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闘技場のエルフ  作者: 平安亭
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闘技者ベルタ


 部屋に戻ったベルタが、壁に背をもたれかけさせ腕組をしたまま、カルが話し出すのを待っていた。

「心得とは何だ?」

「そう焦るな。喉が渇いたな。紅茶を一杯飲もう。お前もどうだ? ベルタ」

「……必要無い」

「そうか。だったら、少し待ってくれ」

手際良く紅茶を淹れるカルを、ベルタが無言のまま見つめる。

湯気の立つ紅茶をティーカップに注ぐと、カルがソファーに腰を落とした。

「闘技会に出る為には、闘技者としての登録が必要だ。明日、登録所に一緒に向かおう」

「分かった」

「闘技会は帝国主催の公の賭け事になっている。賭けの妨げとなる行為や不正をすれば、闘技者としての資格をはく奪されるという事を忘れるな」

闘技者としての規則を、簡単に説明するカルの話を、ベルタが無言のまま聞き続ける。

「これが、一番重要な事だが。戦う事によって、勝者は賞金を得る事になる。その配分だが、お前には賞金の20%を渡す事になる」

「……私も賞金を貰えるのか?」

黙っていたベルタが、訝しそうな声でカルに問い返す。

「まぁ、この取り決めは俺とお前の間での取り決めだ。賞金を貰える方が勝つ気になれるだろう?」

「……私は人間の作り出した金というものに興味は無い」

金銭が精神を汚す事になると思っているかのように、ベルタが嫌悪感を滲ませる。

「そう言うな。俺がお前を買った金額。お前が、その金を稼げば、お前を解放してやる」

「何……だと?」

「何を驚いている? いつまでも、俺の奴隷でいたいのか?」

「馬鹿を言うな! そんな事は望んでもいない!」

カルの軽口に、ベルタがムキになって言い返す。

「だから、だ。お前は自分の稼いだ金はせいぜい溜めておく事だ。目標の金額に達すれば、晴れてお前は自由の身だ」

「自由の身……」

コクリと小さく喉を鳴らすベルタ。

「どうだ? 闘う気が出てきただろう?」

いつになくベルタが表情を豊かに変化させる。

それを見て面白そうに口元を緩めるカル。

「勝ち続ければクラスも上がる。そうなれば、賞金も上がる。手にする額も大きくなって、自由になる時が近づくという訳だ」

エルフのベルタにとって、この街で生き続ける事は、常に息苦しさを感じさせる。

自由の身になり、故郷へと戻りたいと、どれだけ願っても――

奴隷となってしまえば解放される事は無い。

そんな絶望の中にあったベルタに、今、一筋の光が射し込んでいる。

自由の身となる為には、闘技会で勝ち続けるしかない。

そう思う気持が強くなってくる。

「勝ち続けたければ、俺の言う事を聞く事だ。自分で言うのも何だが、闘技師としては一流を自負しているつもりだからな」

(確かに……そうかもしれない……私は、既にこの男の手の上で転がされている……)

カルの言う事を聞くまいと、そう思っていたにも関わらず――

結果としては、闘技者として戦う事になってしまっている。

「分かった。貴様の言いなりになるのは癪だが……だが、自由になれるのなら……私を勝ち続けさせろ」

今を逃せば、自由の身になる機会は、もうないかもしれない。

迷っている時ではないと、ベルタは決断を下す。

「勝ち続けさせてくれるのなら、貴様の言う事を聞こう」

「これで契約成立だ。俺自身が稼ぐ為に、お前をしっかり勝たせてやるさ」

「ふんっ!」

「話はこれで終わりだ。明日、登録所に行くとしよう。今日はもう休むと良い」

「分かった」

頷いたベルタが踵を返して部屋を出る。

「やれやれ、戦わせるのも一苦労だ。だが、戦う気になってくれたのなら……」

一人になったカルが、大きく息を吐き出しながら独り言つ。

ベルタが闘技者としての素質が一級品である事を、カルは疑わない。

傲慢な貴族が手を焼き手放す程の強靱な精神力と――

エルフの中でも特上のスピードとバネ。

「魔法を使えれば言う事なしだが、その分、体力はかなり優れている……全てを望むのは欲張り過ぎというものか」

ベルタが他のエルフよりも体力、筋力に優れているのは間違いない。

「後は、俺がどう仕上げるか、だけだ」

一級の素材を使って、超一級の闘技者を仕上げる。

それこそが、闘技師カルとしての腕の見せ所だった。

「明日からだ」

また一人の闘技者を育てあげていく。

その事に、高揚感を覚えながらも、昂る気持ちを落ち着かせるように、カルはユックリと紅茶を口に含んだ。


 翌朝、朝食を済ませたカルとベルタが登録所へと向かう。

「おや、カルさん。そっちは新しい闘技者ですか?」

闘技師として名を知られたカルが、新しい闘技者を登録する為にやって来た。

その事に、登録所内がにわかにザワめく。

カルとベルタに注がれる視線。

衆人に見られるという事に慣れ無いベルタが、不機嫌そうに眉根を寄せる。

「名前はベルタだ。登録を頼む」

「今日はちょっと混んでましてね。少し時間がかかりますよ」

「分かった。相変わらず登録者は増える一方といったところか」

「へへっ、闘技会も盛り上がってますからね。闘技会目当てに、よその国からも見物に来る人がいるくらいですしねぇ」

帝都で行われる闘技会の事は他国にまで広がり――

他国の貴族たちも、熱狂したように帝都を訪れる。

それが、帝都を益々富み栄えさせる原動力にもなっていた。

「ベルタ、呼ばれるまでしばらく待つぞ」

書類にサインをしたカルが待機所へとベルタを連れて向かう。

カルが連れてきた闘技者であるベルタに注がれる好奇の視線。

「何故、皆、私を見るのだ」

不機嫌そうにポツリと呟くベルタ。

「それだけ、俺が有名だって事だ。前回の御前闘技の優勝闘技者は、俺が育てた闘技者だったからな」

「……その闘技者は、今はどうしているのだ?」

「栄えある近衛兵になっているさ。もう、俺が気軽に会う事も出来なくなってしまったがな」

「そうなのか……自由の身になったという事なのだな」

「そういう事だ。俺の言う通りに戦っていけば、お前も自由になれるさ。その間に、俺は稼がせてもらうがな」

「ふんっ! 私は私の為に戦うだけだ」

「そうそう。それで良い。そうだ。今のうちに、闘技会の事も説明しておこう」

闘技会は、その実力に応じていくつものクラスに分けられている。

クラスが上がれば、賞金も上がる。

クラスを上げる為には、期間内に一定の勝利数を満たす必要があった。

「最初は低クラスからになるが、その低クラスの中でも、賞金は細かく分かれている。そこは、まぁ、自由に選べるが、どうする?」

「どうするとは、どういう意味だ?」

「低クラスの中で、一番高い賞金のクラスから始めるか? 慣れる必要があるなら、一番低い賞金のクラスからも出れるが……」

カルの問いかけを聞いた、ベルタが形良い顎に細い指をあてる。

「……貴様は、どう思う?」

何事も自ら決めてきたベルタが、カルに意見を求める。

その事に、僅かに眉を上げたカルが、ニヤリと口もとを歪める。

「何がおかしい……?」

小さく笑ったカルを、ベルタが訝しそうに見つめ返す。

「いやいや、お前が俺に意見を聞いてくるとは思わなかったからな」

「ふ、ふんっ、私は闘技会については何も知らない。知識のある者に意見を求めるのはおかしい事では無い筈だ」

「確かに、な。なかなか柔軟な考えを持っている。それは良い事だ」

「お前を認めた訳じゃない……ただ、利用させてもらうだけだ」

「それで良い。お前の実力なら、最初のクラスはどこでも勝てるだろう。よっぽどの素質がある奴と当たらない限りわな」

どれだけ実力がある者でも、最初は最低クラスから出発する事となる。

それゆえに、最低クラスの中でも賞金の高い試合には、上のクラスでも戦える実力者が集まる事が多い。

ゆえに、最低クラスを抜ける実力があっても、初戦で負ける者もいるのも事実だった。

「誰と当たっても負けるつもりは無い。私は、早く自由の身にならなければならないのだからな」

「昨日までは闘技者になる事を拒絶していたのに、随分な変わりようだ」

「だ、黙れ」

からかわれていると感じたのか、ベルタがツイッとそっぽを向いてしまう。

「では、賞金の高い試合に出るとしよう。もっとも、闘技者としての登録が終わってからの話だがな」

「闘技者の登録とは、なにをするのだ?」

「まぁ、それは、な。ちょっと口では説明しにくいが……」

曖昧に言葉を濁すカルを見たベルタに、警戒の色が滲む。

「闘技会は賭けの対象になっているからな、入れ代わり等の不正を出来ないように、闘技者の事は完全に管理される。その為には、色々とクリアしなければならない事があるって訳さ」

自分に向けられた不審を払うように、カルが説明をする。

「闘技師カル。その闘技者候補ベルタ。一番ゲートに来るように」

「お呼びがかかったな。行くとしようか」

闘技会についての説明をしているうちに、登録の順番が回ってきた。

待機所を出ると、呼ばれたゲートへと向かう。

「闘技師証の提示を」

ゲートの前にいる職員に、カルが闘技師である事を証明する魔法印を見せる。

「闘技師カルである事を確認。中へどうぞ」

確認が済むと、閉じていたゲートがゆっくりと開く。

ゲートの奥へと、カルとベルタが向かうと、再びゲートが閉じられる。

石畳で作られた通路を通り、奥へ奥へと進んでいくと――

ポッカリと大きく口を開けたような広い部屋へとたどり着く。

「ひひっ、闘技師カルだな?」

部屋の中にいたローブを着た老婆が、黄ばんだ歯を見せニタリと笑う。

「そうだ」

頷きながら、カルが再び闘技師証を見せる。

「良かろう。で? 登録するのは、その後ろにいるエルフか?」

「名前はベルタで登録を頼む」

「ベルタ、ベルタと」

宙に浮かぶ光の文字を操作する老婆を、ベルタが眉をしかめて見つめる。

本能で嫌悪感を覚えているのか、ベルタの顔は強張ったままだ。

「良かろう。名前は登録した。では、こっちに来るが良いベルタ」

老婆が向かった先には、石畳の上に魔方陣が描かれている。

「その中心に立て」

命じられたベルタが、カルの方へと顔を向ける。

「言う通りにすれば良い」

頷き返したカルの言葉に素直に従うと、ベルタが魔方陣の中央に立つ。

ベルタが立った瞬間から、ジンワリと魔方陣が光りを放ち始めた。

「これは……!? あっ!? な、何を……っ!?」

魔方陣から生え出てきたのは、グロテスクな極太の触手だった。

「な、何をするっ!?」

四肢に絡みついてくる触手に、ベルタが身を捩る。

「暴れるでないわい。今から、お前の生体データを収集するんじゃからな」

魔方陣から生え出た触手が、闘技者としての生体データを集め――

それを登録する事によって、闘技者の入れ代わり等の不正を防ぐ。

闘技者を登録するには必要な手順ではあるが――

「しかし、何度見ても、このセンスには呆れるな」

触手に絡め取られ、体の隅々までをウネウネと探られていく。

その嫌悪感は、当事者でないカルにとっても、あまり気持ちの良いものではないようだった。

ましてやベルタにとってみれば――

「うぁっ!? くっ、くぅぅっ! や、止めろっ!? んっ!? ぁあっ!」

おぞましさに鳥肌を立たせながら頭を振る。

だが、絡みついた触手は離れる事も無く、ベルタの肌にネバネバとした汁跡を残し、蠢き続ける。

「ひひっ、いつ見ても良いもんじゃわい」

ただ一人、老婆だけが楽しげにベルタが悶える姿を見つめ黄ばんだ歯を見せ笑っていた。

「ベルタ、もう少しの辛抱だ。我慢しろ」

「くっ!? こんな事をするとは聞いていない……っ! どういう事だっ……! ひっ、ィンッ!」

「まぁ、その点は俺が悪かった。だが、闘技者になるには避けて通れない途だ」

 結果としてだまし討ちをしたような形になった事をカルが素直に謝る。

「触手以外にもスライムをつかう識別方法もあるが……まぁ、今とたいして変わらないだろう。我慢してもらうしかない。これも自由になる為の第一歩だ」

「うぅっ、んぐっ!? ぐっ……ぅぅっ! 耐えれば……耐えれば良いのだろう……っ!」

おぞましさに顔を歪めながらも、ベルタがギュッと唇を噛みしめる。

サラサラと長い髪にまで触手が絡みつき、粘り付く汁を塗りたくる。

「まだ……っ!? まだか……っ! いつまで、こんな事を続けるつもりだ」

「後少しじゃ。ひょひょっ、キテおるキテおる。お前さんのデータが、どんどん溜まっていっておるわい」

老婆の前に浮かぶ光の文字が素早く変化し、ゲージが溜まっていく。

「んっ!? んぅうううっ!」

「よし。これで終了じゃ」

老婆の声と共に、生え出ていた触手がシュルシュルと魔方陣の中へと戻っていく。

「はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

肌を汁まみれにしながら、肩を上下に揺らし、ベルタが荒々しく息を吐き出す。

「そら。これがお主の闘技証じゃ」

「んっ!? くぁっ!」

上下に動いていた肩に刻印が浮かぶ。

光を放っていた刻印が、その光を消滅させていくと――

褐色の肌は、何事もなかったかのように元に戻る。

「ひょひょっ、闘技者ベルタの誕生という訳じゃな。まぁ、せいぜい頑張るが良い」

「ベルタ、立てるか?」

腰が抜けたようにへたり込んでいるベルタに、カルが手を差し伸べる。

「一人で立てる」

触手に嬲られる屈辱を見られた事に、ベルタが頬を上気したままカルを睨みつける。

「そう怒るな。この登録の方法は、俺が考えた訳じゃないんだからな」

「分かっている……」

分かっていると返事をしながらも、やり場のない怒りの矛先を探すかのように、ベルタの瞳は荒れ狂っていた。

「ほれ、お前さんたち。終わったんじゃから、さっさと出ていくが良い。次が詰まっておるからのぉ」

「あぁ、分かっている。行くぞベルタ」

「このベタベタした汁を洗い流したいのだが……」

「屋敷に帰ってからだ」

「くっ……気持ち悪い……」

自慢の長い髪までベタベタになっている事への嫌悪感に顔を歪めたまま、ふらつきながら元来た通路を戻っていく。

ゲートが開き、外に出ると――

「ふぅぅぅぅぅぅぅ」

ベルタが大きく息を吐き出した。

「これで登録は終わったのだな?」

「あぁ、闘技者としての登録は終わった」

「だったら、屋敷に戻って体を洗わせてくれ」

「分かった分かった。メイドたちに風呂を沸かしておくようには言ってある。戻ればすぐに入れるさ」

ベルタの機嫌を損ねないようにと、カルが気を遣いながら、早足に屋敷へと戻っていく。

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