第十二話風呂から修羅場モドキ
「…銭湯ってそっちっすか」
「は?なんの話してんだ?」
そっちの銭湯もこっちの銭湯もないだろ?近くの銭湯はここにしかないんだから。
「そんじゃ、兄貴。また後で」
「ん?…まさかお前って女なの?」
「そうっすけど?」
えー?実は俺が「おっす。おら、ロウ」って言わなきゃいけなかったのか。
…待ってくれ、これには理由がある。まず、こいつの一人称が俺である事。二つ目に、こいつの見た目が中性的過ぎる事だ。それにアッシュって名前も男の名前っぽいしなー。
よって、俺がこいつの事を男だと勘違いしたのは俺の目が腐っているだけじゃなくて(勿論それは否めないが)、こいつにも一因があるって事だ。
「んじゃまた後でなー」
「はい!」
…ん?って事は俺は小さい娘に「兄貴、兄貴」って言わせてるヤバい奴って事になるのでは?
…いや、難しい事を考えのはやめよう。今日はもう疲れた。さっさと風呂入って寝たいわ。
多分だが、明日の事は明日の俺がなんとかするさ。
「しつれーしまーす」
…今日は誰もいないみたいだな。…いや、別にいてもよかったんだけどね?…俺は誰に言い訳をしてるんだ?
でもやっぱ風呂って言うのは一人で入るもんだよなー。うんうん。
「はぁー」
今日は昨日よりも疲れたなー。寮に荷物を運んだり、S級の魔物と戦ったり、ファイナルアンサーと戦ったり、子分ができたり。
…王都に来てから日に日に忙しくなっていくなー。このペースで忙しくなっていった暁には、学園生活が始まった頃には、死にかけみたいな状態になってるんじゃねーかな。
「ふぃー」
いい湯だなー。疲れ切った身体に染み渡っていくような、心の底から洗い流してくれるような感覚だ。
王都に来てから色々あったからなー。いや、ほんとに。身体が休息を欲しがっているのが分かる。
「あー」
いや、王都に来てからイベントが目白押しだな。それが悪い事か良い事かはさておいて。正直言って、疲れるから一ヶ月に一回、せめて一週間に一回にして欲しいなー。
「つっかれたー!」
もう、ここで終わってもいい。
「…って訳にはいかないんだよなー」
あいつの事だから、風呂上がっても俺を待ってるだろーしなー。それにあんまり長湯するのもあれだし、…でも上がりたくねーなー。
「あーどうすっかなー」
そろそろ上がるかー。別に明日も風呂は入れるからなー。
逆にあいつを怒らせたら、そもそも明日を迎える事ができなくなる。
「名残惜しいな―」
まあ、精神的な疲れは癒せたからよしとしよう。
「よっと」
「自分には兄貴の背中を流すと言う重要な使命があるんすよ!!」
「…ごめんなさい。ちょっと何を言ってるのか分かんないわね」
…なんだこのカオスな状況は。俺が風呂に入っている間に一体何があったんだ。
「あ、下僕」
「あ、兄貴!!!」
「よっ。で、これってどう言う状況なんだ?」
「兄貴!!なんなんすか?!!この女!!!」
「あ?」
ちょっとレイさん?仮にも女神を自称するなら、(少なくとも見た目は)子供相手にそんな声を出したらダメでしょ?
「ちょっとロウ。このクソガキは一体何なのよ?」
「なっ、誰がクソガキだ。この貧乳女」
「…余程殺されたいようね?」
…あっちゃー。それはこいつには禁句なんだよなー。
まだ、俺達が村にいた頃、こいつの胸が無い事をバカにした野郎どもは、一人残らず毛根まで燃やし尽くされたんだっけか。
…そう考えたら俺の毛根はよく無事で済んでるな。
「まぁまぁ落ち着けよ」
「兄貴!!まさか自分の他に舎弟がいるんすか?!!自分は二人目なんすか?!!」
そっちはそっちで面倒だな。
その言い方だとなんか俺が凄い浮気者みたいじゃん。
それに一人目の舎弟も二人目の舎弟も一緒だろ。一人目の舎弟に特別も何もないだろ。
「…何を言ってるのかしら?」
あらー、虎の尾を踏んじゃったかー。…虎と言うよりもむしろドラゴン、いや、龍王だな。
「私がこの下僕の舎弟ですって、バカも休み休み言いなさいよ」
「な、なんだと!!!じゃあお前は、兄貴のなんなんだ!!!」
「主よ」
おい。着々と下僕方程式を浸透させるんじゃない。てか下僕方程式ってなんだ?
「あ、兄貴!!ほんとにそうなんすか?!!」
「いや、違くて。これはこいつが嘘を吐いてるんだよ」
「兄貴!!こんな性格の悪そうな女の下で働くのは、今すぐにでも止めた方がいいっすよ!!!」
「聞けよ、話を」
「嫌よ。下僕は一生下僕のままよ」
…ちょっと楽しみ始めてるな?こいつ。
さっきまでずっと燃やそうとしてたけど、…いやむしろ燃やしてたけどな。
俺が【不変】をかけ続けたおかげで無事だけど、俺がいなかったら消し炭になってるぞ。
「くっ、俺に力があれば…!兄貴を助ける事もできたのに…!」
「ふふふふ…。下僕を助けたかったら、金輪際下僕に近寄らない事ね」
「それは断る!!!」
「……」
即答すんじゃねーよ。それはそれで嬉しめばいいのか悲しめばいいのか複雑だわ。
まぁ、今日からの関係だが、アッシュは勘違いしやすい性格だからなー。
多分だが、俺が弱みか何かを握られて、無理やり下僕としてこいつの下で従事させられてるんだ、とでも勘違いしてるんだろ。…いや、まぁ無理やり下僕として従事させられてるって言うのはあながち勘違いじゃないがな。
「くっ、こうなったら俺が兄貴の代わりになる!!」
「…あんたにそいつの代わりが務まるとでも?」
「務まる!!いや、務めて見せる!!」
「はいはい、そこまでだ二人とも」
「ちょっと、何邪魔してんのよ」
これ以上放置すると、とんでもない事態に発展しそうだったからな。この辺りで止めておかないとな。
「兄貴!!!なんで邪魔するんすか?!!!今、この女の魔の手から解放しようとしてたのに!!」
「そもそも、俺は下僕じゃないぞ」
「えっ!!!」
「ちっ」
舌打ちをするな。
「じゃあその女の言ってる事は!!」
「ああ。口から出まかせだ」
「なっ、騙しやがったな!!この女狐!!!」
「じゃああんたは女猿ね」
「ムッキー!!!誰が猿だコラー!!!」
いや、そう言う所じゃないかな?こうすぐムキになる所は結構猿っぽいよ。
「じゃああんたは兄貴のなんなんすか!!!」
「主よ。より正確に言うと、私が女神様でこいつは下僕かしら」
「め、女神様だったんすか?!!!」
まーた、勘違いするような事を。と言うか勘違いしやすいにも程があるだろ。どんだけだよ。
普通はあ自分の事を自分で女神様って名乗るようなヤバい奴の事を、ほんとに「女神様だ!」とは思わないからね?君だけだよ?この国の中で。
「いや、こいつは俺の幼馴染だよ」
「って事は兄貴の相棒っすか!!」
「まぁ、そんなもんかなー」
「……」
「本当に相棒なんすか?!!!」
こいつがどう思ってるのかは別として、俺はこいつの事を結構信頼してるし、頼りにしてるなー。
…唯一性格さえ直してくれればもう言う事ないんすけどねー?
「…いいなー!!!俺も兄貴にそう呼ばれるようになりたいっす!!」
「無理よあんたには。相棒になれるのは選ばれし私だけよ」
なんでお前が返答してんだよ。と言うか別に俺の相棒に定員オーバーも何もないからね?
「むぅ…。これは兄貴と俺との仲をもっともっと深めなきゃなんないっすね!!!」
別に信頼度が一定まで来ると起こるイベントじゃないから。メーターがある訳じゃないから。
と言うかなんだよその相棒イベント。俺の相棒になったって別に何も良い事ないぞ?
「と言う訳で兄貴!!もう一回風呂に入って下さい!!!」
「はぁ?」
なんでまた風呂に入んなきゃいけないんだよ。朝入って、夜にもう一度だったらまだ分かるけど、さっき入ったばっかだぞ?
「兄貴が風呂に入ったら、俺が背中を流しに行きますから!!」
「はぁ?お前女だろ?なんで男湯に来てんだよ」
「?兄貴の背中を流すのは、舎弟として当たり前っすよ?」
…だからそれはどこの世界の常識だよ。何?お前と俺は住んでる世界が違うの?
「…私、先言ってるわね?」
「いや、行かせる訳ねーだろ」
え?なんでこのカオスな状況を見て冷静に先帰ろうとしてんの?幼馴染がピンチなんだよ?手助けしようとか思わないの?
「…しょうがないわね。…ちょっと。舎弟を名乗るんだったら、時間位考えなさい。今何時だと思ってるの?」
「ちっ」
舌打ちすんじゃねーよ。
…いや、時間があったとしてもやらねーよ?
「じゃ、兄貴。背中流しはまたの機会にと言う事で!!」
そんな機会は、もう二度と来なくていいんだけどな。
「それじゃ、帰るわよ」
「りょーかい」
「そっすね!!!」
「…なんであんたも付いてくんのよ?」
「俺も兄貴とおんなじ宿っすから!!!」
「…後でちゃんと説明しなさいよ?」
はぁ…。気が重すぎる…。




