赤い話
「私は、不毛な人間ですから。」
初老の男は僕に視線を合わせず、ちりちりと燃える暖炉に話しかけていた。
僕は『不毛』と聞いて、『とはいえ彼の頭髪は、それはそれは立派な白髪だな』と感心していたのだが、そう応えるわけにもいかず、黙ってカフェオレを一口飲むことで、相槌の代わりとした。
「とりわけ何も成し遂げず、正義を行うわけでもなく、悪を行うわけでもなく生きてきました。もちろん、戦時中は兵隊として働きましたが、そこに善悪は持ち合わせておりませんでした。そういう時代でしたから誰もがそうでした。ただただぜんまいを巻かれて鉄砲を撃っていたのです。」
『戦時中の話を、もっと聞きたいな』と僕は思ったが、なかなか手先が暖まらず、冷たいままだったので、僕はそのまま黙って彼の話を待つことにした。
「そんな私でしたが、そんな私ですから他人を裁くようなことなど、とてもとてもおこがましいことなのです。しかしあの日に関しては、あの男に対しては許せんかったのです。」
初老の男は、それまでと違って怒りとも哀しみともつかない目で僕の手を見つめた。その瞳は暖炉の炎を纏って赤々と燃えていた。
僕は『あの瞳で見つめられれば、ひょっとしたら僕の手が暖まるかもしれない』と思って、手先を擦り合わせながら、その視線を受け止めた。初老の男は僕の手の動きに呼応するように、話を続けた。
「もしかしたら、許せなかったというのは間違いかもしれません。怒りや憎悪、殺意のような赤いものが私の奥底から湧き上がってきたのです。」
そしてそれ以降、初老の男は口を閉ざしてしまった。視線をまた暖炉に戻し、まるで最初から話などしていないかのようだった。僕の手は相変わらず冷たいままだったけど、これ以上の結果は望めないだろう。僕は話を打ち切ることにした。
『ありがとうございました。どうかお元気で。』僕は声には出さず、深く一礼をした。
席を立ち初老の男を見つめたが、最後まで彼とは目を合わせることはなかった。
結局、父の死の真相は、赤い闇に飲まれたまま浮かんでくることはなかった。それはそれでそういう運命であったのかもしれない。きっと父は彼に殺されたのではなく、『赤い闇』に殺され、彼も父を殺したのではなく『赤い闇』を殺したのだろうと思った。
ちりちりと燃える暖炉だけが、赤く僕を見送り、赤く初老の男を受け入れていた。




