武装魔術
「カル……っ!?」
カルの名をベルタが口にすると、野盗達の視線が全てカルへと注がれる。
「ほぅほぅ、コイツがお前の御主人様って訳か」
身なりを確かめた首領が、納得したように頷く。
「私に主は居ない」
「ぐははっ、主従の刻印が刻まれてるんだ。コイツが死ねば、お前も死ぬんだろう?」
「く……っ!」
冷徹なまでに無表情だった顔に、僅かな動揺が浮かぶ。
「おい! あいつを捕まえろ」
手下に命じると、老猟師の首にめり込ませていた指から少しだけ力を抜く。
「逃げるんじゃねぇぞ。へへっ、大人しくしてりゃ痛くはしないからよぉ」
「おっと……」
汚れた手を伸ばしてきた手下から、カルがスルリと身をかわす。
身軽に野盗から逃れるカルの様子を、チラリと見たベルタが――
いよいよ手早く野盗達を叩きのめしていく。
「何してやがる! 早くその優男を捕まえろ!」
「へ、へぃ、お、おい、お前等手を貸してくれ」
「そ、そんな場合じゃ……がっ!? ひぐぅぅっ……」
助力を求めた野盗の前で、別の野盗がベルタの拳で吹き飛ばされる。
「その身体能力。俺が見込んだ通りだったな」
野盗と一定の距離を取ると、カルが手近にあった岩に腰を落とす。
「後は、二人だけか」
いつの間にか、カルを捕まえようとした小狡い目をした野盗と、首領を残すのみとなっている。
「ぼ、ボス~~」
情けない声を上げる手下に憤激した顔を向けた首領が、老猟師の首を掴んだまま高々と持ち上げる。
「おい! その優男! こいつを助けたいんじゃねぇのか?」
「おっと、そうだったそうだった」
既に気を失っている猟師だったが、か細く息は漏れ出ている。
だが、このまま放っておけば死を迎えるのは間違いない。
「ベルタ。頼む。あの爺さんを助けてやってくれ」
軽く頭を下げるカルだったが、この状況を楽しんでいるようにも見える。
「おいオメェら、何か勘違いしてねぇか? 次、勝手に動きやがったら、このジジィは殺す」
殺意のこもった低い声に、カルが顔を引き締める。
「それは困るな。その爺さんを殺させる訳にはいかない」
「だったら、俺達の言う事を大人しく聞け」
「いや……言う事を聞けば、その爺さんが助かるという保証は無いからな。そういう訳にもいかん」
「何だと……ぉ? だったら殺す」
からかわれたと感じたのか、首領のこめかみに浮かぶ青筋が痙攣した。
「待て待て。爺さんと俺とで人質交換といこうじゃないか。その爺さんを逃がしてくれれば、俺が人質になる」
「馬鹿を言うな……! 貴様が捕えられれば……」
カルの言葉を遮るようにベルタが声を上げる。
主従の刻印を刻まれた今、カルの身に危険が及べば、それはベルタにも跳ね返ってくる。
カルと老猟師とでは、ベルタにとって命の重みは比べ物にならない。
「お前だったら何とか出来るだろう? ベルタ」
「く……っ!」
信頼が込められた眼差しを受けたベルタが言葉を詰まらせる。
「ぼ、ボス、あいつさえ捕まえられりゃ、こんなジジィ必要無いですぜ」
「あぁ、分かってる。よ~し、良いだろう。お前とこのジジイは交換してやる」
持ち上げていた老猟師の体を、首領が地に落とす。
「もし、変な真似をしたら、このジジイはすぐに殺す。分かってるな?」
「ぐっ……ぅぅ、げほっ、げほっ……」
「爺さん、さっさと逃げろ」
「だ、だが、あんたは……」
「良いから気にするな。何とかなるさ」
よろめきながら立ち上がった猟師が、フラフラと歩き出す。
その姿が木々の中に見えなくなると、カルが首領の方へとゆっくりと近づいていく。
「ちゃんと人質になるさ」
「おぃ、何か武器を隠し持ってないか調べろ」
「へ、へぃ」
両手を上げたカルの身を、野盗がまさぐっていく。
「ボス、何も持っていやせんぜ」
「よ~し、しっかり捕まえておけよ。さて、と。まずは手下共を可愛がってくれた礼をしなきゃならねぇよな」
地に伏したまま呻いている手下達を見て改めて怒りがかきたてられたのか、首領がボキボキと指を鳴らす。
「そこを動くなよ。動けば、テメェの御主人様が、痛い目を見るぜ」
反撃できない獲物を前に、首領が舌なめずりをする。
「糞生意気な顔をしやがって。おらぁっ!」
子供の顔程もある拳が、空気をうねらせながら突き出される。
「馬鹿めっ!!!」
「がはっ!? な、何だと……ぉ……」
無力な筈の獲物からの手痛い反撃。
巨漢を折り曲げる程の激痛が全身を駆け巡る。
ビリビリと空圧を頬で感じながらも、微塵も臆する様子も見せずに紙一重で拳かわしたベルタが、曲げた肘を首領の下腹部に突き立てていた。
「テメェ……!」
痛みに歪んだ顔に怒気が閃いた瞬間――
「ごがっ!?」
地を蹴ったベルタの回し蹴りが顔面に炸裂する。
「がっ!? ぐががぁっ!?」
踵が頬にめり込んだ衝撃に、バキバキと砕けた奥歯が唾と共に吐き出される。
「何故、私がクズの脅しに屈しなければならん」
土煙を立てながら倒れ込んだ首領を一瞥し、カルを捕えている手下へと鋭い視線を投げかける。
「ひっ!?」
威圧に屈した男が小さく悲鳴を上げ、ジリッと後退った瞬間――
「っっっ!?」
ベルタの足首を痛みが走り抜けた。
「やってくれるじゃねぇか、エルフさんよぉ!」
沈めた筈の首領は、ベルタの予想外の頑健さを持ち合わせていた。
素早く起き上がると同時に、血の混じった唾を吐き捨てる。
「は、離せ……っ!」
捕まえられてしまうと、最大の武器であるスピードと瞬発力を生かせなくなってしまう。
抗うベルタが、拳を蹴りを叩き込むが――
間近からの攻撃では、屈強な男に致命的なダメージを与えられない。
「さぁ、どうしてやろうか。ナメた真似ばっかりしてくれやがってよぉ」
捕獲した獲物を見る首領の眼にギラリとした獣めいた光が宿る。
「うっ!? ぁああああっ!」
獣欲を滾らせた首領の瞳を見た瞬間――
古傷をえぐられたかのように、ベルタが嫌悪の叫びを放つ。
「へへっ、何をされるか分かってるみてぇだな」
「ぼ、ボス、後で俺にもおすそ分けを……ぎゃぁあっ!」
好色な笑みを浮かべていた手下の顔が苦悶に歪み、悲鳴を放つ。
カルを取り押さえていた手下の腕に、一本の矢が突きささっていた。
「逃げてなかったのか、爺さん」
森の中に消えた筈の老猟師が矢をつがえ、弓をかまえる。
鋭く尖った矢先は、首領へと向けられていた。
「このジジィがっ!」
射られた手下が怒声を放ち、猟師の方へと襲いかかる。
「そろそろ終わりにした方がよさそうだな」
呟いたカルがスッと足を出すと――
「ぐぎっ!?」
つまづき派手に転倒した手下が間の抜けた声を漏らす。
「ベルタ、力を貸してやる。そろそろ終わらせよう」
「何言ってやがるんだ! テメェはっ! おらっ! その優男をしっかり取り押さえておけ!」
「へ、へぃ、ててっ、でも、あのジジィは……」
「放っておけ。あんなジジイのヒョロヒョロの矢で俺様を倒せるかよ。お前等、生きて帰れると思うなよ。金を奪ったら全員殺してやる」
「そろそろ帰らないと駄目なんでね。終わらせてもらうぞ。オーフェンハーテン! 扉よ開け!」
カルの詠唱に反応するようにベルタの周囲を光が包み込む。
「こ、これは……っ!?」
光がおさまると同時に、ベルタは両手で短刀を握っていた。
「ぼ、ボスっ! これは闘技師が使う武装魔術ですぜ!」
「て、てめぇら、闘技師と闘技者だったのか!?」
「主従の刻印を刻んだ時から、俺が集めたアイテムは、いつでもお前が装着できるようになっている。これで戦えるだろう?」
両手に握られた鋭い短刀。
「ち! 勝手な事をしてくれるっ!」
小さく舌打ちをしてから、ベルタが短刀を素早くふるう。
「ぎゃぁあああっ!」
切れ味鋭い刃によって足の腱を切られると、首領がその場に跪く。
「ひっ!? ひぃいいいっ!」
勝ち目がないと悟った瞬間、手下は逃走を始めていた。
「おっと、逃がす訳にはいかないな」
地を蹴ったカルが、遁走する手下との距離を一気に詰める。
「がっ!?」
手刀が首筋に叩きこまれると、手下が一瞬で気を失って倒れ込む。
「や、止めろっ、止めろぉっ!」
首筋に刃を押し当てられた首領が、慄いた声を上げる。
「た、助けてくれ、命だけは、た、頼むっ!」
ベルタが腕を引いた瞬間、頸動脈が断ち切られ命が絶たれるのは間違いない。
忌まわしき過去の記憶を思い出してしまった為か、ベルタの顔には――
命を奪う事に微塵の躊躇も無い、ゾクリと背を震わせる程の冷酷さが浮かんでいた。
首領も本能で殺意に躊躇いが無い事を分かっているから、見っともなくもガタガタと体を震わせているのだろう。
「うぅぅ……」
死の恐怖に耐え切れなくなった首領が、泡を噴いて失神する。
「そこまでだ。もう良いだろう」
カルの言葉を聞いた後も、無言のままだったベルタだったが、ゆっくりと首筋から刃を離す。
「爺さん、まさか戻ってくるとはな」
「老い先短い儂を助けようとした、あんたらを放っておけなくてな……」
「まぁ、おかげで助かったよ」
「儂が何もせんでも、闘技者と闘技師なら、なんとかなったじゃろうがな」
「ははっ、それよりも、この野盗共を縛るのを手伝ってくれるか」
「あ、あぁ、分かったわぃ」
老猟師の協力の元、野盗達を大木に縛り付けていく。
「これで、野盗共は一網打尽に出来た訳だ。爺さんも猟が出来るようになって万々歳って訳だな」
「じゃが、こいつ等はどうするつもりじゃ?」
「恐らく、賞金首だろうしな。警備隊に連絡しておくさ」
「そうか……いや、お前さんのおかげで助かったわい。感謝するぞ」
「まぁ、良い結果になって良かった。それじゃ、俺達はそろそろ街に戻るよ」
「またこの近くに来る時があれば連絡してくれ。美味い肉を御馳走しよう」
「楽しみにしているよ。行くぞベルタ。そろそろ戻らないと日の入りまでに戻れなくなるからな」
老猟師に別れを告げカルが歩き出す。
「ま、待てっ!」
その後をベルタが慌てて追いかける。
「どういう事だ!? 説明をしろ!」
歩みを止めないカルの横を歩きながら、ベルタが睨みつけてくる。
「何の説明だ?」
「これの事だ!」
両手に握っている短刀。それをカルに見せつける。
「お前の為の武器だ。武器が気に入らなかったか? 好きな武器があれば言ってくれ」
「そんな事を聞いているんじゃない! 何故、私が、こんなモノを……」
「俺は闘技師だからな。従者を武装させる武装魔術を使う事が出来る。それだけの事だ」
武装魔術――
闘技師が集めた武具や防具を、詠唱さえすればいつでも従者に武装させる事が出来る。
魔力によって作り出された異空間に、武器や防具は格納されており――
持ち歩く必要も無く、いつでも武装させる事が出来る魔法だった。
当然ながら、闘技師が自ら格納した武具と防具以外で武装させる事は出来ない。
武装魔術は、どれだけ多くの優れた武具と防具を集められるかによって――
その威力は変化するものだった。
「勝手に武装をさせられて怒っているのなら謝ろう。すまない」
ようやく足を止めたカルが、ベルタに向かって頭を下げる。
「だが、あの時は素手ではあの男は倒せなかっただろう?」
「それは……っ……!」
捕獲され接近した状態では、ベルタの力では成す術が無かったのは事実だった。
その事をベルタ自身も理解しているが故に、悔しげに唇を噛む。
「まぁ、結果として野盗を一網打尽に出来て、あの爺さんには喜んでもらえた。それで良しとしようじゃないか」
「人間の事など……私には関係ない……」
「だが、あの森も野盗がいなくなれば、平穏になる。それは、お前にとっても良い事だったんじゃないのか?」
森の番人と言われる事もあるエルフにとって――
薄汚い野盗が森に巣くうのは本意では無い。
それが故に、ベルタ自身野盗から逃げず、戦う事を選んだのだろう。
「俺としても、お前の力を確かめられたからな。なかなか収穫はあった訳だ」
「まさか……その為に、私をここに連れ来たのか?」
「おいおい、勘違いするな。森に行きたいと言ったのはお前だぞ?」
「くっ……だが、結果として……私は、お前の手の上で踊らされていた事になる……」
「それは被害妄想というやつだ。そうだ。武装は解除しておこう」
「あっ……」
カルが小声で詠唱すると、再び光がベルタを包みこむ。両手に握られた短刀が、光と共に消えていく。
「これで良いだろう。さぁ、急ごう。そろそろ日が暮れ始めるぞ」
「……分かっている」
言いたい事があるが言葉に出来ず、自分の感情を上手く整理できない。
そんな苛立ちを見せながらも、ベルタは大人しくカルの後について歩き出した。