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闘技場のエルフ  作者: 平安亭
12/21

子供達の為に出来る事


 次の闘技会に出場するまでの間は、ベルタにとって鍛錬の日々だった。

朝早くに起き出し、カルが作成した鍛練のメニューをこなし、その後は昼食を外で共にとる。

「もう視線も気にならなくなってきたようだな」

昼食時のザワついた食堂内で、黙々とベルタが食事を取る。

未だ、好奇の視線は注がれ、ヒソヒソ声が耳には届くが――

気にもかけずに、食事を味わうだけの余裕がベルタには生まれていた。

「慣れとは怖いものだな」

短く答えたベルタが、ふと何かを思うように宙を見つめる。

「どうした?」

「いや……何でも無い」

「そう言えば、最近は、午後の鍛錬の後に出かけてるようじゃないか」

人混みを嫌うベルタが、この数日は毎日のように出かけている。

その事をさりげなくカルが問いかける。

「まぁ、どこで何をしようが、構わないんだがな」

「……気になるのか?」

チラリとカルを見た後、素っ気ない口調でベルタが問いかける。

「そうだな。気になると言えば気になるな」

気になるという事を糊塗する事無くアッサリと認めるカル。

素直に感情を見せるカルを、少し眩しそうにベルタが見つめる。

「……そろそろ行こう」

食後の紅茶を飲み終えるとベルタが席を立つ。

「では、戻るとしようか」

同じくカルも席を立つと店を出る。

「どうしたベルタ。屋敷に戻るんじゃないのか?」

ベルタが、屋敷とは反対方向に歩き出す。

「ついて来れば分かる」

説明する事無く歩いていくベルタの後ろ姿を見ていたカルだったが――

軽く肩を竦めると、ベルタの後に続く。

二人が向かった先は、ベルタが先日訪れた貧民街だった。

「ほぅ、こんな場所で何の用事があるんだ?」

興味深そうにカルが周囲を見回す。

昼過ぎにも関わらず、路上には酔い潰れた男の姿があり――

帝都とは思えない程の寂れた様相を呈している。

「お姉ちゃぁ~~ん」

涙の混じった声と共に、ボロボロの人形を抱えた女の子が駆け寄ってくる。

「アユミ、どうした?」

泣いている女の子を見て、ベルタがキッと顔を引き締める。

「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ」

ベルタにしがみつき、エグエグと泣く少女。

「ヨウタが、どうした? ヨウタたちはどこにいる?」

「変なおじちゃんと一緒に、ここを出てくって……うっ、うぅ、アユミは来ちゃダメだって……」

「っっ!? ヨウタのいる場所に案内してアユミ」

「うん、こっち」

泣き顔のまま頷いた少女が、トテトテと駆けだしていく。

「おいおい。どうなっているんだ?」

カルの問いかけに答える事無く、ベルタが少女の後を追う。

「しかし……毎日、こんな場所に通っていたとはな……」

泣いていた女の子に慕われている様子からは、ベルタが、あの少女と交流を持っているのは間違いないと、カルが推測する。

人との交わりに嫌悪すら見せていたベルタが、少女たちと交流をしていたという事実に――

カルが少し考え込むような顔になる。

だが、すぐに思い直したように頭を振ると、ベルタが走り去った方へと向かって足を踏み出した。

「あっ!? ベルタ姉ちゃんだ!」

ベルタの姿を見つけた子供たちが、ブンブンと元気に手を振る。

少年達の側に立つ男達。

敵意を込めたベルタの視線が、男達へと注がれる。

「ベルタ姉ちゃん! この人、闘技師なんだって! 俺達に闘技師の事を教えてくれるんだって!」

少年たちのリーダー格であるヨウタが、キラキラと期待に瞳を輝かせる。

「おやおや、最近売り出し中のエルフの闘技者、ベルタじゃないか」

ベルタにとって見覚えのある顔。

以前に、食事をしていた時にカルに声をかけてきた闘技師エピファがニマリと笑いかけてくる。

「その子達をどうするつもりだ?」

感情を押さえながらベルタがエピファに問いかける。

「何でも闘技師になりたいそうなんでな。俺の下で修業させるつもりなんだよ」

「ヨウタ、本気なのか?」

「うん! だって、闘技師って強いんでしょ?」

「ダメだ。ヨウタ、考えなおすんだ」

「え? でも……」

賛成してくれると思っていたベルタが、強い言葉でヨウタたちを引き止める。

その威圧に、たじろく少年達。

「ヨウタ達にはまだ早い。まだ、他にする事がある筈だ」

「でも……」

「おぉっと、どういうつもりか知らないが、口を挟まないでもらいたいねぇ。このガキ達は、俺が買ったんだからなぁ」

「何……だと……?」

男の言葉に、ベルタがピクリと口もとを震わせる。

「邪魔するなよ。おら! 早くこっちに来い!」

用心棒らしき男達が、少年たちの頭を軽く小突く。

「いてっ! 何すんだよ!」

「こいつ等は奴隷商の用心棒でな。これから、奴隷の登録に行くところだ。邪魔はしないでもらおうか」

「ま、待てっ! そんな事は、私が許さん!」

「おいおい。奴隷が生意気な口きくもんじゃないぜ? 商売の邪魔をするなら、お前の立場がどうなってもしらないぞ?」

「くっ……!」

闘技者といえども奴隷の身である事に変わりは無い。

一般市民への暴力沙汰には厳罰が下される事になっている。

「止めろっ、いてっ! 俺は奴隷になるなんて言ってないぞ!」

「うるせぇ、クソガキどもが! ったく、大人しくついてくりゃ良いんだよ」

「闘技者であっても、一般市民相手に戦えば、厳罰が下される。分かってるよなぁ?」

ギリギリと歯ぎしりをするベルタをニタリと見ながらエピファが近づいてくる。

「このガキ共を助けたいか?」

黄ばんだ歯を見せ眼を細めながら男がペロリと舌なめずりをする。

「助ける方法が無い訳でもないぜ?」

「どういう意味だ……」

「前にも言っただろう? お前を欲しがっている貴族様がいらっしゃってな。どうしても手に入れろって、うるさいんだよ」

「……私はカルに買われた身だ。私の意思ではどうする事も出来ない」

「金なら俺が出す。お前が買われた分の額を、払ってやるから俺の元に来い」

「っっっ!!」

エピファの提案に、ベルタが口の中で小さく呻くような声を漏らす。

「そうすりゃ、このガキ共は自由にしてやるよ。悪い話じゃねぇだろ?」

人間の為に自らの身を犠牲にする。

そんな選択肢は、以前のベルタであれば、微塵も浮かんでくる事は無かった。

だが、今、子供たちが連れ去られようとしているのを見たベルタは、エピファの提案を一蹴出来なくなってしまっている。

言葉に詰まるベルタを見たエピファが、更にニタリと笑う。

「早く返事を聞かせてくれ。なぁに、貴族様は良い方だ。悪いようにはならないさ。闘うよりも、ずっと良い生活が待ってるぜ」

甘言を弄し、ベルタを嵌めこもうとするエピファ。

子供達を盾にされると、ベルタはエピファの言葉を拒絶できなくなってしまう。

「おいおいエピファ。勝手な引き抜きは勘弁してもらいたいな」

聞えてきたカルの声に、強張っていたベルタの顔に一瞬だけ安堵に緩んだ。

だがすぐに唇を引き結び、エピファを鋭く睨みつける。

「ちっ、カルか。いやいや、俺はちょっとした取引をしていただけだ」

「そうか……ベルタ。一つ教えてやろう。闘技者は一般市民に手を出す事は許されていないが……賞金首や無許可の奴隷商を捕まえる事は許されている」

「ちっ!!!」

カルの言葉に、エピファがまた忌々しそうに舌打ちをする。

「貧民街の人間であっても、帝都の住民である限り、勝手に奴隷として売買される事は許されていない。ましてや、年端もない子供であれば、な……」

奴隷の需要は、老若男女を問わずにある。

だが、帝国民が奴隷となるのは、成人に達し、借金の質に取られたり、帝国民の資格をはく奪された者だけ。

ただし、他国から連れてこられた者や、異種族に関しては、この例にはあてはまらない。

そのような法律が定められていた。

「さしずめ、こいつ等は、一度国外に子供を連れ出した後、また、帝都に入るつもりだったんだろうな」

「そのうえで、子供達を正規の奴隷商に売り渡す。こいつ等は、帝国内での奴隷を扱う許可は得ていない」

カルの指摘に、エピファを始め男達の顔が強張っていく。

「エピファ、良いのか? これ以上続ければ、お前の闘技師としての資格もはく奪されるぞ?」

「くそっ! わーったよ! 勝手にしろ!」

吐き捨てるように言ったエピファが、自分は関係ないとばかりに、歩き出す」

「エピファの旦那! これじゃ話が違いますぜ!」

「知るか! そのガキ共は、お前達で好きにすりゃ良いだろ。俺は関係ない!」

歩みを止める事なく立ち去るエピファを、奴隷商と用心棒が呆気にとられたまま見送る。

「おい、ガキ共! 来いっ! このまま手ぶらで帰る訳にゃいかねぇんだよ!」

「や、止めろっ……止めろよぉ、離せよぉ!」

少年たちをそのまま拉致しようとするように、連れ去ろうとする奴隷商達。

「その子達を離せ! 離さないのであれば……」

スッと身構えるベルタが、場を圧倒するような威圧を放つ。

「くそっ! やっちまぇっ!!!」

威圧にたじろいでしまった事に逆切れしたかのように、用心棒たちがベルタに襲いかかる。

だが、男達の威勢が良かったのも、ここまでだった。

ベルタの前では、男達の武技など児戯にも等しい。

がむしゃらに突っ込んできた男達を、滑るような身のこなしで交わすと同時に、首筋に手刀を叩き込む。

「がっ!? ぐっ!」

呻き声を上げながら倒れ込む男達。

「ひっ!?」

奴隷商が踵を返し逃走をはかる背中に、ベルタの足が鞭のようにしなりながら叩き込まれる。

「がはっ!?」

つんのめりながら倒れ込んだ男が、ビクッ、ビクッと痙攣したまま立てなくなる。

「ふぅぅぅ」

男達を打倒したベルタが、大きく息を吐き出す。

「ベルタ姉ちゃん! すげぇ!」

「お姉ちゃぁんっ!」

ワラワラとベルタの元へと群がり寄って来る子供達。

「ヨウタ」

顔を引き締めたベルタが、ヨウタをジッと真っ直ぐに見つめる。

「あ、あの、俺……その……」

「今、ヨウタがするべき事は、闘技師になる事じゃない。アユミを守る事だ」

言い聞かせるように、一言一言に力を込めるベルタ。

「そして……社会の仕組みを知る為に、勉強をする事。お前達を騙そうとする大人たちは、たくさんいるのだから」

「……ごめんなさい」

ヨウタを始め、他の少年たちもシュンと項垂れてしまう。

「分かってくれれば良い」

柔和な表情になったベルタが、子供たちの頭を一人一人優しく撫でていく。

「ベルタ姉ちゃん! 今度から、俺にも戦い方を教えて! アユミや仲間を守る為に、闘うんだったら良いんだよね?」

「え? あ、あぁ、そうだな……その為なら……だが、勉強もしなくては駄目だ」

「勉強は……うぅぅ、誰も教えてくれないし……」

貧民街で子供達に勉強を教えるだけの余裕を持つものは存在しない。

今も――

ベルタによって打ち倒された男達から、金目のモノを取ろうと、ボロを着た大人たちがどこからともなく湧き出てくる。

先ほどまで、子供たちが連れ去れそうになっていた時には姿を見せる事も無かった大人たち。

その卑しい大人たちの姿を見たベルタが、ギュッと強く拳を握りしめる。

「私が何とかする……」

自分に言い聞かせるようにベルタが呟く。

そんなベルタの様子を、カルは面白そうに見つめていた。

「ねぇねぇ、お姉ちゃん、この人、だぁれ?」

ベルタの後ろに隠れながら、アユミがカルを指さす。

「この男は……闘技師。私の……闘技師だ」

「カルだ! アリシアの闘技師カルだ!」

ベルタの紹介を受けたカルに、少年たちが群がってくる。

アリシアとは、御前闘技会で優勝したカルが育て上げた近年最強と言われていた闘技者。

現在は、王族の近衛隊の騎士となっている。

「ははっ、押すな押すな。俺は、たまたまベルタに連れてこられただけだ」

「闘技師になる方法ならカルに聞けば良い……だから、もう二度と、あんな男にだまされてはいけない。良いな?」

「おい、ベルタ。勝手な事を言うな。俺は、この子たちの面倒をみるつもりはないぞ」

「カルに質問があるなら、私が聞いてくる。それなら問題無い筈だ……」

「やれやれ……まぁ、お前の好きにしたいようにすれば良いが……まさか、こんな事になっていたとはな……」

呆れながらも、止むを得ないといった状態のまま、カルは子供たちの質問に、しばしの間答え続けていた。


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