第八話腹ごしらえから勘違い
「…ムカつくわね」
「まだ言ってんのかよ」
森から王都にテレポートで帰ってきた俺達は、依頼の完了報告をする前に腹ごしらえをする事にしたんだが。…別に俺は気にしてないからそこまで腹を立てなくてもいいんじゃないか?いや、まぁ嬉しいは嬉しいけどさ。俺が見下された事に対してここまで腹を立ててくれるなんて。
「弱いくせに、私達の事を見下した態度を取るなんて」
「まぁまぁ」
「下僕は兎も角、女神である私を見下すなんて」
えー?俺の事で怒ってるんじゃないのかよ。嬉しがって損したわ。
「と言うか情けないわよ」
「何が?」
「私の下僕としての心意気はないのないの?せめて何か言い返しなさいよ」
え?むしろなんであると思ったんですか?そこをまず質問したいんですけど。
しかも何か言い返したら、それはそれで新人冒険者風情が高位の冒険者に楯突く事になるんじゃ…、いやまぁ王都初日に王族に楯突いてるんですけどね。そう言う意味で言っちゃ、今更S級冒険者に楯突いた所でって感じではあるけどな。
「あんたが言い返さないからその主人である私まで品位が下がるじゃない」
「そもそも自分下僕じゃないんすけど」
「次から精進します。申し訳ありませんレイ様ですって?…分かってるならそれでいいのよ」
あの?話聞いてます?どう言う耳の構造してたら、そう聞こえるんだよ。文字数からしておかしいと思わないのかよ。
「で、俺はスペア?だっけ?そいつと戦ってたけどお前はどうだった?」
「…ヒュドラよ」
あー、そうそうそんな名前だったな。いやー、でもあれがS級の魔物だったなんて今でも信じられないわー。だって俺でも討伐できたんだぜ?まだゴブリンの亜種ですって言われた方がよっぽど信憑性があるわ。…ごめん。それは嘘。
「私はゴブリンの巣を壊滅させてきたわ。あんたが遊んでる間にね」
いや、それもこれもあなたが俺をあんな場所にテレポートさせたんですけどね。そこら辺、ちゃんと分かってますか?
「…って事は結構な金は手に入ったのか」
「そうね。これでしばらくは私は冒険者を休めるわね」
なんでお前は休んで良くて俺は休んじゃダメなの?ねぇ。なんで?
「私は学校を散策してくるから、あんたはもう少し金を稼いでおきなさい」
「二手に別れるって事か?」
「その方が効率的でしょう?」
確かに二人して冒険者をする必要はないな。金を稼げたらいい訳だし。
…でもそっちの方がちょっと楽じゃないですか?いや、まぁ別に不満はないですけどね?
「おまたせしましたー。こちらがビーフストロガノフです」
「私ね」
「お熱くなっておりますので気を付けてお食べ下さい」
…ビーフストロガノフ美味そうだな。俺の頼んだ料理も早く来ないかなー。
「ふー。ふー。…何よ。そんなに凝視してもあげないわよ」
「いや、確かに腹は減ってるけど、別に食べたい訳じゃないよ」
「女神様の食べた物を口にするなんて、恐れ多くてできないですって?あんたも下僕精神が分かってきたじゃない」
「いい耳鼻科を紹介してやろうか?」
耳が悪いとかそう言う問題じゃないだろ。後、下僕精神は死んでも理解する事はできないと思う。
「お待たせいたしましたー。えー、こちらがミネストローネスープになりますね」
「はい。ありがとうございます」
うん。こっちのも美味そうだ。
「あんたって」
「ん?」
「見た目以外は本当に凄いのにね」
何?それは褒めてんの?それとも貶してんの?
「せめてその顔をどうにかしたら、もう少し強そうに見えるのに。…勿体ないわね」
「え?何、それは遠回しに俺の事を傷つけてんの?」
「だってそうじゃない。村にいた時からそうだけど。その見た目のせいで頻繁に喧嘩を吹っ掛けられてたじゃない」
まぁそうだけど。自分でも顔とスキルがミスマッチだなーってたまに鏡の前で思ったりするけど。
と言うかなんでこんな地味顔の奴にこんなめっちゃ強いスキルが与えられたんだろうなー。ほんとに謎だわ。
「いやまぁでもしょうがないよ。こればっかりは遺伝だしな」
「しょうがないで済んだら女神様は要らないのよ」
「は?」
と言うかこいつさっきから何が言いたいんだ?
「…さっきの奴にも、それで舐められたじゃない」
「あー、でもガルフさんは俺の実力を分かってくれてたぞ」
「でもありそうってだけであるって確定はできてないじゃない」
いやまぁそうだけどさ。でも倒した所を実際に見た訳じゃないんだからしょうがないだろ。
それにS級の冒険者としての矜持もあるだろうし、疑わないって訳にはいかなかったんだと俺は思ってるんだが。
「…って言うかお前なんで怒ってんの?」
「…怒ってないわよ」
「え?結構稀に見るくらい怒ってんじゃん」
「怒ってないって言ったら怒ってないのよ。死にたいの?」
「いや、死にたくはないけど。…でも何に対して怒ってるのかだけ教えてくれ」
でないと改善のしようがないからな。それに幼馴染が怒ったまんまって言うのは嫌だし。美人が怒ると空気が悪くなる。
「…別に私は怒ってないけど強いて言えば」
「強いて言えば?」
「…幼馴染がバカにされたから。…かしら」
え?…え?
「もう食べたでしょ。さっさと行くわよ」
「あ、ああ」
「すみません。お会計お願いします」
え?さっきのビーフストロガノフに何か変な物でも入ってたか?何?どう言う心境の変化?え?
「ほら行くわよ」
「ああ」
え?はっず。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど?え?これが俗に言うツンデレって奴ですか?…それにしてはツンの分量が多過ぎる気がするが。
…落ち着け俺。これはあいつの気まぐれであって、別に俺に気がある訳じゃないんだ。
「…ふぅ。よし。それじゃ、行くか」
「ええ、行きましょうか。ゴブリンの耳を換金しないといけないもの」
え?ゴブリンの耳を換金すんの?え?何、やだ怖過ぎるんだけど。百年の恋も一瞬で覚めるわ。
「え?何、ゴブリンの耳に何の恨みがあんの?」
「違うわよ。討伐証明よ」
あー。なるほど。ゴブリンを何匹討伐しましたよーって事か。
「びっくりした。お前が急に耳フェチに目覚めたのかと思ったわ」
「一度もそんな素振りを見せた事はないと思うのだけれど?」
「都市の空気は自由にするとはこの事か」
「それは少しばかり自由にし過ぎじゃないかしら。絶対に危ない成分が含まれてるわよね。それ」
なるほど。こいつがさっき変な事を言ってきたり、急に耳フェチ宣言をしたりしたのはそれが原因か。
「はっ!と言う事はこの事件には黒幕がいる?!」
「事件も何も起こってないのだけれど」
「待ってろレイ!今俺が耳フェチから解放してやるからな!」
「とりあえず燃えなさい」
うお!なんだよー。人が決意を新たにしている所に水を差しやがって。…いや、まぁ水を差すとは正反対な事をされたんだが。
今、俺はロドリゲスを倒して、お前を耳フェチの呪いから解放してやると意気込んでたんだぞ?
「いい加減話を聞きなさい」
お前が言うな。もう一度思うぞ。お前が言うな。
「いい、今のは全部あんたの妄想よ」
「分かってる。お前は何も悪くないよ」
「…全くもって分かってないわね」
大丈夫だ。安心しろ。俺が今すぐそんな呪い解いてやるからな。待ってろ。ロドリゲス!
「いい?都市の空気は自由にするって言う言葉は、都市で一定以上の期間を過ごすと農奴の身分から解放されると言う、昔の制度からきているの」
「ほうほう」
そんな事まで知っているなんて、相変わらず博識だな。
「だから。この町の空気には別に怪しい成分なんて何も含まれていないのよ」
「何だって?!じゃあ黒幕のロドリゲスは?!」
「誰よそいつ」
なんてこった。全部俺の妄想だったのか。
「はぁ…。なんでこんな話になったのかしら」
「お前がゴブリンの耳を集める趣味があると俺に告白してきたんだろ?」
「そんな事をするぐらいだったら下僕を殺した方がましよ」
普通そこは死んだ方がましだろ。なんで俺が死ぬんだよ。完全にとばっちりじゃねーか。
「ゴブリンの耳が討伐証明になっているのよ」
「それはさっき聞いたぞ」
「…ダメよ私。こいつは村にいた時からこうだったじゃない。我慢するのよ」
何を一人でブツブツ言ってんだ?こいつ。
「だから私が耳を集めたのはゴブリンの討伐証明のためなのよ。決して趣味なんかじゃないわ」
「なんでそんな当たり前の話をしているんだ?」
「…ふぅ。落ち着け。落ち着くのよ私。いくら下僕に腹が立ったとは言え、街中で最大火力の魔法を放ってはいけないわ。ここは冷静になるのよ」
さっきからブツブツ一人で何を呟いてんだ?…もしかして耳フェチって言うのは図星だったのか?
「大丈夫だ。人にはバレたくない秘密の一つや二つ、必ずあるもんな。俺は口が堅いから、軽々しく人に言ったりはしないよ」
「…何がどうなってその結論に至ったのかは分からないけれど。絶対に、間違ってるから今すぐに直しなさい」
分かる分かる。そりゃ、結構な秘密だもん。焦るよな。
「不愉快だからその見守るような温かい眼差しを止めなさい」
今となってはこいつが反抗期の娘のように思えてくる。はっはっは、何も心配する事はないさ。秘密は絶対に守ってみせるよ。