偏光レンズ恋愛事情
「いいかい? ここを良く見るんだよ?」
僕はそう言いながら、彼女から借りたルージュで自分の額にⅩを描いた。鏡は見てないけど、きっと綺麗なⅩ印になったに違いない。
「ここに向けて、撃つんだ。んー、違うな。撃つんじゃないな、絞り出す感じかな。
最後くらい愛情を向けてくれてもいいだろ? 最後の一滴を絞り出す感じで、愛を込めて。」
「そんなこと、出来るわけないじゃない! なんでそう極端なの? 1か0なの?
あなたの頭の中は! アナログなの?」
彼女の眼は、怒りなのか哀しみなのか、涙を浮かべながら僕をにらみつけている。そういう表情も、僕が彼女を愛する一因となっていることを彼女は知らないだろう。
よく見ると彼女の手が震えている。やれやれ、拳銃が重たそうだ。でもその拳銃を彼女が離さないのは、彼女の愛情が拳銃を吸いつけているせいだろうな。不思議なもんだ。
「んー、いいかい? 君は僕と別れたいといった。僕にとって君との別れは死を意味する。
もちろん僕だって死にたくない。それに別れたくない。」
僕はいったん言葉を置き、椅子に腰掛けた。
「でも君は僕と別れたいんだろ? じゃあ覚悟を決めなきゃ。
終わらせるってことはそういうことだよ。」
僕は引き出しから封筒を取りだし、僕がこの後に転がる予定のベットの上に放り投げた。
「その封筒の中に、これからの処理についての指示書がある。
昨日、君からの電話の後で書いたんだ。君が犯罪者にならないようにするためと、僕の存在をこの世か ら消滅させるためだよ。
当たり前のことだけど、愛する君を犯罪者にしてこの世を去るのは、あまりに忍びない。
たとえ過去の男になるとしても。」
僕は立ち上がり定位置についた。
これで僕の肉体が最後まで正直に生きてくれれば、ベットの上で死を迎えられるはずだ。
希望通りの人生だ。
「ごめんな、最後まで止められなかったな、煙草は。」
僕は煙草に火を着け、深く味わった。煙だけが冷静に、忠実に天に迎えられる。
「さあ、これで準備万端だ。なるべく早く頼むよ、二本目の煙草はあまりおいしくないんだ。」
「バカじゃないの! だからもう私はたくさんなのよ! あなたには!」
そう叫びながら、彼女は拳銃を僕に投げつけた。
おいおい、拳銃は撃つ物で投げるものじゃないだろ。
僕はとっさで拳銃を受け止めることが出来ず、拳銃はとっさで本来の機能を果たすことが出来ず、僕の左ももを直撃した。
それが今から15分ぐらい前の出来事だ。
やれやれ、僕はまた出ていった彼女を追いかけ、慰めてやらなくちゃいけない。
毎度毎度、傷ついているのは僕で、慰めるのも僕の役目だ。
僕は彼女を慰めるために、今回はケーキがいいのかフルーツがいいのか考えた。
額のⅩ印を消しながら。
彼女を深く愛しながら。