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闘技場のエルフ  作者: 平安亭
7/21

闘技会


 屋敷に戻ると、真っ直ぐに浴室に向かったベルタを見送り、カルが居間のソファーに腰を落とす。

「さて、デビュー戦は、どうなるか。出戦登録もしなければならんな」

週末に行われる闘技会への登録は、女神の日と決められていた。

その日に闘技場に赴き、闘技者を登録する事により――

主催者が対戦相手を決める事になる。

誰と対戦するかは闘技会の前日まで分からない。

主催者は、闘技会が賭けの対象として成立するよう、出来るだけ実力の近い者同士を戦わせようとするが――

デビュー戦に関してだけは、どんな戦いになるかは、誰の予想もつかなかった。

闘技者のデータが全くない状態での試合になる。

それ故に、試合に賭けられた配当も大荒れになる事が多かった。

「ふぅぅぅ」

湯浴みを終えたベルタが、ようやく落ち着いたとばかりに息を吐きながら居間へと入ってくる。

ベタベタの触手の汁を洗い流した事で、不機嫌さも流されたようにも見える。

「ベルタ。今週末の闘技会でデビューするという事で良いんだな?」

「私はいつでも戦える」

コクリと頷き返したベルタが、キリッと表情を引き締める。

「では、明日闘技場に出戦登録をしに行こう」

「登録、だと……?」

登録という言葉が、先ほどの事を思い出させたのか――

ベルタがピクリと口もとを引きつらせる。

「また、さっきのような事をするのか?」

「ははっ、そう警戒するな。大丈夫だ。闘技会に出るという登録するだけだからな」

「本当だろうな?」

「あぁ、本当だ。闘技場にある登録センターに行って、闘技者本人である事を証明する為に、ゲートをくぐるだけだ」

「それなら良いが……たばかるような事をすれば、今度は許さん」

「そう警戒するな。では、今週末がお前のデビュー戦だ。週末に備えて体調を整えておく事だ」

「分かった」

「あぁ、それと言い忘れていたが、闘技会の前日は闘技場内で泊まる事になる。闘技者と闘技師が不正をしないように、外部の人間との接触を避ける為の措置だ。分かったな」

「そこまで厳重にして賭けを成立させているのか……」

あまりの念の入れように、ベルタが呆れたように頭を振る。

「この闘技会は、帝国に莫大な収入をもたらすからな。不正を許せば賭けそのものが成立しない。だから、不正をすれば……最悪極刑もある」

「そうなのか……不正をするつもりは無いが……」

厳しく管理されているシステムに、ベルタは感心を呆れを入り混じらせる。

「前日までは、しっかりと体調を整えておけ」

「……貴様からの指示は、無いのか?」

闘技師のカルにベルタが意見を求める。

「お前ならデビュー戦で負ける事は無いと、信じているさ。後は、対戦相手が分かってから、だな」

「そうか……」

カルに信用されている。

その事実がくすぐったいのか、それとも煩わしいのか――

ベルタが表情を消し感情を滲ませない声で呟く。

「では、闘技会の前日までは好きにさせてもらおう」

そう言うと、そのまま踵を返して部屋を出ていく。

「ベルタの実力を考えればデビュー戦で負ける事はないだろうが……」

それでも、万が一という事もあり得なくはない。

そうならないようにするのが闘技師の勤めだと――

カルは、ベルタがデビューする日に出戦する予定の闘技者のデータの確認を開始した。


 週末を前日に控える竜の日。

「では、行くとしようか」

正午までに闘技場内にある宿舎に入らなければならない。

「何も持って行かなくて良いのだな?」

「食事は向うで取る事が出来る。そうだな。時間を潰すのに本を持って行きたければ行くが良い」

「いや……人の書いた書物など必要ない」

「そうか。ならば、行くとしよう」

木の日に無事、出戦登録を済ませた為、ベルタがデビューする事は決まっていた。

緊張の為か、いつになくベルタは表情を強張らせているようにも見える。

一方で、カルはいつもと変わらない。

「さぁ、入るぞ」

闘技場の中にある施設へと足を向ける。

「まずは、ここで闘技者本人の確認をする」

「ゲートを通るだけで良いんだな?」

「そうだ。闘技証はお前の肌に刻まれているからな」

ベルタがゲートをくぐると――

「っっっ!」

今まで消えていた肩に刻まれている数字と文字が光を放つ。

鈍い痛みを肩に感じたのか、ベルタが僅かに顔を歪める。

「闘技者ベルタ。確認しました」

ゲートについている職員がベルタ本人である事を確認する。

「では、こちらが待機所になっています」

闘技師であるカルに職員が鍵を手渡す。

「行くぞ。ベルタ」

鍵を受け取って歩き出すカルの後を追うベルタの肩からは既に数字と文字は消えていた。

「ここが、出番が終わるまでの俺達の住処という訳だ」

預かった鍵で扉を開けると、カルが部屋の中に入る。

「私と貴様は同じ部屋、なのか……?」

カルに続いて中に入ったベルタが室内を見回す。

広いとは言えない部屋の中に、木製の机と椅子が置かれ――

少し離れた場所にベッドが一つだけある。

装飾等は一切ない、寝る為だけに用意された部屋。

そんな質素な部屋の中で、ベルタが戸惑いの声を漏らす。

「当然、闘技者と闘技師は同じ部屋だ。主催者にしてみれば、闘技者は奴隷でしかないからな」

「つまり……このベッドも闘技師である貴様の為のモノという事か……闘技者は床で寝ろという事だな……」

改めて自らの立場を自覚したかのように、ベルタが自嘲気味に笑う。

「ベッドは誰が寝てもかまわんさ。そんな事まで、主催者は立ち入ってこない。闘技者を万全な状況で送り出すのが闘技師の役目だからな。ベッドは一緒に使えば良い」

「……何……だと?」

カルの言葉の後に、数瞬の沈黙があった。

「今、何と言った?」

「ベッドは一緒に使えば良いと言っただけだが」

「ば、馬鹿を言うな! 何故、お前と一緒に眠らなければならない。私は床で寝る!」

一緒のベッドで眠ると聞いたベルタが――

声を大きくしながら拒絶の言葉を口にする。

「何をそんなに慌てている? 寝るだけだぞ?」

「わ、分かっている。だが……男と一緒の布団で眠れるか……!」

「戦いの前は万全を期す必要がある。睡眠もしっかりとらなければならない。分かっているのか?」

「わ、分かっている。私はエルフだ……床で寝る事など、何の問題も無い」

頑なに一緒のベッドで眠る事を拒絶するベルタ。

「今回がお前にとってのデビュー戦だ。何が起こるか分からないんだぞ? 闘技会を甘く見ているのなら、そのしっぺ返しをくう事になる」

「ぐっ……」

「対戦相手は、死にもの狂いで向かってくるんだからな。甘くみない方が良い」

「だが……」

「これは闘技師としてのアドバイスだ。若い乙女じゃあるまいし、男と一緒の布団で眠る事に、何を恥ずかしがっている……」

「くっ……恥ずかしがってなどいない。分かった……そこまで言うのなら、貴様の言う通りにしよう。そうすれば良いのだろう。そうだ……ただ眠るだけなのだからな……」

これ以上頑なに拒絶し続ければ、稚気だとみなされてしまう。

そう思ったのか、ベルタが苦虫をかみつぶしたような顔のまま頷く。

「それで良い。対戦相手の発表は、今日の夕方には行われる筈だ。それまでは自由にしていて良い」

「部屋の外に出ても良いのか?」

「あぁ、トレーニングをする場所もある。ただし、闘技者同士の揉め事は厳禁だ。皆、気がたっているから、あまり話をしない方が良いぞ」

「分かっている。では、少し出てくる……」

広くは無い部屋で、カルと二人きりでいる。

その事に、少し息苦しさを感じたのか、ベルタが扉を開け部屋の外へと出て行った。

闘技者達を、一般人から隔離する為の隔離施設。

この隔離施設は、大きく二つに分けられていた。

対戦者同士で八百長が出来ないようにと、闘技者達は北と南に隔離施設が分けられている。

また、施設には強力な防諜魔法がかけられており、外部とは一切連絡が取れなくなっている。

帝国でも有数の魔導士たちによって作られた防諜魔法は、アクセスしようとする者を逆探知し――

その者を捕え刑罰に処する事まで法律で決められていた。

八百長を起さない為の万全の態勢を整えられた闘技会の対戦表が、施設内に表示される時間になる。

「私の名は……どこにある?」

対戦相手を確認する為に、カルとベルタが掲示板へと一緒にやってくる。

宙に浮かんだ魔法文字を見ながら自らの名前を探すベルタ。

「これが、お前の対戦相手だ」

カルが指し示した場所に、ベルタと対戦相手の名前が浮かんでいた。

「名前しか分からないのか?」

相手が、どんな顔をして、どんな武器を使い、どんな体格をしているか――

名前だけでは何も分からない。

その事に、ベルタが失望を見せる。

「ここからが闘技師の出番だ」

「どういう事だ?」

「優秀な闘技師の条件の一つは、闘技者のデータを集める事だからだよ」

「……つまり、私の対戦相手を貴様は知っているという訳か? ならば今すぐ教えろ」

「待て待て、そう焦るな。今からデータを検索する」

カルが持ち出したのは、膨大な情報をインプットする為の魔法アイテムだった。

水晶玉の中でユラユラと光が揺らぐ。

水晶玉にカルが手を触れると、揺らいでいた光が急速に形作っていく。

やがて、その光がおぼろげな人の顔を作り出す。

「これが、お前の対戦相手の顔と情報だ」

水晶玉の中で浮かぶいくつもの文字。

「これを貴様が集めた情報と言う訳か……」

「そういう事になるな。情報収集をして相手を分析するのも仕事の一つだからな。最新の情報を元に戦略を練るという訳さ」

「だが、闘技者の数は万を超えると聞いているぞ。その情報を全部集めるというのか……?」

その膨大な作業量に、ベルタが感嘆したように息を漏らす。

「ははっ、さすがに全部自分では集められないからな。情報を集める情報屋がいるのさ。そいつらに金を払って情報を買う」

「何だ……では、貴様は何もしてないのではないか」

「闘技者全員の情報を詳しく買うとなると、金がいくらあっても足りん。重要なところは闘技を見たりして自分で集めるんだよ」

「……むぅ。私には向いていない仕事だな」

カルの説明を聞いていたベルタが、軽く肩を竦めて見せる。

「何だ? 闘技師になりたくなってきたのか?」

「馬鹿を言うな。私は早く自由の身になり……そして……」

言葉を途切れさせたベルタが宙を見つめる。

「そして? どうするつもりだ?」

「貴様には……関係ない事だ」

心の中への立ち入りを拒絶するように、ベルタが冷たい光を瞳に宿す。

何故ベルタが奴隷となっていたのか――

その理由を知っているのはベルタのみ。

だが、ベルタは語ろうとはせず、カルもまた聞き出そうとはしない。

「それよりも。私の対戦相手の情報を教えてくれ」

再び水晶玉へとベルタが視線を向ける。

「そうだな。デビュー戦ではなく、現在のクラスで3戦して3勝で負けしらずだ」

「つまり、それなりに強いという事か……」

「そうだな。3戦ともどれも楽勝しているから、このクラスではかなり強い部類になる。明日勝てば、クラスを上がる事になるだろうな」

「そうか……」

シャンッと背を伸ばし顔を引き締めるベルタ。

「俺の闘技者という事で、主催者もそれなりの相手を用意したといったところか」

「貴様の以前の闘技者は……御前闘技とやらで優勝したと言っていたな……」

「あぁ、そうだ。だからこそ、お前にも素質があると思われているという訳だ」

皇帝が臨席して行われる御前闘技会での優勝闘技者を育て上げたカルの名は、帝都内でも十分に広がっている。

そして、その闘技師が新たに手にいれた闘技者であれば、どれ程の素質があるのか――

それを確かめる意味も込めて実力のある闘技者がベルタにあてられる事になったのだろう。

「だが、相手が強いという事は、それだけ情報が整っているって事だ。相手は、お前の事は何も知らないだろうからな」

デビュー戦のベルタの情報は、名前程度しか知られていない。

「まず最初はお前の出を窺ってくる筈だ。そこに最大の勝機がある」

「つまり、相手の出鼻をくじいて勝負をつけるという事、か……」

「お前には圧倒的なスピードと瞬発力がある。それは可能だろう?」

「ん……」

「相手はパワータイプだ。スタミナ切れを起すまで、攻撃をかわし続ける手もあるが……」

呟いたカルが少し考えるように言葉を途切れさせる。

「せっかく注目されているんだ。鮮烈なデビュー戦にしようじゃないか」

悪戯っ子のような笑みを浮かべて開始早々に決着をつける作戦を取る事を告げる。

「分かった。私も、大衆に見られるのは好かない。さっさと終わらせるのなら、それに越したことはない」

「よし。お前がエルフである事は、さすがに相手も分かっている。最初は十分な距離を取られるだろうが……」

相手の作戦を分析し、ベルタにどう戦うかをカルが伝えていく。

カルの説明が理に適っている分、ベルタは反論する事なく素直に頷き続けていた。

綿密に戦術が寝られ、勝利を確信させる為の万全の方策が完成する。

「では、そろそろ休むとしようか」

「くっ……」

カルの言葉にベルタが小さく呻く。

ベッドへと向けられるベルタの切れ長の瞳。

「どうした?」

「な、何でも無い……」

怯んだ様子を気づかれまいとするように、ベルタが表情を消す。

「休む前に湯浴みをしてくる……」

「そうか。なら、俺は先に休ませてもらおう」

頷いたカルがベッドの上に上がると、そのまま身を横たえた。

それを横目に見たベルタが、平静を装いながら湯浴みをする為に部屋を出て行った。

明日は闘技会という事もあり、闘技者達は、皆、ピリピリとした一触即発の緊張感を漂わせている。

湯浴みを終えたベルタは、その緊張感とは別の緊張感に包まれ部屋へと戻る廊下を歩いて行く。

(何故……私が人間の男と同衾しなければならないのだ……)

あてがわれた部屋の前までくると、ベルタが立ち尽くしたまま動かなくなる。

部屋の中をさぐるように、長い耳を僅かに動かす。

室内から聞こえてくるかすかな寝息の音。

「眠っているのか……」

先に休みといっていた言葉通り、カルはもう眠りについているようだった。

コクリと小さく喉を鳴らすと、ベルタがドアノブに手をかける。

カルを起さないように静かに扉を開けると、スルリと身を滑り込ませる。

ランプの光が弱められた室内はうす暗くなっていたが――

夜目の効くベルタには、ハッキリと室内の様子は見える。

(既に眠っているのなら……このまま私は床で眠っても……)

カルが先に休んでいるのであれば、床で眠っても気づかれる事はないだろう。

(いや、だが……もし途中で起きて、私が床で眠っているのを見られれば……)

小娘のような行動をとると、小馬鹿にされるかもしれない。

(くっ……この男に馬鹿にされてたまるものか……!)

以前の主と違い、カルが気遣いをしてくれている事は間違いない。

だが、それでも弱みを見せる事は出来ない。

人間に対して心を開くという考えは、ベルタには微塵も無い。

(ただ眠るだけだ……その程度の事で怯んでどうする……)

再び、コクリと小さく喉を鳴らすと、ベルタがベッドの方へと歩み寄る。

二人でも眠る事が出来るようにと作られたベッドは広く大きい。

(端っこで眠れば良い……)

ベッドの端に身を滑り込ませると、カルの方へと背中を向けてベルタが瞼を閉じる。

(眠るだけ……後は眠るだけだ……)

カルの寝息に、長い耳がピクピクと反応しそうになるのを押さえながら、ベルタはギュッと強く瞼を閉じた。

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