乙女ゲーに転生してたらしい人の話。
乙女ゲー設定をオッサン好きが書いたらこうなった。
連載化しましたー!→https://ncode.syosetu.com/n9164ek/
さて、どうしたもんか。
冷静に考えてるつもりでも、未だに何の考えも浮かばない事から、俺は今までに無い位のパニック状態になってんだろうと思う。
吉田祐一郎、38才、独身。
職業、私立学園高校事務職員。
名前からも分かるように勿論、性別は男。
つーか、まあ、悲しい事に世間一般で言う、オッサンになるだろう。
認めたくねぇやナ、あと二年で二度目の二十歳が待ち受けてるとか。
……んな事ァ今は良いとして、だ。
そんなオッサンが頑張ってダンボール箱に書類をブチ込んで、それを事務室のロッカーの上に置こうとしたら、手が滑ってソレが脳天に落下して来やがった。
首の骨がイッちまうかと思ったが、なんとか持ち堪えてダンボール箱を支え、書類をブチ撒ける事態にはならなかったものの、今現在、それすらどうでも良くなるような事態に陥っている。
結構な重量の箱が脳天に直撃した衝撃かは知らんが、一人の人間の人生が頭の中に雪崩れ込んで来たのだ。
一人の女が、産まれて、死ぬまで。
そこまでは百歩、いや、千歩譲って良しとしてやろう。
俺はそんなに心の狭い奴じゃねぇ。
だが、“腐女子”とか、“貴腐人”ってなんだ。
いや、意味は知ってるよ。
むしろついさっきまで知らんかったわチクショウが。
頭の中では自分がオッサンな事にも、前が腐女子だった事にもビビっちまってもう大混乱だ。
かたや、若い頃はちょっとヤンチャした覚えもあるが、まぁ真面目に勉強して適当な大学を出て、真っ当な就職をしたオッサン
かたや、中学で黒歴史ノートを作成し、高校で出来た友人の影響で腐り始め、トントン拍子に腐海へとダイブして行き、大学でも腐仲間と共に薄い本を量産、最終的に自分の部屋の溜め込み過ぎた薄い本に押し潰されて死んだ女
あんな薄い本が、積み重なると物凄ェ体積と重量と密度になるなんて、知ってたけど、自分の身で知りたくなかった。
圧死なんて最悪以外の何でもない。
死んだ後、薄い本達は腐仲間にきちんと分配されたんだろうか。
PCは、誰か、お願いだ、どうかぶっ壊しててくれ。
いや、………うん、なんだこれ。
なんでこんな事態になってんだか意味が分からん。
いや、もう真面目に意味が分からん。
別に大事じゃねぇがもっかい言いたい。
意味が分からん。
前世の記憶と今の記憶がシャッフルされて訳が分からない。
二重人格という訳じゃ無く、なんて言うか、思考が2つに増えた感じだろうか。
ベースは今世である俺の方にあるから、考え方と知識が増えた、みたいな、なんかそんな感じ。
ズキズキする頭と首を無理矢理無視して、衝撃でか若干ズレた眼鏡を直す。
とりあえず自分を落ち着ける為に胸のポケットに入れていた煙草の箱を取り出し、底をトンと軽く叩いた
その衝撃で飛び出した一本を口に咥え、ズボンのポケットから愛用のオイルライターを取り出す
シュボッと火をつけ、煙草に火をつけようとして、ふと止まった
校内禁煙じゃねぇか、そういや。
つーか事務室は火気厳禁だ、大丈夫か自分。
カチン、とオイルライターのフタを閉じる事で火を消しながら、盛大に溜息を吐いた。
駄目だ、やっぱ動揺してるわ俺。
捨てるのは勿体無いからと、咥えた煙草をそっと箱に戻して、天井を仰ぎ見る。
あ、埃発見。
後でハタキ持って来なきゃだなァ。
……ん、よし、まぁ良い、今考えても仕方ねェ。
とりあえずは、仕事を終わらせよう。
諦めるようにそんな切り替えをして、一度軽く伸びをしてから自分のデスクに戻り、デスクトップPCを起動した。
すると、微かなモーターの起動音と共にトップ画面が映し出され、ついでに学校名のロゴと校章が目に飛び込んで来て、次の瞬間、なんかつい崩れ落ちそうになった。
いや、うん、普段は何も思わず過ごしてたけどさ、今見たら、コレ、ヤバイ。
さっき流れ込んで来た女の記憶に、この学校名と校章、あるんだよ。
いわゆる、乙女ゲー厶ってヤツだ。
どっかのフツーの女子高生が、金持ちばっかの学校に転入するっつー、なんか良く有るらしいそんな設定の話。
理事長の息子の俺様生徒会長とか、超真面目な風紀委員とか、資産家や華族の出の生徒会役員共を手玉に取りまくる系の、なんかそういうヤツだ。
時間軸も完全に一致してるのが鬱陶しい。
この学園に居るもん、理事長の息子の俺様生徒会長。
なんかめっちゃ話題になってたから覚えてる。
という事は、多分他のメンバーも居るんだろう。
ちなみにゲームのタイトルはそのまま学校名が使われていて、“東雲学園物語〜トゥインクルラブ〜”
…………サブタイ含めてクソダセェ。
ヤバイな、誰だ考えたヤツ。
なんだよトゥインクルって。
ある程度売れて良かったな、そんなタイトルで。
………まぁタイトルは置いとくとして、中身が面白かったから売れたんだろう。
王道っぽい設定なんだが、ネタが多かった。それでいて感動も出来る。
完全にサブタイのせいで手に取り難いゲー厶だった。
あぁ、そうだったそうだった。
いらんわこんな知識。
なんで腐女子が乙女ゲーやってたのかってーと、事もあろうにあの女、攻略対象の男共を掛け算してたんだよクソが。
なんで普通にプレイ出来ないんだ!、と俺も思うが、当の本人も思ってたんだから救えない。
ちなみに推しは真面目風紀委員攻め×腹黒副会長受け。
かなりマイナーだった。
声優に惹かれて買ったはずなのに何してたんだろうな。
あー、マジ要らねーわこの知識。
なんかもう仕事をする気さえも削がれた俺は、せめて気分を変える為にと席を立つ。
PCつけっぱなしだけど、まぁいいや。
うん、便所行こう。
そんでちっと顔洗って来よう。
思い立ったが吉日とばかりに事務室から出た俺は、思わず吐いてしまいそうな盛大な溜息を無理矢理飲み込みながら、用務員室兼倉庫を挟んだ向こうの教職員用トイレへと歩を進めた。
そのまま用を足していた訳なんだが、頭の中では腐った女の思考が
ねんがんの イチモツ を てにいれたぞ!
とか腹立つ事を頭の中に通過させて行った。
用を足す以外での使用は女相手だけだと決めてんだよフザケんな。
ともかく小用を終え、石鹸で手を洗って、ついでに掛けていた眼鏡を胸ポケットに突っ込んでから軽く顔も洗った。
冷たい水が心地良くて、溜息じゃない息が漏れたのだが、
「………………あ?」
若干濡れた手のまま眼鏡を掛け直した時、つい、素っ頓狂な声が出たのは、38年間見慣れた筈の自分の顔を見たからだ。
何この理知的ワイルドダンディ。とは頭の中の腐った女の思考である。
次いで湧いたのは、イチモツ云々よりも数倍の狂喜だ。
切れ長の目に、若い頃はきっとモテたんだろう整った顔立ち、そして、極めつけは、眼鏡。
やだ、何コレ!受けでも攻めでも美味しい!
………じゃねぇよ、なんなんだよ、関わりたくねぇよ、なんなのこの女。ヤダ怖い。
確かに若い頃はちっとばかし遊んだけどさ、ちゃんと全部精算してっし、相手は女だけだからな?
つーか受けとか攻めとか、考えたくもねーよ、やめろよマジで。
本来なら野球でしか出て来ねェ言葉だよちくしょうが。
俺をガチホモにしようとすんじゃねぇ、絶対やだ。
……いかん、なんか頭痛して来た。
事務室に置いてある救急箱に痛み止めがあった気がするので、後で飲もうと思います。
腐った思考を抑え込むようにそっちへ切り替えながら、俺は事務室へと戻ったのだった。
それから、俺がどうしたかと言うと。
別にどうもしなかった。
や、だってさ、俺事務員よ?
仕事の方が大事な訳よ。
なんか頭ン中で腐った女が、何故行動しないのか!生BL!生BL見に行こうぜ!!とか鬱陶しい事を真剣に訴えてる思考が過ぎってったが、んなもん知ったこっちゃない。
大体、行動ったって、事務員とはいえオッサンが無闇に生徒に声掛けたらちょっとした事案だろ。
クビになるじゃねェかどう考えても。
嫌だよ、意外と給料良いんだぞこの仕事。
シフト制だからちゃんと週休二日制だし、めっちゃ良い職場なんだからな。
あと、お前さんが望むような生BLなんぞ、この共学の学園内で拝める可能性皆無だっての。
という訳で、特に何もせず、仕事はきっちりこなす日々を過ごしていた。
が。
それはある日を境に崩壊した。
原因は、俺の姪っ子が、この学園に通っていた事。
しかも、主人公として。
思い出して気付いた、って訳じゃない。
学園で大騒ぎが起きて、中心に姪っ子が居たらそりゃ気付く。
大騒ぎって言ってもアレだ。
事件とか、事故とか、そういうんじゃない。
そうだな、端的に言えば
姪っ子が逆ハーレム形成してた。
あぁ、うん、そりゃあもう見事な逆ハーレムだ。
そういうのを邪魔する障壁になるような人物がいた筈なのになんであんな状態になってんだ。
つーかあのゲームに逆ハールートなんて、…あったわ、そういや。
難易度高過ぎて攻略サイト見ながらでプレイしても滅多に成功しないヤツだよ。確か。
何でかっていうと、逆ハーレムルートに入るとランダムで選択肢が変わるからだ。
何人も居るキャラもランダムで登場するし、全ての選択肢もランダムだし、とにかく運と根気がめちゃくちゃ必要なのだ。
選択肢を間違えると悪役令嬢が現れて、男共の心を弄んだと断罪されるバッドエンド一直線。
故に、よっぽどハマり切ってたヤツしか逆ハーエンドに辿り着けた者が居なくて、幻のエンドとしてネット上で話題だった。
悪役令嬢?なんか居なくて代わりに似たような名前で似たような外見の令息なら居たよ。
令嬢ちゃうんか!とか脳内で腐った女が歓喜してた、鬱陶しいね。
ついでにその悪役令嬢だが、ゲームでは、黒髪ロングストレートの姫カットで、性格悪そうなツリ目ボンキュッボン美少女だった。
だが、同じポジションの今の彼は、黒髪ストレート前髪パッツンの、ツンギレツリ目美少年だ。
めっちゃ美味しい。
いや、ちげーよ、美味しいってなんだ、やめろ。
まぁ今は置いといて、姪っ子が逆ハーレム作っただけなら俺の日常はそこまで崩壊しない。
一番の原因では有るんだが、要因の一つって所か。
つまり。
「聞いているのか吉田祐一郎!!貴様の姪だろう!!何とかしろ!!」
「…そうは言ってもですね、たかが一介の事務員に出来る事なんて皆無でしょう。
大財閥の御曹司や理事長の息子が囲ってるんですよ?」
眉間に皺を寄せたせいで余計に強調されたツリ目の、黒髪ストレート前髪パッツン美少年が怒鳴り散らす。
そんな相手に、冷静な言葉を返す俺。
最初の頃はめっちゃビビってたけど、もう何度もやってる問答なので、彼の怒鳴り声にも慣れてしまった。
姪っ子が逆ハーレムを作った結果、あちこちで問題が発生。
身内である俺に苦情を言いに、悪役令息君が事務室に来訪。
他の事務員は俺に対応丸投げ。
というのが俺の日常崩壊の流れである。
切ない。
「だが、あの小娘は貴様の身内ではないか!!」
ビシッと指差して何度目か分からない言葉を掛けられれば、俺も何度目か分からない返答を返す。
「学校では関わらないように、って家族間で決められてるんですってば」
小娘と呼ばれた俺の姪っ子は、俺の姉の娘だ。
小さい頃、それも赤ん坊の頃から面倒見てたせいか、年頃のあの子に対して接近禁止命令が姉から発令されていた。
身内でしかも女子高校生に興味なんぞ微塵も無いけど、教育に悪いとか言われたら納得しかしない。
俺が過去ヤンチャ過ぎたのが原因だろう。
自業自得ってヤツだ。
やっぱ10股は駄目だった、もっと控えめに3股くらいで修羅場も少なく遊ぶべきだった。
そうだよなー、週に一回は顔にビンタ痕付けて、時々刃傷沙汰起こされるような男、娘に近寄って欲しくないわナ。
まあ、何もかも後の祭りである。
「家族なら尚の事、間違いは身内が正すべきだ…!、このままでは、彼等はこの学園からも、社会からも追放されてしまう…!」
「……なんだって?」
悔しげに、まるで苦い物でも口に入れてしまった子供のような表情で、絞り出すみたいに発された彼の言葉が予想外過ぎて、思わず聞き返してしまった。
いやいや、ちょっと待て、今のは初耳だったんだけど。
彼等、って攻略対象者の事だよな?
追放?何それ?そんなエンドあったっけ?
ネットで見た限りでは、逆ハーレムエンドは皆でキャッキャウフフしてる楽しそうな感じだったぽいけど、それが何でそうなるんだか分からず、思わず聞き返す。
「…分からないか?あの小娘は彼等の邪魔をしているのだ」
苦虫を噛み潰したような表情でそう言う彼に、すっと頭が冷えた。
「………邪魔、ねぇ。具体的には?」
とりあえず、話を聞く耳くらいは持ち合わせているので、聞くだけ聞いてやろうと先を促すと、彼はひとつ息を吐いてから、改めるように居住まいを但し、口を開いた。
「この学園は、上流階級の縮図だ。上に立つ者は下の者を従え、先導して行かねばならない。」
ふーん。
説明を聞いて、浮かんだのはたったそれだけだった。
何せ、そんなモノはこの学園で仕事をしていれば分かる。
むしろ、だからどうした、という感覚しか無い。
だからこそ、相手が何を言いたいのか、大体の予想が付いてしまった。
「つまり、ウチの姪っ子は、相応しく無いと?」
「違う!最早そんな問題ではない!」
多分これが原因だろうと言ってみた言葉は、なんか思っクソ否定されてしまった。
半泣きの涙目である。
何この子美味しい。
いや、違う、やめろ。
あっれー、なんだ?なんか雲行き怪しくなって来たぞ、どういう事だコレ。
いかんな、ちょっと先走ったか。
冷静に聞こう。
「あの小娘が、彼等の心の闇を晴らし、救ってくれた事は本当に喜ばしい事だ」
あ、一応ヒロインとして攻略対象全員の問題解決したのか。
まあ、そうじゃないと逆ハーレムなんぞにならんよな。
ゲームと違って現実だから、ランダム選択肢とか関係無いし、偶然そうなったとしてもおかしくない。
「だが、結果生徒会や風紀委員の仕事が滞っている!生徒達からの信用は下がるばかりだ!」
いや、ちょっと待て、何してんだ生徒会と風紀委員。
仕事はしろよ。
「注意したらしたで僻んでいると取られ、鬱陶しがられ、彼等は全く聞く耳を持たない!」
えええ。
「小娘が生徒から軽い嫌がらせを受けているせいで、生徒会批判は全てその延長と取られている!」
嫌がらせは、まあ、庶民がこの学園に通う上での通過儀礼とはいえ、そりゃあダメだろ。
何、男共は馬鹿ばっかなの?
「っ…もう、どうしようもないんだ…!」
「……………そうかい。」
極力関わらないようにしていたせいで、今この学園で何が起きているのか、姪が一体どんな問題を起こしたのか、全く情報が無い。
だが、この少年がここまで憔悴しているのなんて初めて見た。
ゲームでの悪役令嬢は、気高い薔薇のような真っ直ぐな少女だった。
厳格で真面目で、ヒロインに真っ向から挑んで来るタイプの、口は悪いけど根はいい子。
悪役でありながら、ライバルでもあったのだ。
その性格がそのまま彼に反映されているとしたら、つまりは、そこまで酷い状態という事なんだろう。
…ちょっと、失敗したかもしれん。
乱暴に自分の髪を掻き乱しながら机の上に置いてあった煙草の箱と、オイルライターを手にし、席を立つ。
「吉田祐一郎?…どこへ行く?」
「煙草を吸いに」
「校内は禁煙だ!」
知ってるっつの、俺を何だと思ってんだこの坊ちゃんは。
この学園の事務員だぞ?
がしがしと乱暴に頭を掻き乱しながら溜息混じりに口を開いた。
「……はァ、空気読めよ」
そう告げたその瞬間、彼は一縷の希望に縋るような、切羽詰まった必死な表情で俺を凝視した。
「…どうにか、してくれるのか...っ?」
藁にもすがるような思いだったのだろう。
それは、高貴な筈の令息が、余りにも不憫に見える程の憔悴っぷりに、良心の呵責に苛まれてしまう程で。
いたいけな少年が頑張って、わざわざ大人を頼っているんだから、ここで一肌脱ぐのが大人ってモンだろう。
物理的にじゃないんで脳内の腐った女の思考はスルーさせて貰う。
それはさて置き、やる事をやる為に、脳内でやる事リストを作成する。
伊達に五年務めてない。
そんな事は通常業務で慣れきっていた。
「……何をするにしてもまず、情報収集が必要だ。」
「それでは…!」
味方が増えた事に対して喜色を表情に滲ませながら、少年はキラキラとした表情で俺を見詰める。
「...変に期待すんなよ?、一介の事務員に出来る事なんぞたかが知れてるんだからな。」
「…それでも……何もしないよりはマシな筈だ…!」
まあ、幼馴染が道を踏み外そうとしているなんて、彼には受け入れられなかったのだろう。
何処か嬉しそうに、そして、意を決した様子で俺を見詰めた。
「...だから、期待すんなっての。じゃあな」
そんな風な少年に一瞥をくれる事無く、俺は事務室を後にしたのだった。
さて、まずは情報収集を最重要事項とさせて頂こう。
面倒だが、姉には頭が上がらないので、姪っ子に関して報告しておくべきなのは確かなのだ。
そして俺は、当たり前の様に情報収集の為に動き出したのだった。
そんな俺の姿を見送った少年の瞳はキラキラと輝き、尊敬の眼差しを向けていた事に、俺は全く気付かないまま、情報収集の為に事務室から学園内へと出立したのだった。
そして、誰も居なくなった事務室で、少年はぽつりと呟く。
「あれが、大人...!カッコイイ...!」
その呟きを拾った者は誰一人としていなかった。