あの日の事
しばらくするとサンペイが入ってきた。そして最初に発した言葉は謝罪だった。
「あんたのお父さんを死なせてすまなかった。」
頭を深々と下げるサンペイに滝崎は本当に父を慕っていたんだと思い優しく声をかける。
「お父さんが死んだ様子を教えてくれる?」
サンペイは椅子に腰を下ろし滝崎の目を見て語り始める。
「五年前、ハジメと別れた俺たちは車で森を抜けようよした。でも銃撃に遭って、車が横転した多分タイヤに被弾してパンクしたんだと思う。横転した車から抜け出すと一人の迷彩服を着た筋肉質な男がいた。そいつがオレに銃口を向けてなんのためらいもなく引き金を引いた。」
サンペイは当時を思い出しているのか歯を食いしばり、拳を握りしめる。時折体からパチパチと音がする。滝崎は驚いた。目の前の青年が本当に放電している事実を目の当たりにし、先ほどのハジメの話が本当のことなのだと改めて理解した。
「親父は・・・・俺をかばって死んだ。今でも覚えてる。すべてがゆっくりになった世界で親父が俺をかばい倒れ込むのを、急いで抱き起した親父は俺を見て笑って無事でよかったって・・・」サンペイは嗚咽をまじえ途切れ途切れになりながら語り続ける。滝崎はこの涙はウソじゃないと信じることにした。父のためにここまで泣いてくれる人がいる。五年前のことに心を痛めてくれている人がいる。滝崎はその事実がとてもうれしかった。そして、核心に迫る問いかけをする。
「誰が父を殺したの?」
「義堂だ。義堂 修」
信じると決めたサンペイの口から出てきたのは、今までずっと信じてきた人の名前だった。滝崎は父の死後、義堂にすごくお世話になった。風邪を引いたときは見舞いに来てくれた。進路を決めるときにも相談に乗ってもらった。そして、父の死を伝えに来てくれ、涙を流していた人だった。滝崎はまた思考が停止する。頭の中にこれまでの義堂との記憶がフラッシュバックする。そして、父の死を泣きながら伝える義堂と目の前のサンペイの涙が重なる。滝崎はまた混乱する。混乱する滝崎の様子を見たサンペイは涙をぬぐい、彼女の手を握って聞く。
「あんた大丈夫か?」
答えない滝崎に相当応えてると思い縛っている手足の縄を切った。
「整理がつくまでゆっくりしてると良い」
そう告げて部屋を出て行った。
残された滝崎はベットに横になり目をつぶる。瞼の裏に浮かぶのは義堂の思いで、しかし、最後にはサンペイの涙と義堂の涙が重なる。このうちどちらかがウソなのだ。自分にはわからなかった。どっちが本当なのか、少し歩きたいと思って、廊下に出てみる。時計が6時を示していた。長い時間拘束されていたんだと驚いた。そんなことを思っていると奥の方から騒がしい声がやってくる。向かってみると、シキと呼ばれていた青年とハジメとフタバと呼ばれていた女性がたくさんの子供たちと一緒にUNNOというカードゲームで遊んでいた。子供たちの表情はどの子も年相応かそれ以下にコロコロと表情が変わりはしゃいでいた。それは昼間見た公園の子供たちと何も違わないように見えた。一人の少女が滝崎に気づき、近寄ってくる。どこかで見たと思いながら視線を合わせる。
「昼間はビリビリしてごめんなさい。」
いきなり謝られ困惑したが、昼間私を気絶させた女の子だと気づくと笑みを浮かべ頭をなでる。
「気にしないで、もう大丈夫だから」
そう答えると少女は明るい顔になる。
「私はアカリ、お姉さんも一緒にあそぼ!」
そう言うと、アカリは滝崎の手を引き輪に入れる。初めの隣に腰を下ろしサンペイはどうしたのか尋ねる。するとハジメは外にいるとバルコニーに目を向ける。そこには夜空を見上げるサンペイがいた。滝崎は子供たちに断りを入れてサンペイの隣に行く。滝崎が来たことに驚きつつも視線は夜空に向け続ける。
「俺たちは夜空を見たことがなかった。」
滝崎はサンペイの言葉に耳を傾ける。
「俺が見てみたいって言ったんだ、親父に空が見たいって。」
サンペイの涙が一筋の線を描き頬を伝う。
「あんたの名前は『葵』だろ」
急に名前を呼ばれ胸の奥が跳ねた。
「何で私の名前知ってるの?」
滝崎が不思議そうに尋ねた。
「親父が死ぬ間際に謝ってた。葵ごめんって」
それを聞いて滝崎は胸がじんわりと暖かくなり、目に涙が浮かんでくるのを感じた。
「俺はそのあとキレて辺り一帯を吹き飛ばしちまった。そのせいで親父の遺体はかなり損傷しちまった。本当にすまなかった。」
サンペイは滝崎に向かいなおり頭を深く下げる。
「もういいよ、あなたがどれだけ父さんを大切に思ってくれたのか分かったから。」
滝崎は、サンペイの肩に手を置いた。そして、この人を信じようと思った。整理がつき思考に余裕ができたところでふと気づいたことを聞いてみる。
「あなた達はこの町で何をしようとしてるの?」
サンペイはどう答えようかとしどろもどろしていると、窓の方から声がかかる。
「製造本社を襲撃する。」
振り向くとハジメがいた。
「エレクトロ社の本社を襲撃するの?何のために?」
滝崎はさらに質問を重ねた。
「本社にはすべての製造工場の場所やHu電池がどこに配置されているのかがデータとして保存されている。俺たちの目的はそのデータだ。」
ハジメが答えた。するとサンペイが抗議の声を上げる。
「そんなことまでおしえていいのかよ」
「良い、彼女はもう俺たちの仲間だ」
ハジメが言う意味が分からずサンペイが首を傾げ、滝崎も首をかしげる。
「あのな、彼女は俺たちに拉致されたんだぞ、このまま記憶いじって返しても、何か吹き込まれたと思って口封じに殺されかねない、だから、俺たちが保護するしかない。そもそも俺たちの存在自体、世に出れば、国は国際的に批判される。そうなったら今の国が持つと思うか?必死なんだよ。あいつらもばれたら終わりなんだから。」
なるほど、と二人して手を叩く。
「わかったら明日の作戦会議をするからさっさと集まれ。あんたはどうする?ここに残ることもできるぞ」
ハジメが滝崎に訊くと滝崎は決意に満ちた声で言う。
「私は真実が見たい。父さんがやりたかったことを私が引き継ぐ。」
それを聞いてハジメは部屋へと向かった。
部屋に入ると壁にプロジェクターが本社の構造図を投影していた。シキとフタバと一人の体格の良い青年が椅子に座ってた。
「お姉さんも参加するの?」
シキがサンペイに視線を向ける。
「彼女の希望だ。」
視線を受けたサンペイが答えた。滝崎とハジメが席に着く。滝崎はなぜサンペイが席に着かないのか疑問に思ってると。サンペイが作戦の説明を始める。
「俺たちが襲撃をかけるのは早朝5時、余計な一般社員が出社してくる前だ、警備隊が本社には常駐してる。まずこの警備隊を無力化する。警備室は正面玄関を入ったすぐ右手にある。そこには常に5人警備隊が常駐してる。正面から突入し、俺達放電系が遠くから警備室に向かって放電して、一時的に連絡不能にする。フタバとハジメの操作系は身体能力を強化して一気に警備室へ、警備室を制圧したらまず連絡経路を破壊する。その後本命の管理本部へ、そこには数名の研究員と警備隊が常駐している。扉は電子ロックされているから、フタバがハックして開ける。侵入したら、警備隊を放電で無力化する。管理本部でプラントの場所と仲間たちの場所のデータを見つけたらこのUSBにコピーする。」
そう言いながらサンペイは黒いUSBを見せながら説明を続ける。
「データを奪取したら、即時撤退する。これをすべて2時間で済ませる。作戦後この町を即座に離れる。」
サンペイは説明を終え周りを見渡す。すると滝崎がサンペイに質問する。
「放電系とか操作系ってなに?」
「説明してなかったのか?」
滝崎の質問を受けて、サンペイはハジメに問いかける。ハジメは頷き「サンペイが説明しろ」と送ってくる視線が雄弁に語ってた。サンペイはため息を吐きながら、説明する。
「放電系は体内で発電した電力を体外に放電できる人間のこと。この中だと俺とシキとユウスケがそうだな。」
体格に良い青年が名前を呼ばれ、滝崎にお辞儀をする。シキは特に何するでもなくボーッとしている。
「操作系は、体内で発電した電力で身体能力や身体機能を強化できる人間のこと、他にも電子機器にハックしたり、他人の頭をジャックして記憶を消したり、記憶を覗いたりできる。この中だと、フタバとハジメが操作系だ。特にハジメは第一世代だから操作系の中でも随一の実力」を持ってる。」
疑問が解消した滝崎はサンペイにお礼を言う。サンペイがもう質問が出ないことを確認すると、最後に付け加えた。
「作戦は以上だ。仲間を救おう!」
サンペイの声が部屋にこだまする。みんなが了解と言い席を立ち、それぞれの部屋へ戻っていく。滝崎はハジメを捕まえ疑問に思ってたことを訊いてみる。
「なんでサンペイ君が作戦を説明してたの?」
「何でって、サンペイがこの集団のリーダーだからだよ。」
滝崎は驚いた。ずっとハジメがリーダーだと思っていたからだ。
「あなたじゃないの?」
「俺は、あいつらとは別の目的で動いてる。その目的が達成されるまでは協力するっていう約束なんだよ」
ハジメはサンペイ達の背を見ながら答えた。「じゃあなしっかり寝ろよ」と告げ、ハジメも部屋に戻っていく。滝崎も拘束されていた部屋に戻り、いろいろ衝撃が有り過ぎて疲れていたのか、ベットに入ってすぐに泥のように眠った。