思い出す約束
ハジメは消えゆく意識の中、昔のことを思い出した。そこには小さいレイが湖の写真を見ながら自分に語り掛けていた。
「私、もしここから出られたら、こんなきれいな湖の近くで暮らしてみたいなぁ」
そう言いながら自分の方を見るレイはヒマワリのような笑顔だった。きっと自分もレイに笑いかけているだろう。今度は自分の幼い声が響く。
「じゃあ、おれが見つけてきてやるよ!」
「ほんと!」
レイが心底嬉しそうな声と満開の笑顔で言う。
「じゃあハジメも一緒に暮らそう?」
笑顔のままレイが付け足す。
「何で?」
ハジメが聴くとレイはもじもじしながら口を開く。
「た・・たのしそうだから。・・ダメ?」
「いいよ!楽しそうだし」
自分が答えると嬉しそうにレイは小指を差し出す。
「約束だよ!」
自分も小指を差し出し、指切りをする。
「おう!」
ここで、ハジメは自分の体に暖かい液体が落ちたのを感じ、消えそうな意識を手繰り寄せて目覚めるとそこには泣き腫らしながらいまだ涙を流し続けるレイがいた。
泣きながら突き落とそうとするレイに目を覚ましたハジメが、口を開いた。
「なんて顔してんだよ。レイ。」
口を開くと同時に、右手を驚いているレイの後頭部に手を回して抱き寄せる。そして、電気を流す。レイから力が抜け、気絶した。
「驚いたね♪まだ生きてたなんて♪」
志熊が全く驚いた顔もせずトランシーバーに手をかける。
「でも、詰めが甘いよ♪気絶させたくらいで00号は止まらないんだか・・・」
志熊の言葉を、飛来した電撃が遮った。志熊は今度こそ心底驚いた顔をしてハジメを見る。ハジメの右手がバチバチと音を立てる蒼い稲妻に覆われていた。それが先ほど電撃を飛ばしたのがハジメであると証明していた。
「なんであなたが・・・・」
訊ねようとする志熊にさらにハジメは電撃を飛ばす。電撃は志熊のトランシーバーに当たり、トランシーバーは粉々に破壊された。
「これで・・・・お前の・・・武器は・・・無くなったぞ・・・志熊・・・」
血だらけで、立っているのもやっとのハジメは力を振り絞ってレイを抱き上げ、言葉を切れ切れに紡ぎながら一歩一歩確実に志熊に向かって行く。そんなハジメを見て、志熊は恐怖した。彼女の中で今まで自分のおもちゃだったものが得体のしれない化け物に変わった瞬間だった。恐怖のあまり上ずった声をハジメに投げつける。
「なんで操作系のあなたが放電できるのよ!」
志熊は後ずさりするときに、つまずき転んでしまう。そこにレイをゆっくりと下ろした、ハジメが追いつき無機質な目で志熊を見下ろし、かすかに笑みを浮かべる。
「ウザい口調・・・が変わってるぞ・・・・まぁ・・いい・・・・これは『蓄電』・・・だ・・・・」
「畜・・・電?」
「そうだ・・・『蓄電』だよ。俺は相手の電撃を・・・ジャックして自分の電気として・・吸収して蓄電することができる。お前が興味本位でやった・・操作系と放電系のどちらが強いのかを知るための戦闘実験で目覚めた能力だ。」
この短時間で回復してきたのか、流暢に話せるようになってきたハジメが志熊に説明する。
「あり得ない!そんな現象を私が見逃すはずがない!」
未だに、しりもちをついた状態の自分を見下ろすハジメに怒鳴り声をあげる。すると、ハジメがおもむろに志熊の足に右手を向ける、何をしようとしているのか感づいた志熊は起き上がろうとするが遅かった。ハジメの右手から電撃が放たれ両足に激痛が走る。あまりの痛さに声も出せずその場で暴れる。そんな志熊を無視してハジメが口を開く。
「相手の電撃を自分の電気にできると言っても、一撃に込められている電力の三割だ、しかもジャックするためには電撃を受けなきゃならない。吸収できなかった残りの七割は普通にダメージとして食らう。使い勝手の悪い能力だ。」
そこまで説明してハジメは志熊に右手を向ける。自分の死を自覚した志熊はハジメに向かっていやらしい笑みを浮かべ口を開く。
「あなた達は自分たちを人間だと主張してるようだけどね、あなた達は五年前無抵抗の人すら殺してる。あなたたち自身が五年前のあの日、自分たちは人間じゃないと示したのよ。自分たちは人間にとって脅威になると自ら示したの!誰が自分たちの命を脅かすような連中を仲間と認めるの?世界は認めないわ絶対にね。」
ハジメは、冷たい眼差しで志熊を見下ろしあきれたようにため息をついた。
「あいつらは無抵抗の人間を殺してない。五年前、無抵抗の研究者を皆殺しにしたのは俺だ。あいつらは攻撃してきた奴しか攻撃してない。お前らから逃げきれた後、サンペイはずっと手を洗ってた、血がとれない気がするってな。シキは脱水になる一歩手前まで吐いてた。あいつらには、人を殺すことの忌避感がちゃんとあるんだよ。あいつらはちゃんと人を殺すことを躊躇える。というか人間だって人間を殺すだろ。」
「じゃあ、あなたはどうなのよ!」
志熊の顔から嫌らしい笑みが消え、ヒステリックに叫んだ。
「人間を殺す忌避感なんてねぇよ。お前らが俺達に実験と称してしたことを忘れたのか?人間になりたいなんて、毛ほども思わないね。お前らと同じとか反吐が出る。目的の邪魔になるなら女子供だって平気で殺せる。」
「危険思想ね・・・この化け物が」
志熊が吐き捨てるように悪態を吐く。
「お前も十分化け物だろうに。俺は自分が人間だろうが化け物だろうが人類の脅威だろうが何でもいい。レイの願いを叶えられるなら何でもいいんだ。レイが幸せならそれで良いんだよ」
ハジメはいまだ倒れているレイに目を向け、また志熊に戻す。右腕に蒼い稲妻が奔り始めた。それを見た志熊は、「ヒィッ」と小さく息を詰まらせると声を上ずらせ、自棄になったようにハジメに言葉をぶつける。
「そんな存在が!レイを幸せにできると思ってるの!絶対に無理よ!化け物と一緒にいたら不幸になる!あなたじゃ!レイを幸せにすることなんかできっこない!」
そこまで聴くとハジメはわずかに自嘲気味な笑みを浮かべる。
「そんなこと分かってる。だからここでサヨナラだ。」
ハジメが右腕を志熊の法へ向ける。
「安心しろよ。一人でなんて逝かせない。殺して終わりなんて生温い。殺した上であの世でも何回も何回も殺してやるよ。人を道具として弄んだ化け物と人を殺しても何も感じない化け物はここで消える。それが世界のためだろ?」
ハジメの右腕の稲妻が膨れ上がる。
バチィ!
銃声よりも大きな音が響いた。