく好きな一曲である「I Will Wait for You」を大音量で流している。
この曲は「シェルブールの雨傘」というフランス映画の主題歌に用いられた名曲だ。
映画の内容は「ビター」を加えた、ほろ苦いラストシーンとなっており私個人の映画ランキングでは上位に入っている。
もっとも「カトリーヌ・ドヌーヴ」が演じるヒロインを忘れられない女と称する客も居るほど彼女の演技は良かった。
そして誰にも居るからだろう。
「忘れえぬ女」が・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
私はカウンターの左壁に飾っているジェット版画を見た。
その女性は雪が積もったサンクトペテルブルグのネフスキー大通りに在るアニチコフ橋で幌を上げた馬車に一人、乗っている。
女性は浅黒い肌の上から黒い毛皮のコートと帽子、薄い革手袋を纏っている。
ロシアの画家にして「移動派」の代表者に数えられているイワン・クラムスコイ作「見知らぬ女」だ。
この国では「忘れえぬ女」の題名で有名だが、その題名は間違っていない。
何せ一目でも見れば・・・・忘れる事が出来ない女性だからだ。
「・・・・・・・・」
ジェット版画を見つめながら私は初めて出会った時の事を思い出した。
私が初めて出会ったのは・・・・この女性が生まれたロシアだ。
見た瞬間に抱いた感想は「似ている」だった。
「・・・・・・・・」
私は無言でジェット版画に隠す形で飾っている一枚の写真を見る。
ジェット版画に隠す形で飾っている写真は私を育てた人間から譲り受けた「アサヒ ペンタックス」で撮った物だ。
そんなカメラで撮られた写真には一枚の女性が写っている。
小麦色の肌に漆黒の髪は腰まで伸びているが艶はない。
寧ろ粗い。
いや、髪だけが彼女の性格を表していない。
タンクトップの上から羽織ったポンチョはボロボロ出し、焦げ茶色のキャトルマンのカトルマン(テンガロンハットの一種)は「風穴」が空いている。
そして肩に掛けたガンベルトも至るところが傷だらけで腰のベルトに吊るされたナイフのシースも同じだ。
更に微かに見える紫煙で喫煙者とも知らせている。
今の時代、喫煙者は肩身が狭い。
外国は更に窮屈だが、それを無視するように堂々と女性は吸っている。
その上で極め付けはエメラルドグリーンのような瞳だ。
勝ち気な上に傲慢不遜で、写真を撮った私を怒るように睨んでいる。
そして手も早かった。
ただ、彼女の仕事を考えれば無理もない。
荒くれ者や凶暴で獰猛な獣が相手なのだから・・・・・・・・
しかし、ただの乱暴者ではない。
理不尽には噛み付くし、筋は通す上に面白い話もするし面倒味も良かった。
それは短い間だが一緒に居た私が証言する。
そんな彼女が私の「忘れえぬ女」だ。
元祖とは人種から違うが・・・・この2人は似ていると私は思っている。
当時ロシアで、この絵画が展示されると散々な評価を与えられた。
女性が天窓を上げて馬車に乗るなんてあり得なかったからだ。
そのため「馬上の妾」や「高貴な椿(高級娼婦の意)」と言われ、今もロシアでは似たような評価を受けている。
逆に写真に写る女性はどうかとなる。
こちらは「女悪魔」、「獰猛な雌コヨーテ」、「傲慢な魔女」などと渾名された。
だが、2人の女性は世間の評価を物ともせず・・・・寧ろ戦いを挑むような眼を宿しつつ・・・・耐え忍ぶのが辛いとばかりに瞳を「潤ませて」いる。
そんな彼女が私に言った最後の言葉が・・・・それを表していると思う。
『店を構えたら葉書を送って頂戴・・・・"長い休み"を取ったら行くわ』
そう言った彼女だが私の店に来た事は・・・・未だにない。
来る事は・・・・もう「永遠」にないからだ。
しかし・・・・私は今も待っている。
女々しいと言う人間も居る。
確かに女々しい。
だが、こんな商売をしていると往なし方が身につくから大した事ではない。
多少イラッと来るがアメリカの友人の部族に伝わる格言が私の怒りを何時も抑えた。
「怒りは自分に盛る毒」という格言は、短気な面もある私を今も助けている。
ただ・・・・どうしても許せない時もある。
それは私の「思い出」を踏みにじる言動をする輩だ。
『何時まで死んじまった"昔の女"を引き摺っているんだ?女々しいを越えて憐れだな』
これを言われた時・・・・私は怒り狂った。
あの女に会った事もない人間が私と彼女の思い出を踏みにじる権利なんてない。
何より思い出は、本人の胸に死ぬまで仕舞う事が出来る「宝箱」だ。
その宝箱を無理やり抉じ開けたばかりか、酷評する言動は誰にも許されない。
だから私は、その人間を有らん限りの力を持って制裁を加えた後に「出入り禁止」にした。
後悔はしていない。
しかし彼女が見たら・・・・きっと言うだろう。
『"ブレーキ"が暴走してどうするのよ』
「確かに・・・・貴女のブレーキ役でしたね」
私はロックグラスに注いだ「OldPer シルバー」を飲みながら一人、笑った。
彼女と仕事をする時は何時も私がブレーキ役として暴走しそうな彼女を止めた。
お陰で私の渾名は「セニョール・フレノ」で、彼女が何か起こすと何時も私の携帯が鳴った。
今は鳴る事は殆ど無いが・・・・・・・・
ここで曲が終わった。
「さて、次は何を聴くか・・・・・・・・」
私はオーディオを操作したが、ふと写真を見てハッとする。
すると・・・・彼女は語り掛けてきた。
『私に一杯も出さないなんて良い度胸ね?』
「ハハハハハ・・・・失礼。貴女の瞳に"乾杯"していました」
『貴方が言っても似合わないわ。それより私にも一杯、奢って』
まるで彼女が目の前に居る気持ちに私はなった。
しかし以前と違い私はバーテンダーだ。
あくまで「表向き」は・・・・・・・・
「何が良いでしょうか?」
『私と何回、飲み明かしたのよ?私は誇り高い"スペイン"の血が流れているのよ。ワインに決まっているじゃない』
「そうでしたね。では、直ぐ用意します」
私は下の棚から赤ワインを手にした。
スペインで生まれた中々の銘柄である。
しかし女性は待ったを掛けた。
『気が変わったわ。"ポート"にして』
「・・・・憶えていたんですか」
私の問いに彼女は口端を上げて笑った。
『貴方が一世一代の勇気を出して私にプレゼントしたんだもの。忘れたりしないわ』
そう言われて私は静かにポートワインを用意した。
そしてワイングラスに並々と注いで写真の前に置き、自身のグラスを手にして彼女に言った。
「長い休みを取って・・・・私の店に来てくれた貴女に乾杯」
『3枚目なのに気障な日本人バーテンダーに乾杯』
チンッ・・・・・・・・
私と彼女はグラスを合わせた。
そして私はPerのシルバーを空にして改めて注ぎ直す。
『随分と強くなったわね』
写真の彼女は何ら変化が見られない。
しかし私にはワインを半分も飲んでいるのが見えた。
対して私は静かにグラスを傾けて答える。
「貴女の酒飲みに付き合ったんです。当然ですよ」
『口も達者になったわね?初めて会った時は"鉄仮面"だったのに』
私を皮肉るように言いながら彼女は再びグラスを傾けた。
「貴女とメキシコで別れてからも旅は続けて、色々な方と会いましたから」
そう・・・・彼女と別れた後も私は旅を続け、出会いと別れを繰り返し・・・・この国に戻った。
そして彼女と交わした約束を守る為・・・・私の「使命」を果たす為に店を構えたのだ。
『私が居ないと何も出来ないと思っていたけど・・・・シッカリやっているようね』
「"男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格は無い"ですよ」
『また"固ゆで卵"の受け売り?いい加減に自分で考えた信条はないの?』
辛口な言葉を彼女は投げてきたが、私は笑みを浮かべた。
「考えましたよ」
『それなら言ってみなさい』
傲慢な口調で私に彼女は言ってきた。
しかし眼は優しかった。
こういう所は変わらないと思いつつ私は自分が見つけた信条を口ずさんだ。
「・・・・Apperance maybe bad.Live ish yourself」
『格好悪くても良い。自分らしく生きよ・・・・中々の信条ね』
「長い時間を要しましたが・・・・漸く見つけた答えです」
『貴方らしいわね。でも・・・・そんな貴方の信条が好きよ』
「ありがとうございます。しかし・・・・出来るなら・・・・カウンターで座った・・・・"生者"の貴女から言われたかったです」
こんな私が思い描いた「妄想」ではなく・・・・・・・・
私の言葉に彼女は何も言わなかった。
いや・・・・最初から誰も居ない。
ただ私が写真に写る「忘れえぬ女」に語り掛けて、それを脳内で妄想していたに過ぎない。
端から見れば変な男でしかない。
しかし弱い人間である私は・・・・こうする術しか知らない。
もっとも・・・・それが私の生き方だ。
だから・・・・・・・・
「・・・・・・・・」
私はオーディオを操作して新しい曲を流した。
忘れえぬ女がボロボロの愛車に私を乗せて・・・・2人で酒を飲んだ時・・・・別れ際に流した曲・・・・・・・・
「リカード・ボサノヴァ・・・・・・・・」
私はオーディオから流れる曲を聞きながら写真の下の棚に目を向けたが手も直ぐ伸ばした。
そして彼女が私にくれた「贈り物」を手にする。
彼女の贈り物を手にすると雷の音が聞こえてきた。
「・・・・やはり貸し切りにして良かった」
誰に言う訳でもなく私は言いながら彼女の贈り物を手元に置き、改めてグラスを手にして写真の女性に言った。
「貴女からの贈り物に・・・・乾杯」
完