第三話風呂から宿へ
「はぁ、さっぱりした」
「ふぅ、いい湯だったわね」
お、こいつも同じタイミングか。
「…覗いてたわね」
「判定が甘くないですか?」
「間違いないわ。有罪ね。これまでの余罪も合わせて死刑は免れないわ」
「冤罪だ!再審を要求する!」
「裁判長は私よ」
「物凄いこの世の不条理を見た」
裁判長と検察が同一人物って、この国の将来が心配だよ。まぁあいつが王子の時点でお察しではあるがな。
「んじゃ帰るか?それともどこか寄るか?」
「ちょっと、何する気なの?まさかグヘヘ今夜は帰さねーぜみたいな事言うつもりじゃないでしょうね」
「さっきから俺への信用がなさ過ぎじゃないですか?」
仮にも幼馴染なんですけど。それにお前にそんな事を言ったら半殺しでは済まないだろ。
「ちげーよ。酒場かどっかに寄るかって事」
「言われなくたって分かってるわよこの根性なし」
え?なんで罵られたの俺?てか分かってんなら何で俺をナンパ男扱いしたんだよ。
「どうしようかしら…」
「とりあえず、ほれ」
「あら、…コーヒーなんて。地味顔のくせに気が利くじゃない」
「地味顔言う必要なくない?ねぇ?」
俺の心を抉る事に余念がねーなおい。
「ふぅ。…少し小腹がすいたわね」
「んじゃ行くか」
「いえ、帰り道に出店があったらそこで買いましょう」
「りょーかい」
村では買い食いなんてできなかったからな。…帰り道に露店がなかったら俺が買って来るんですね分かります。
「はい、これ」
「ん?なんだ急に。お金なんて渡してきて」
「コーヒー代よ」
…村にいた時から分かってたけど、律儀な奴だな。
「いらねーよ。そこまで金に困ってる訳でもねーしな」
「私は下僕に借りは作らない主義なのよ」
「下僕じゃねーって言ってんだろ。…そんじゃ、受け取っておくよ」
「ん。受け取っておきなさい」
ま、こいつらしいっちゃこいつらしいな。
「よし。んじゃ改めて行きますか」
「そうね」
「ちょっと待ちなそこの綺麗な嬢ちゃん」
まさか、一日に二回も面倒事が起こるとは。…これが田舎者に対する王都の洗礼か。受けて立つぜ、…こいつがな。
「何かしら」
「ひゅー、途轍もねー美人だな」
「あら、ありがとう」
うわ、ここまで心の籠ってないありがとうはなかなか見られないな。しっかし五人か。…こいつをナンパしたいんだったら、最低でもこの二千倍は欲しい所だな。まぁそれでも全然足りないけど。
「俺達と面白いことしようぜ」
「お誘いは嬉しいけれど、鏡を見てから言ってくれるかしら?」
「…は?」
まぁ、普通そうなるよなー。…俺も初めてこいつと二人きりになった時は唖然としたなー。いやー綺麗な花には棘があるとはよく言うけど、こいつの場合確実に棘には致死量の毒が塗られてるな。
「…あんまり舐めてると痛い目見る事になるぜお嬢ちゃん」
「あら、そんなに面白い事が言えるなんて。道化師でも目指した方がいいんじゃないかしら」
「このアマ!」
おいおい。うちの村じゃ考えられないぜ。こいつに喧嘩売るなんて。なんせ喧嘩売った奴を片っ端から燃やしていったからな。…その時の消火活動は俺が担当したんだよな。それから村の男衆の俺を見る目には同情の目が少し混ざるようになったんだっけか。懐かしい思い出だ。
「凍りなさい」
レイのその一言でチンピラ三人の全身が一斉に凍り付く。…相変わらず化け物じみた制御能力だな。周りに被害を全く出さずに、的確にチンピラだけを凍らせるなんて、普通の魔法使いにはできない芸当だ。 それに今のも無詠唱だしな。いやー、さすが魔法神の依代。歴代最高の魔法使いって言われるだけはあるわ。
「ふぅ…」
「お疲れ」
「あら、私の下僕のくせになんの役にも立たなかったわね」
「まず下僕じゃねーし、お前の魔力が動くのが見えたからな。敢えて俺が動く必要もないと思ったんだよ」
まぁ、それでもオーバーキル気味ではあったがな。
「ひぃバケモンだ!」
「逃げろ!」
「あら、こんな美少女捕まえて化け物扱いなんて。レディの扱いがなってないわね」
的確な評価だ。心の中でだが拍手を送ろう。
「しっかし一日二回も面倒事が起こるなんてなー」
「それもこれも私が美し過ぎるからね」
…いや、まぁ、否定はしないけど。実際こいつが美少女だから絡まれてる訳だしな。
「まぁ、そうな」
「何かしら。不服があるなら申し立ててもいいのよ」
「全力で遠慮します」
凍りたい訳ではないので。まだ肌寒いし、風邪引いちまうからな。
「そ、ならとっとと行きましょ」
「そーな。何か食いたいもんとかあんのか?」
「そうね…。ガッツリ食べたい訳ではないから」
「じゃあ、汁物とかスープにするか」
「…そうね。そうするわ」
「りょーかい」
ふぅ、今日はイベントが盛り沢山だったな。もう精神的に腹いっぱいだからこれくらいにして欲しいんだが。
「しかしロウはもうちょっと私の下僕としての意識が足りないわね」
そんな物もともと持ち合わせてないんですが?
「さっき私が絡まれた時もそうね」
「お前が何とかするだろうって思ったんだよ」
「その他力本願な姿勢、直した方がいいんじゃないの?もっとこう下僕として主人に働かせるような事がないようにしないとダメじゃない」
え?いつから下僕的精神の指導が始まったんですか?
「さっきから言ってるけど、俺はお前の下僕じゃねーよ」
「…本人の事を本人はよく分かってないって言うのは本当だったのね」
「は?」
「周りから見たらあんたは私の下僕よ」
嘘、だろ。俺は周りからこいつの下僕として見られていたのか……。
「しっかりなさい。今からでも遅くないわ。私の下僕として相応しい存在になるのよ」
「…いや、騙されねーよ」
「っち」
舌打ちやめろ。
「何下僕根性刷り込もうとしてんだよ。あぶねーな」
「あら、下僕と化したあなたと今のあなた。どっちの方が幸せか、考えたらどうかしら」
「何があってもこっちだわ」
「…本当にそうかしら?」
…くそが。なまじっか美少女なだけに、少し誘惑されちまったじゃねーか。
「ああ」
「何だつまらないわね」
「お前の都合でこっちの人生決められてたまるかよ。っとすいません肉団子スープ一つ」
「私は野菜コンソメスープで」
「お、嬢ちゃん可愛いね。ちょっと割引しとくね」
…美少女ってのは得する生き物だな。俺も生まれ変わったら美少女になりてーなー。
「ありがとうございます。これお代です」
「あいよ。次も値引きしてあげるからまた来てね!」
……ドヤ顔でこっち見んじゃねーよ。腹立つからやめろ。
「美味しいわね」
「そーな」
「もっと言う事あるんじゃないかしら」
「…値引きありがとさん」
「は?死にたいの?」
えー?何て言ったらいいんだよ?
「今日も美しいですね」
「何当たり前の事言ってるのかしら」
「…降参します」
「あんたにそんな権利はないわ。むしろ人権すらも怪しいわね」
「なんでだよ。さすがに人権は標準装備しているはずだぞ」
「サハギンもどきには備わってないわ」
誰が魚面人だよ。
「サハギンは言い過ぎだろ」
「女神に比べたらあんたなんてサハギンみたいな物でしょう?」
「ナチュラルに自分の事を女神って言うなよ」
別の奴が言ってたらヤバい奴認定されるぞ。…こいつが言ってたらしょうがないかってなるのが腹立つ所だな。顔が良いって言うのは大分強いアドバンテージだわほんと。
「当然でしょう?」
「まぁ、別に否定はしねーよ」
「じゃああんたがサハギンである事は証明完了ね」
ちょっと待てや。そうはならねーだろ。
「話が飛躍し過ぎだろ」
「どこがよ。一分の隙も無い完璧な証明じゃない。我ながらうっとりするわね」
「隙どころか綻びだらけじゃねーか」
「ちょっと。私が美し過ぎるからって公衆の面前でいきなり告白しないでよ」
「してねーよ」
「ごめんなさい。魚臭い人はちょっと」
「さっき風呂入ったばっかなんですけど?」
てか告白してねーって言ってんだろうが。
「しょうがないわね。そんなに言うんだったら、あんたが人間って事にしてあげるわよ」
「え?なんでお前が譲歩したみたいになってんの?」
「実際に譲歩したのよ」
え?え?俺ってサハギンなの?まじで?十三年近く生きてきて、今初めて気付いたわ。
「…ふふ、冗談よ。だからそんなに必死になって自分が魚臭いかどうか確認しなくても」
「お前が魚くせーっつったんだろーが」
「大丈夫よ。それでも心配なら」
うお!ちょっと顔近くないですか?あの、ちょっと離れてもらえません?
「…すんすん」
「ちょっとレイさん?」
「大丈夫よ。少なくとも臭くわないわね」
「…そーかい」
そりゃ安心したわ。
「んじゃ、飯も食ったし宿に帰るか」
「そうね。これ以上外にいるとまた絡まれてしまうかもしれないものね」
「誘蛾灯みたいなもんだな」
「蛾にも劣るわよ。あんな連中」
もうやめて!あのチンピラのライフはゼロよ!
「そんじゃ、また明日な」
「そうね」
もう今日は疲れたわー。早く寝よ。