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闘技場のエルフ  作者: 平安亭
3/21

野盗

 カルと猟師が野盗についての話をしていた頃、ベルタは――

「誰だ!? 隠れていないで出てこい!」

周囲の気配を探りながら、鋭い声で相手に呼びかけていた。

ベルタの声に反応した鳥が、チチチッと鳴きながら飛び立っていく。

(気配はあった……間違いない……)

誰かに見られていた。

豊かな森の中に溶け込んでいたベルタが視線を感じたのは、数分前の事だった。

エルフであるベルタが見つけられない程に、巧みに森の中に身を隠す者。

(エルフ、か……? いや、だが同族の者なら……私を見て隠れている筈は無い……)

自らの姿を晒すように、ベルタは森の奥の拓けた場所で、背を伸ばしシャンと立つ。

森の中に身を隠している何者かがエルフであれば、同族である事が分かる筈だと――

ベルタが長い耳を僅かに震わせながら、周囲の音を拾っていく。

(ダメだ……もう気配は感じられない。だが、確かに……誰かに見られていた……)

ベルタが感じ取る事が出来ない程に上手に森の中に溶け込んでいるのか――

それとも、既にこの近くから立ち去ってしまったのか――

ベルタの呼びかけに反応したのは、小鳥たちだけだった。

「ふぅ……」

小さく息を吐き出し、緊張をほぐすベルタ。

「勘が鈍ってしまったのか……」

奴隷として売られてから今日まで、帝都の外に出る事は出来なかった。

かつては自然の中が生活の場所であったベルタも、ここ最近は街に住む人間と変わらない生活を送ってきた。

いや、奴隷の身であるが故に、人間以下の生活を強いられてきた。

その事がエルフとしての勘を鈍らせたのかもしれない。

そう考えたベルタが、ギリッと強く拳を握り締める。

自由を奪う首輪と肌に刻まれた刻印。

自然の中で癒されていた感情に、再び怒りが混じり始めた時――

「っっっ!?」

今度はハッキリとした気配を感じ取る。

(アイツ、か……?)

主従の刻印を刻まされた主。

カルが戻ってきたのかと気配のする方へと意識を向けるベルタ。

(違う。一人じゃない)

「おぉ、居た居た。エルフを見かけたってのは嘘じゃなかったみてぇだな」

ヌッと姿を見せたのは茫々に髭を生やした巨体の男だった。

「頭ぁ、奴隷みたいですぜ?」

巨体の男のすぐ側から、また別の男が現れる。

黄ばんだ歯を見せた男が、小狡そうにベルタの首輪を見る。

(囲まれている……?)

まだ姿を見せはしないが、森の中に複数の気配があるのを感じ取る。

「おぃ、お前のご主人様はどこにいるんだぁ? エルフを飼ってるんだ。そりゃ、金持ちなんだろうなぁ」

男の問いかけに、ベルタは答えない。

交わすべき言葉をもたないといったベルタの態度に、ボスと呼ばれていた男がこめかみに青筋を浮かばせる。

「てめぇ、奴隷のくせに調子にのるんじゃねぇぞ! ボスがご主人様はどこだって、聞いてるだろうが!」

ボスの怒りを自分の方に向けられては堪らないと――

唾を飛び散らせながら、小男がキィキィと喚き出す。

耳障りな音を聞かせられたかのように、忌々しそうに顔を歪めたベルタが、相手をしていられないとばかりに踵を返す。

「待て! どこに行くつもりだ!? お前等、出てこい!」

ボスの合図をきっかけに、森の中からワラワラと男達が現れる。

ぐるりとベルタを取り囲む男達が、それぞれの得物を取り出すと――

鈍く光る切っ先をベルタの方へと向ける。

「へへっ、痛い目を見たくなきゃ、大人しく質問に答えな」

身一つのベルタを、武器を持った十人以上の男達で取り囲んでいる。

圧倒的優位にある事を自覚しているのか、男達のニヤニヤ笑いは止まらない。

「ひひひっ、何だったら体に聞いてみても良いんだぜ?」

ベルタの引き締まった瑞々しい肢体に、粘り付くような視線が注がれる。

その嫌悪感と屈辱に、ベルタの瞳に激しい怒りの炎が燃え上がる。

「答えろ。お前のご主人様はどこに居る? 奴隷は一人で街を出られねぇからな。近くに居るのは分かってるんだぜ?」

「私は……誰のモノでもない。主など居ない」

爆発しそうになる怒りの感情を押さえながら、ベルタが低く呟く。

「ひゃははっ、奴隷の首輪をつけて主従の刻印を刻まれてるくせに何を言ってやがる」

ベルタの首輪を見て、男達がゲラゲラと笑う。

「おい、テメェら、こいつに自分の立場を分からせてやれ!」

ボスの合図をきっかけに、複数の男達が一歩足を踏み出す。

「大人しくしてろよぉ。痛い目にはあいたくないだろ?」

「下衆な人間共めっ!!!」

「がっ!? がはっ……ぐぅぅぅ……」

この状況で獲物が反撃をしてくる筈など無い。

そんな過信をもっていた男の一人が、手痛い反撃を喰らい膝を地につけ、そのまま倒れ込む。

「な、何だ!?」

一瞬の出来事に、男達には何が起こったのかすら理解出来ていなかった。

ただ一人――

「テメェら! 油断するな! どうやら、ひ弱なエルフって訳じゃねぇみたいだ」

うつ伏せに倒れ込んだ男の腹部に、拳が叩きこまれた。

ベルタの動きを、野盗の首領だけはハッキリととらえていた。

相手が油断ならない者だと分かると、素早く部下を引き締めにかかる。

「ちっ!!」

その首領の行動にベルタが小さく舌打ちをする。

(油断している間に、後、三人は倒しておきたかったが……)

的確に指示を出して部下を引き締めた首領の行動に、苦りきった顔になりながらも、ベルタも少し腰を落とし油断なく身構える。

「殺すなよ! こいつの主の居場所を聞き出さなきゃならねぇからな!」

ジリッ、ジリッと人の輪が縮められ、ベルタの逃げ場が徐々に失われていく。

「逃げられねぇように足を掴んでおけ! 掴んだら死んでも離すなよ!」

生け捕りにしようとする男達を油断なく見ていたベルタが――

その一人に焦点を定めると――

「はぁああああああっ!」

裂ぱくの気合いと共に、筋力を爆発させるように一気に地を蹴る。

土が舞い上がり、男達に礫となってぶち当たる。

溜め込んでいた筋力を解き放った跳躍のパワーとスピードは――

男達の予想を遥かに凌駕するものだった。

「ごがっ!?」

瞬時に間合いを詰められた男が、グルリと白目を剥きながら倒れ込む。

みぞおちに膝を叩き込まれ、泡を吹きながら失神している男の背を蹴ると――

ベルタが、遥か頭上にあった大木の幹を両手で掴む。

「逃がすな!」

「お前達のようなクズを相手に逃げるものか!」

今までのベルタには見られなかった猛々しい笑み。

闘うという事に喜びを感じているかのような、生気に満ちた表情のまま、掴んでいた幹を離すと――

群がり寄ってきていた男の一人の頭上に、蹴りを放つ。

「がっ!?」

頭部を打たれた男が一撃で倒されたのを見ると、野盗達が怒声を放つ。

「武器を取らせるなよ!」

倒れ込んだ男達が手放した武器を、ボスの側にいる男が素早く集めて回る。

「お前達の汚らわしい武器など必要ない」

幾多の人を傷つけてきた獲物を触る気は無いと宣言するベルタ。

「テメェら! 何をビビッてやがる! 捕まえりゃ良いんだよ捕まえりゃ。相手は素手なんだからな!」

あっと言う間に三人の仲間が打ちのめされた事に、怯んでいた部下たちを叱咤する。

その声に戦意を盛り返した男達が、再び包囲の輪を縮めだす。

「油断するなよ。突っ込んでくるぞ」

「そこ……っ!」

怯みを見せる男を見つけると――

包囲の輪の綻び突くようにして、その男に向かって攻撃を繰り出していく。

一人、また一人と男達が地に倒れ込む。

「クズ共に……人間に負けてたまるかぁああっ!」

奴隷にされ、今まで味わってきた屈辱を晴らすかのように――

感情を昂らせたベルタが男達を打ちのめす。

「おいっ! 動くな!」

劣勢に陥っていた野盗の群れの首領の近くにいた狡猾な目をした小男の声が響く。

ベルタがハッとなったように声のした方へと顔を向ける。

「頭ぁ、コイツがあのエルフの主人なんじゃねぇですか?」

「ひ、ひぃぃっ」

首筋に短刀を当てられガタガタと震え悲鳴を漏らしていたのは――

カルに声をかけた老猟師だった。

「この貧乏そうなジジイがか?」

猟師を見た首領が太い眉を八の字にしながら猟師へと視線を送る。

「お、おらぁ、何も知らねぇ、か、金なんて持ってねぇから、た、助けてくれ」

「馬鹿が! こんな貧乏くさいジジイがエルフを買える訳ねぇだろ」

「す、すぃやせん、頭ぁ。それじゃ、このジジィどうしますか?」

「た、助けてくれぇ」

ベルタに向かって老猟師が必死に助けを求める。

「くくっ、ちょうど良い。おい、コイツを助けたかったら、俺達の言う事を聞け」

人質をとる事で形勢逆転を計った首領が、老猟師を手下から受け取る。

ゴツゴツとした太い指が首筋にめり込むと、窒息しそうな息苦しさに皺くちゃの顔が歪んでいく。

「返事はどうした? このジジィが死んでも良いのか?」

「何故……私が、人間を助けなければならない」

冷たく放たれた言葉。

苦悶に顔を歪める老猟師を見ても、ベルタの瞳に憐憫の色は浮かばない。

「ぼ、ボス、コイツ……本気で言ってますぜ」

「ぐははっ! 面白ぇ。だったら、邪魔者にゃぁ死んでもらうか」

「勝手にしろ」

ギリリッと首筋に指がめり込むと、猟師の体から力が抜けていく。

呼吸困難になり意識朦朧となった猟師を一瞥する事も無く、ベルタが野盗の一人に蹴りを叩き込む。

「がっ!? がはっ」

また一人手下が打ちのめされたのを見た首領のこめかみがピクピクと痙攣する。

「その爺さんには、心配してもらった縁があるんでね。助けてやってもらえないかな」

「何だ、てめぇは!?」

戦いの輪の中に、カルがのんびりとした足取りで無遠慮に入り込んできた。

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