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果てしなく遠く

作者: 宮原周一

この時がいつか来るって知っていた。

私の命はもうすぐ尽きる。

それなのに、何も感じないのはどうしてだろう?

たくさん読んだ本で、登場人物はみんな死を恐れていた。

歴戦の戦士も、どこかの高校生も、人ならざる化け物ですら

死を恐れ、生に執着したというのに。

「どうして私は空っぽなんだろう」

恐怖どころか実感すらわかない。

病死や衰弱ならまだよかった。

なのに、どうして私は死ぬ直前までこんなにも元気なのだろう。

いっそのこと今ここで死んでしまうのもいいんじゃないかと、そう思える。

寿命でぽっくり死ぬぐらいなら、最後は自分で選んだ死に方が良い。

都合のいいことに、目の前は柵を隔てて崖になっている。

ここから落ちれば、ほぼ確実に死ねるだろう

「お嬢さん、そんなに近づいたら危ないですよ」

誰もいないと思っていただけに突然声をかけられて驚いた。

振り向いた先にいたのは、白衣を着た男だった。

「失礼、ただの医者ですよ。ところであなたの寿命、もし残り少ないなら私の役に立ってくれませんか?」

目の前にいる男は、私にとってとても興味がわいてくる男だった。

「いいよ。二時間ぐらい前にゼロになっちゃったし、あなたに協力してあげる。何をすればいいの?」

「簡単ですよ。この書類にサインして、私に殺されてくれるだけでいいんです」

それはとても、魅力的な話だった。


「どうしてですか!なんでダメなんですか!」

「だから!私怨での殺人は許可できないと言ってるんですよ!」

「遼は同意なしで殺されたんです。それなら私が遼の代わりにそいつを殺したっていいじゃないですか!」

「それが私怨だと言ってるんですよ!それに両者の間で同意書が交わされているんです。警殺としてはこの件に関して何も問題ないものとして処理をしました。これ以上あなたの話にはつきあってられないんですよ」

そういうと、警備員が美鈴を無理やり建物の外へ追い出してしまった。

俺はそれを見て、ため息をつきながら追いかける。

「もー、何なのよ!私の話が聞けないってわけ!?」

追い出されてなお美鈴は鼻息荒く憤っていた。

その気持ちもわからなくはないが、少しやりすぎているような気もする。

「まぁまぁ落ち着いてよ」

「あんたが落ちつきすぎなの!遼が殺されたのに、あんたは何も感じないってわけ?」

さすがに、それには俺も怒らずにはいられなかった。

なぜなら遼という人間は美鈴にとって大切な人間だったけれど、俺にとっても大切な人間だったんだから。

「感じてないわけないだろう。ただ、今のお前は現実を受け入れずただヒステリックに喚いてる女にしか見えないよ」

遼が死んだ日からすでに五日。

死因が寿命ではなく殺人だと知ってから美鈴は毎日警殺を訪れ今日みたいに大声を出して喚き続けたのだ。

「遼は寿命がゼロになる直前まで元気に生活していた。寿命で突然死ぬくらいならだれかに殺されたほうが良い、そう考える人だっているんだ。遼もその一人だったかもしれないじゃないか」

「でも、私何も言われなかった。寿命が少ないなんて聞いてない。さよならだってしてないんだよ?」

遼は美鈴に別れを言わなかったらしいのは、美鈴が遼の死を知った時に初めて分かった。

俺は遼が死ぬ前日に話を聞いていたし、そのあと美鈴にも半紙をしに行くんだといって別れたから、てっきりみすずは知っていると思っていた。

「じゃあ美鈴は遼の寿命が少ないってわかったらどうした?多分、今と変わらない事すると思うよ」

大切な人を1人失って悲しいのはわかる。

五日もこうやって騒ぎつづけたのもそのショックからだろう。

けど、それに俺を付き合わせ続けるのはもう勘弁してもしい。

彼女には必ず誰かが必要で、量が死んだ今そばにいられるのは俺しかいない。

無意識のうちにそれをりかいして行動するからたちが悪い。

「俺はもう帰るよ。やりたいこともあるしこれいじょうは一人でやってくれ」

踵を返し、少し早足でその場から離れる。

やりたいことなんてない、けれど早く彼女をこの場所から引きはがす必要があった。

そうしないと、あの時みたいに彼女が壊れてしまう。

「まって!行かないで!!」

後ろから抱き着かれる。

その勢いに前に倒れそうになるけれど、何とか耐えた。

「行かないで、私を置いていかないで。一人にしないで」

「置いて行かれたくなければ、ついてくればいいんだよ」

「それでも、置いて行かれるのは嫌なの」

「じゃあ、手をつないでいてあげる。だからもう行こう。どうせお墓にも行ってないんでしょ?」

背中にこすりつけるように彼女が頷いたのを確認して、手を取る。

二人並んで、遼の墓参りをしに。


「ねぇ正志、話があるんだけどさ」

呼び出されたのは、近くの高台。

「あ、実はうすうす感づいてたりする?そう、もう寿命無いんだよね。あと数日ってとこかな」

昔から三人で遊んだ思い出の場所。

「先に死ぬの、ちょっとだけ悪いと思ってるよ。これからは一人で頑張ってね」

崖が危ないからと設置されたフェンスに寄りかかって、こちらを向いた顔は逆光で表情がわからなかった。

「美鈴にはこれから伝えるつもり。多分見られたくないと思うから、正志は見ちゃだめだよ。たぶんみっともないことになってるだろうし」

用件はそれだけだから、と追い払うように手を振られた。

「じゃあ、さようなら親友。本当はそれ以上を望みたかったところだけど、どうにもいろんな壁が破れなかったのが残念だよ」


「正志?」

「うん」

遼との別れ際のことを思い出して、ついボーっとしてしまっていた。

「話聞いてなかったね?罰として携帯を出しなさい」

「はいはい」

実際話など聞いていなかったし、今回ばかりはしかたない。

「んー今回は誰を消そうかなー。この明美って人にしようかな」

「やめろそれは俺の母さんだ」

「嘘吐き。くだらない嘘つくと二つ消すよ」

美鈴は俺の携帯に他の女性のアドレスが入ってるのが気に食わないらしく、ことあるごとにバツゲームでアドレスを消そうとしてくる。

バックアップはとってあるし消されても問題はないのだが、そういう事に関してだけやけに記憶力がよく「この人消したはずなんだけど?」と詰め寄ってくるのが怖いから最近はもう復旧させないことにしている。

「よーしっ、これであと13人だね」

それに、実は何人か男と間違えそうな名前も入っている。

全部消されることはないだろう。

と、思ったのだが。

「なっ、お前…」

「私が名前だけ見て消す人選ぶと思った?ちゃんとメール内容とかも見て消してるんだからね」

メールも消しておくべきだったか。

いやしかし、そんなことはできないし。

「正志の携帯から女の子のアドレスが消えさるまでどれぐらいかなー」

美鈴が喜んでくれるならうれしいことではあるけれど、そのうちメールする相手が美鈴だけになってしまうのではないかとおもうと少し複雑だ。

「もう遅いし帰ろ?」

「そうだな」

アドレスが人巣減ってしまったのはさておき、とりあえずは一安心だ。

「元気になったみたいでよかったよ」

「うん、お墓見たらね、もう遼はいないんだって実感した。私がどんなにあがいたって戻ってこないんだって。だからもうやめることにしたの」

まだ遼を失った悲しみはのこっている。

それでも少しだけ前を向いてくれたのがうれしくて、美鈴の頭をなでながら帰った。


「で、どこまで着いてくるの?」

「正志の部屋まで」

「いや、自分の家に帰ろうよ」

「帰ったら一人ぼっちだから」

そういえば、今まで美鈴は遼と一緒に暮らして居たんだった。

「でも、昨日までは一人だってでしょ?」

「一回も家に帰ってないから。友達の家に泊まり歩いてた」

どうりで部屋に行っても返事がないわけだ。

寝ているんだとばかり思っていたけど居なかったなら返事があるわけもない。

「だから、今日から正志と一緒に暮らす」

困ったことになった。

遼なら美鈴と暮らしても問題なかったけれど、俺は困る。

何といっても俺は男だ。

男と女が二人で同棲なんて世間体とかなんやかんやとかいろいろ問題がある。

でも、美鈴を1人にするわけにはいかない。つ

「じゃあ、しばらくは一緒に暮らすしかないか」

そう言って美鈴を家に入れる。

ふと、前に美鈴と二人きりになったのはいつだっただろうかと思った。


その日の夜は懐かしい昔の夢を見た。

美鈴が一緒に寝ようとか言って布団に入って抱き着いてきたからだと思う。

気になって眠れないんじゃないかと心配したけれど、思いのほか安心できてすぐに眠ってしまった。

思い出せる限り一番古い記憶。

遼と美鈴の二人に手を引かれ、施設の中を走り回った時の記憶。

施設を出て一人暮らしを始めるときに、美鈴が近くじゃないとダメだと駄々をこねたときの記憶。

三人とも同じクラスになった時の記憶。

いつでも三人で一緒だったのに遼だけが先に行ってしまった。

遼に別れを告げられた時、さみしいという感情と共に置いていかれるという焦りがあった。


心地よい寝起きだったのにその直後急激に目が覚めた。

美鈴がいない。

時間はまだ七時で、美鈴がいつも起きる時間よりかなり早い。

部屋中を探してもいない。

慌てて飛び出そうとして、玄関に靴があるのが見えた。

外には出ていないらしい。

どうにか心を落ち着かせて、くまなく部屋を見渡せば、トイレの前に美鈴が使っていたスリッパがあるのが見えた。

自分で荒らした部屋を片付け、また布団へ戻る。

睡魔がゆっくりとやってきたころに美鈴が戻ってきた。

「どうしたの?なんだかうるさかったみたいだけど」

「美鈴がどこかに行ったんだと思って」

「どこにも行かないよ。これからはずっと一緒だよ」

美鈴が抱き着いてくる。

そのぬくもりにまた俺は眠りについた。


昼になると学校から電話がかかってきた。

呼び出されたのは美鈴だけで、俺は暇になってしまったので死役所へ行くことにした。

遼の死について調べたかったからだ。

死役所の端末で遼のデータを呼び出す。

遼には両親や親戚はいないので、おそらく俺や美鈴なら閲覧できるようになっているはずだった。

住民証を端末に通し、検索すると遼のデータが出てきた。

閲覧は可能だった。

それを一度印刷し、学校の近くのファーストフード店で眺める。

死因は薬物、一昔前に流行った痛みを感じずに死ねるものだ。

最近では所持するのに許可が必要だったはずだけれど、何も問題になっていないから許可を持っているんだろう。

問題の遼を殺した人間は、何度か見かけたことのある名前だった。

山田太郎。

医者として活動する人間だった。

ずば抜けて長い寿命を持ち、各地を放浪しながら寿命の短くなった人間を殺して回るという酔狂な人間で、弟子をとりながらその名前を受け継いでいく。

山田太郎はもう数千年を生きる医者で、今は確か七代目だったはずだ。

膨大な寿命を持ち、その寿命を縮めるために人を看取る医者という人間。

ひとはどんな思いで医者に看取ってもらうのだろう。

突然携帯が震える。

『正志、用事終わったから迎えに来て』

学校の近くに来ていて正解だった。

とりあえず、プリントしたデータは美鈴に見られないように鞄にしまう。

『すぐそこのファーストフード店にいるから』

そう返事して店を出ると、美鈴は校門から出るところだった。

「もしかして待ってたの?」

「ちょっと用事があったからついでにね。呼び出された用件は?」

「補修だって。正志も休んでたのに私だけ」

「残念ながら俺は無断じゃないんでね」

美鈴のお守りをする、と伝えれば俺の行動はある程度勝手が許される。

そういう役割だからだ。

「というわけでこれから三日間補修というわけなんですよ。送り迎えよろしくね」

「了解。あとで時間割教えてくれよ」

その後、またファーストフード店に入り直し、美鈴の愚痴を聞きながらお茶ということにした。

よほど大変だったのか愚痴は二時間に及び、そこでそのまま晩御飯を食べて帰った。


翌日、美鈴を学校まで送るとまた店で資料を見る。

今度は医者という存在について調べようと、インターネットで資料を集めてきた。

納得がいかないとか、遼を殺したことに怒りを感じているとかそう言うわけではなく、ただ知りたかった。

遼の最後を。

遼がどんな風に死んでいったのか知りたくて、その山田太郎という医者に会いたいんだ。

何から調べればいいかわからないからとりあえず医者について調べ始めたわけだけど、特に何も収穫は無かった。

そもそも代が変われば人が変わるわけで、何代も前の山田太郎の習性がわかるとしても今の山田太郎が同じように行動してくれるとは限らない。

基本的に一度訪れた街にはしばらく居つくらしいけれど、一週間ほどで出て行ってしまう場合もあるからもういなくなってるかもしれない。

こんな紙なんか眺めていても仕方ない。

とりあえず遼が最後にいた場所に行ってみよう。


「こんにちは。もしよろしければ私の役に立ってくれないかな」

遼が死んだ高台で、後ろから声をかけられた。

「失礼、冗談だよ。そんなに怖い顔で睨まないでくれよ」

思いがけない遭遇に心の準備ができていなかった。

会えると思っていたら、もうちょっとましな顔ができたかもしれない。

「私が用があるのは死にそうな人だけでね。きみはまだ当分死にそうにないから特に要は無いけれど、君は私に用があるのかな」

髪はぼさぼさで、ひげは手入れをしていない。

白衣とカバンがなかったら医者だとは分からないような人だった。

「一週間ぐらい前、ここで死んだ人がいたんですが、知りませんか?」

「知っているよ。彼女は私が看取った」

「その人の、友人です」

その言葉で、彼の顔が曇った。

「教えてください。どんな最後でしたか?」

「彼女は笑顔で死んでいったよ。親友に嘘をついたまだ、とそのことは悔やんでいたようだった」

死ぬ時まで笑顔、それはとても遼らしい死に際だったんだろう。

それが見れなかったのが残念だ。

「本当なら看取った人の親族に最後を伝えるのが私の流儀なんだけど、調べてみたら孤児だとわかってね。誰かに伝えなければと思っていた所に君が現れた。私としてはうれしい」

「俺は、あんたが来なければよかったのにと思ってるよ」

「よく言われるよ。けどそれでいいんだ。だって私は、自分の命を縮めるために人を殺して回っているようなものだからね」

その言葉に怒りがわいて、他にも聞きたいことがあったけれど俺はその場から離れようと歩き出した。

すれ違う時、その医者は「もうしばらくはここにいるから、何かあったらまたここに来なさい」と俺に言ってきた。

彼を殺したら、果たして俺の寿命はどれぐらい減るのだろうかと、少しだけ思った。


気が付いたらいつの間にか美鈴の補修は終わっていて、例のファーストフード店にいると連絡が来ていた。

「遅いよ、なにやってたの」

「ごめん、寝てた」

「なにそれ、私が必死に補修してたのに昼寝してたの?」

「ごめんってば」

「アップルパイで許してあげる」

多分本気で怒ってるのではなく食べたいだけだ。

「お安い御用で」

せっかくなので自分の分と、コーヒーも二つ。

ミルクと砂糖を二つずつもらい、美鈴のものにミルクを、自分のものに砂糖を二つ入れる。

「うむ、よろしい。明日は遅れないこと」

「はいよ」

そのあと少し話をすると美鈴が思い出したように今日あったことを話してくれた。

「遼の持ち物を引き取る?」

「そそ。学校に置きっぱなしだったものとか、あと遺産とは呼べそうにはない程度の財産的な奴の相続に書類が必要なんだとかで明日の補修のあと正志と一緒に来てほしいって」

「明日の補修の後ね。また同じ時間だっけ?」

「そうだよ。だから遅れちゃダメ」

「わかったよ、遅れない」

そうは言ったものの、明日も遅れてしまうのではと少し不安になった。


「また来たんだね。何か聞きたいことでもあるのかい?」

俺はこの山田太郎という人間のことが好きになれそうになかった。

特にこいつの態度だ。

どうも人を馬鹿にしているような気がする。

「じゃなきゃこんなところまで来ない」

自分の思い通りにいかない、それが一番腹が立つ。

「で、何が聞きたい?」

「お前はなんで医者なんてやっているんだ」

「それはもちろん、自分の寿命を縮めるためさ。君も知っているだろう?私たちは人を殺せば殺した人間の寿命やその方法など様々な基準で自分の寿命が減る。生きるのに飽きてきた私が自分の寿命を縮めるために医者になったんだ」

「それならもっと寿命のある人間を殺せばいい。なぜ死にかけの人間ばかり殺すんだ」

医者について調べて気になっていたことだった。

自分の寿命を縮めつつ、死に際の人を看取る。

それは良いことに見えるが、やってる本人へのメリットは少ない。

「寿命の多い人間なんか殺したって反感を買ったり憎まれたりしまう。それはだめだ」

「寿命が減るならなんだっていいってわけじゃないのか」

「もちろんだ。生きている人間を殺せば周りにも影響がでる。なにより気分が悪い」

「早く死にたいんだろ。気分が悪いとか関係あるのか」

「君は根本的に勘違いをしているね。先代や他の医者たちがどう考えていたかどうかはわからないが、別に私は早く死にたいわけではない」

彼のへらへらと笑っていたような顔が険しいものに変わった。

「私はね、命の有効活用をしてるんだ」

「有効活用だって?人を殺せることが、か?」

「人を殺しても殺しても死ねないことを、さ。」

俺には理解できなかった。

つまり人が殺せることが有益だといっているのではないだろうか。

「君は死の恐怖について考えたことはあるかい?」

「全くないな」

「寿命の減った人なら誰もが考えることだ。君の寿命はまだ余裕があるようだね」

見透かされたように笑われる。

「死とは命の終わりだ。それは人それぞれ違うだろう。病死に衰弱、事故死、天災などさまざまだ。中には寿命が近づいたり生きるのが嫌になって自殺してしまうものもいる。けれど、中には死の予兆など全くないまま寿命を迎える人もいる。そんな人を助けるために自分は存在しているのだと思っているよ」

「死の予兆なしに寿命を迎える?」

「そう、例えば遼という少女のようにね。彼女は寿命を前にして何ら変わりない状態だった。そういう人は一体どうしたらいい?普段と何も変わらない状態で突然訪れる死についてどう思うだろう。そんな人たちに死を与える。それが私の仕事だ」

あいつは最後にあった時笑っていた。

だから死ぬことが怖くないんだと思っていた。

本当はどうだったんだろう。

「さて、君からも少し話が聞きたいな。単刀直入に聞くけど、君の寿命はあとどれぐらいかな?」

「そんなことを聞いてどうするんだ」

「少し思ったんだよ。君の寿命が私の思うより多いなら、君にはぜひ医者になってもらいたいと思ってね」

「それを聞いて、正直に寿命を教えるとでも?」

「いいや、そこまで素直だとは思っていないよ。ただ、君の気持が変わったら私に教えてほしいと思ってね。あと数日でここを出るから、もし気が変わったらぜひ言ってくれ」

「さっさと出ていけ。もしくはくたばれ」

「若者は威勢が良くていいね」

やはり、あの男は好きになれない。

背中を曲げて歩く後姿を見て、そう思った。


急いだもののやはり少し遅れてしまって、学校についたとき校門のところで美鈴が待っていた。

「遅刻しないでって言ったのに」

「ごめんよ」

「またあとでアップルパイね。二個」

「寛大な処置に頭が下がります」

「先生待たせてるから」

よほど怒らせてしまったのかいつもより対応が冷たい。

教室につくまで一度も振り返ることがなかった。

「遅かったわね」

「正志が遅刻したから悪いんですよ」

「すみませんでした」

担任の前でも態度が変わることがない。

これはしばらくおとなしくしてたほうがよさそうだ。


「美鈴、ドア開けてくれ」

「わかった」

担任から預かった段ボールを部屋へ運び込む。

これは遼が学校においていたもの。

あいつ自身の部屋にあったものはこれからトラックで運ばれてくる手はずになっている。

「ごめんね、わがまま言って正志の部屋に押しかけてるのに荷物まで増やしちゃって」

「そういうなよ。俺だって処分したくないさ」

段ボールの中をひっくり返しそれぞれ思い出に浸っていると外に車の止まる音がした。

「俺がやるから美鈴は部屋で荷物の整理してて」

そういったものの聞こえているのか聞こえていないのか。

とりあえず頷いたから聞こえたんだと思っておこう。

その後美鈴はずっと遼の荷物を眺めてばかりで、最終的にあいつのぶかぶかな服を着て眠り始めてしまった。


朝起きるとまだ美鈴は寝ていた。

遼の服を着て、俺の布団をかぶり、丸くなって寝ていた。

朝食の準備をしてもまだ起きてこなかったので布団を引っぺがすことにした。

「美鈴、起きろよ」

いつもなら俺が起きた音で目を覚ますはずなのに、今日ばかりはなんでいつまでたっても起きないのか。

当然だ、布団で寝ていたのは美鈴ではなかった。

ちょうど、美鈴が膝を抱えたぐらいの大きさの布団で作られた人形。

ご丁寧に手と足も作ってある。

その枕元には手紙のようなものが添えてあった。

もう嫌な予感しかしない。

手紙の内容はだいたい想像したものと一緒だった。

寿命が近いので遼のところへ行きます。探さないでください。

こんな手紙を残されては探しに行かないわけにもいかないだろう。

それとも、探しに来てほしくてわざわざこんな手紙を残したのかもしれない。

どちらにせよ、こんなものを見てしまってじっとしていられるほど俺は冷たい人間じゃない。


「こんにちは、お急ぎですか?」

「そうだ、だから話しかけるな」

「ご一緒させていただいても?」

この男は、どうしてこうも腹が立つのだろう。

こいつの目的がはっきりとわかっているのもさらに俺を怒らせる。

「お前には指一本触れさせないからな、ヤブ医者」

「古い言葉を知っているんですね。調べましたか?」

「うるさい」

こいつの相手をしている暇は無い。

横を通り抜け先を急ぐ。

自分の足音とは違う足音が二つ付いてくる。

手を出さなければ良いとでも思っているのだろうか。

振り返って一発殴ってやりたいところだが、時間がもったいない。

こんなところで時間を無駄にしている間に美鈴が死んでしまったら、俺はもうどうしたらいいかわからなくなる。

そう思っていたのに、あの場所にたどり着く前に美鈴は見つかった。

崖が危ないからと設置されたフェンスを飛び越えたのか、崖の下にうずくまって倒れていた。


慌てて駆け寄って抱き上げると、美鈴は全身ぼろぼろの状態だった。

「死ぬのって簡単じゃないんだね」

「普通は寿命が来るまで死なないんだから当たり前だろ」

「そっか。私の寿命、まだちょっと残ってるからなぁ」

その言葉に、胸が詰まる。

「死にたいのですか?」

後ろから声がかかる。

「お前は黙ってろ」

今こいつと美鈴が話をすればきっと美鈴は話に乗ってしまう。

美鈴が死んでしまう。

「仕事柄、死にたがっている人は放っておけないんですよ」

「こいつは死にたがりじゃない。さっさと消えろ」

「死なせてくれるの?」

美鈴が食いついてしまった。

俺のもとを離れて山田太郎のもとへ行こうともがく。

それを俺は必死に押さえつける。

「お望みであれば。私の寿命が縮みますが、可能です」

「お前は死にかけしか相手にしないんじゃなかったのか」

「正確にいえば、寿命が近くて死を望む人、です。死にたがっているのであれば寿命が多少あったって死なせてあげたいと思っていますよ」

「そのかわりお前の寿命が短くなるぞ」

「そういう生き方ですから、仕方ありませんね」

だめだ、話が通じない。

「いいかげんにしろよ、お前に美鈴の命をどうこうする権利はないはずだ」

苛立ちも込めてそういった。

それであいつは引くはずだと思っていた。

「いい加減にするのは正志のほうだよ」

けど、引くことになるのは俺だった。

「私の命は私のもの。私が死にたがってるのに、どうして正志は私が死ぬのを止めるの?そんな権利無いよ」

その力強い声に思わず力が弱まる。

そこから美鈴が這い出し、ふらふらになりながらもあいつのほうを見た。

「私を殺して」


「ねぇ、寿命あとどれぐらいある?」

その質問は確か、美鈴が言い始めたんだと思う。

遼が答えて、二人は同じぐらいでよかったとはしゃいでいるのを見ていた。

じゃあ一緒に死のうねなんて言い出したのはどっちだか忘れた。

けどそうだ、その時俺は嘘をついたんだ。

そのあまりにも少ない寿命を聞いて、俺は俺も一緒ぐらいだよと嘘をついた。

「じゃあ死ぬときは三人で一緒だね」

そんな約束も交わした。

その時は本気で一緒に死ぬつもりだったかもしれない。

けれど今になって命が惜しい。

今までの人生を何十回も繰り返せるほどの命を手放すのが、惜しい。


「お望みなら、いくらでも」

「ありがとう」

俺が口をはさむ余地はなかった。

これは公式な殺人依頼。

『医者』と『患者』による取引だ。

これを妨害すれば俺は警殺に捕まるだろう。

「ではこの書類にサインを」

手慣れた動作であいつが作業を進める。

その間に美鈴は前のめりに倒れてしまい、地面に着く前に俺がそれを支えた。

「あはは、さっきので寿命縮んだみたい」

「無茶するからだよ」

「出来ればさっきので死に切れたらよかったんだけどね」

その言葉に、目をそむけてしまう。

「死にたくない?」

「俺は死にたくない。美鈴にも死んで欲しくない。遼がいなくなってお前も死んだら俺は一人だ」

「これからは、一人で生きていくんだよ」

美鈴の手が頬をなでる。

「死ぬときはみんな一緒って約束したのに。それを破った罰だよ」

俺は何も言えなかった。

あいつが準備を淡々と進め、美鈴は黙ってそれを見ていた。

何度も何度も説得する言葉を考えたけれど、どれもうまく言葉にできないまま、ただ美鈴に死んで欲しくないという思いだけが俺の中にうずくまっていた。

いっそのこと俺も死んでしまえばいいのでは?

そうだ、このまま俺も死ねばいいんだ。

最初からそういう約束だった、ならその通りにするのが正しい。

「おい」

「なんだい、今慎重な作業だからどうでもいいことなら後にしてくれよ。この薬あんまり無駄にしたくないんだ」

「どうでもよくない」

「自分も死にたいとか言い出すんだろう?どうでもいことだよ、そんなことは。少なくとも僕は君を殺せないからね、死にたいなら勝手にどうぞ」

「おい、人を殺すのが仕事なんだろう?死にたがってる人間を殺すのが仕事なんだろ!だったら俺も殺せよ。今すぐにでも死にたい俺も殺せよ!」

それでもあいつは俺を冷ややかな目で見つけてきた。

「僕には、君が死にたがりには見えないね。約束を破ってしまって必死に言い訳してる幼い子供の様だよ。それでも死にたいなら」

そう言って差し出してきたのは、薬の入った注射器だった。

「君が彼女を死なせればいいのさ」

それを見て俺は……


「さようなら、多分またくるから」

三つ並び立つ墓に背を向け歩き出す。

といっても一つはおまけで、用があったのは古い二つの墓だ。

あれから何年経ったかもう数えるのをやめてしまったけれど、それでもまだ鮮明に思い出せる二人の顔。

いつの日か俺が死んだときここに埋めてもらえるよう俺も早く跡継ぎを探さなくちゃな、なんて思うようになったのは、やはりあのヤブ医者のせいだろう。

あの日から俺に生きる意味を与えてくれたあいつには一応感謝はしているんだ。


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