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闘技場のエルフ  作者: 平安亭
20/21

豹変



「スズネ……主従の契りを解除してくれ……郷に戻ろう」

「んんー、無理」

「……何だと?」

クスクスと笑いながら、スズネが頭を振る。

そんなスズネを、眉根を寄せて見つめるベルタ。

「だ・か・ら♪ 無理って言ったの」

楽しくて仕方ないといった顔のまま、スズネがペロリと舌なめずりをする。

「実は、ね♪ 主従の刻印を一時的に無効化する事は出来るのは本当。でも、刻印を解除するのは、ム・リ♪」

「馬鹿を言うなスズネ、お前は私が見ている前で、解除したではないか」

「あぁ、アレ、ね♪ あの男は、本当は主なんかじゃなかったから。元々、主従の刻印なんて、私には無かったのよ。ふふふっ♪」

「笑うのを止めろ! どういう事だ!?」

「もぅ、あったま悪いわねぇ♪ あれは全部お芝居。あの男は、私のお芝居の為に利用した、ただの人間♪」

「馬鹿な……何故……そんな事を……」

「お前に死んでもらう為だよ! この異端児!」

侮蔑と憎悪が込められた怒鳴り声に、ベルタがビクッと身を震わせる。

「お前みたいな混血エルフが、次の郷長の伴侶? そんなの受け入れられる訳ないでしょ! 魔法も使えないクズが!」

「な、何を言っている……郷長の伴侶? それは……どういう事だ……」

豹変したスズネの態度が、ベルタの混乱を更に加速させる。

「散々イジメ抜いて郷を追い出した後、二度と戻って来れないように、アルバートに奴隷として売り払わせたのに……! 今更、お前を郷に呼び戻すなんて……!」

憎悪に染まった視線をベルタに突き刺し、スズネが拳を震わせる。

「お前のような混じりモノが、我らの一族の長の伴侶となる事など、許される訳ないでしょ?」

「何を言っているのだスズネ……私には何の事か分からない」

「えぇ、そうでしょうね。託宣が出たのは、お前が村を出た後の事だもの。次なる長、レギオン様の伴侶にお前を迎えよという託宣がね」

「レギオン様の伴侶に……私が……?」

次代の一族の長であるレギオンの名が出た事に、ベルタが僅かに身を強張らせる。

「知っていた? お前の母親は、一族の長に連なる者だったそうよ。でも……あの忌まわしいダークエルフと恋仲に落ちて……」

褐色の肌をもつベルタをおぞましそうに見るスズネ。

「貴き血を汚す忌まわしき者」

「まさか……スズネ……お前達は……」

両親に捨てられたと聞かされてきたベルタの脳裏に、ある不吉な考えが過る。

「ふふっ、私はまだ幼かったから知らないけど……そういう事よ。血を尊ぶ者達によって、お前の両親は殺された」

「っっっ!」

「長達は何も知らないから、あなたを置いて両親は逃げたと思っているようだけど……でも……ふふっ、ふふふふっ」

「スズネぇええええっ!」

怒声を発したベルタが、スズネに飛びかかる。

「がっ!?」

その手がスズネの肩に届きかけたその瞬間――

「がっ!?」

見えない壁にぶち当たったかのように、ベルタが勢い良く跳ね返される。

「ふふっ、力自慢のお前相手に何の用意もせずに来ると思った? それなりに準備はしてきているのよ」

スズネの周りを取り囲む魔力の壁。

「魔力の無いお前には、私に触れる事も出来ないわ。汚らしい手で触らないでもらえるかしら」

「貴様……ぁあっ!」

「あら、怒らないでちょうだい。私はお前の両親の事に関しては何も関わっていないのだから」

魔力の壁によって守られている。

優位に立っているという事が、スズネの口を滑らかにする。

「託宣さえ出なければ、お前を殺す必要は無かったのよ……せいぜい奴隷として人間どもの玩具になって惨めに生きていれば良かったのに……」

再びスズネの顔に浮かぶ憎悪の色。

「レギオン様の伴侶に、お前のような混じりモノが選ばれるなんてね……」

「だから……私を殺す為に……?」

ベルタの視線が、短刀を突きつけられ仰向けに倒れているカルの方へと向けられる。

「そう。今、郷の者達が、お前を探す為に四方に散っている。託宣は絶対だから。でも、お前を迎える事は絶対に出来ない」

ダークエルフとの混血であるベルタが長の伴侶として迎えられれば――

一族全体の血が穢れる。

純潔原理主義に凝り固まった一部の者達が、ベルタの暗殺を企て、そして、それを実行に移しにかかった。

その事を自慢気に口にするスズネ。

「お前が死んでいれば、いかに託宣とはいえ従う事は出来ない。そうでしょう?」

「それだけの……ただ、それだけの為に……」

「それだけですって? 軽々しく言わないでもらえるかしら? 私達の一族の誇りに関わる事よ!」

狂信の炎を瞳に滾らせ、スズネが感情を激発させそうになる。

「でも、良いわ。ふふっ、もう終わった事だものね。封印の魔法が解ければ、お前は死ぬ。主の死んだ今、従者のお前も死ぬ事になるんだから」

一転、法悦の笑みを浮かべたスズネが、カルの死骸へと視線を向ける。

「ぐっ!? 許さない……っ! 絶対に許さない!」

「お前に許してもらおうなど考えた事も無いわ。お前さえいなければっ!!」

「はぁあああああっ!」

魔力の壁で囲われたスズネに向かって、ベルタが再び間合いを詰める。

握られた短刀を突き出し、その光の壁を突き破ろうとするが――

ガキンッ!

鈍い金属音と共に、短刀が跳ね返され、痺れと痛みがベルタの手を伝う。

「ぐっ……!」

「無駄よ無駄。大人しく死んでいきなさい。これで、郷にも平穏が戻ってくるわ。お前のような混じりモノは生まれてこなければ良かったのよ」

優越の笑みを浮かべ喋り続けるスズネを睨みつけ、ベルタが魔法の壁に何度も何度も短刀を突き立てる。

だが、その刃は壁を突き通すことなく、金属音を響かせ跳ね返され続ける。

「郷の者は誰もが皆、私と同じように思っている筈よ。その気持ちの強さに違いはあっても、ね。お前は郷の平穏を乱す者だって、ね」

「うっ……ぅぅっ……うぅぅぅぅぅっ」

郷を守る為に――

自分の帰る場所は、そこしかないと思っていたが故に――

カルを殺してまで郷の危機を救おうとした。

だが、それが全ては嘘だった。

「すまない……カル……私が……浅はかだった……」

カルへの贖罪の気持ちに耐え切れなくなったかのように、ベルタが膝から崩れ落ちる。

「ふふっ、惨めね。でも、それがお前らしいわ。そうやって惨めに悔いたまま死んでいきなさい。さぁ、そろそろ時間よ」

封印の魔法が解ける。

その時が迫っている事を、嬉しそうにベルタが告げる。

「あぁ、やりとげたわ……私が一族を……貴き血を守ったのよ」

使命を達成した事への昂る感情に酔ったスズネが、絶望に咽ぶベルタを見てウットリとほほ笑む。

「死ね! 混ざりモノ!」

ショーのクライマックスを見逃すまいとするかのように、歪んだ光を湛えたスズネの眼がベルタに向けられる。

主と同じ死を迎えるのが、主従の刻印の力。

心の蔵から血を噴き上げるベルタの姿を目に焼き付けようとスズネが凝視していた。

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