刹那の祝福
昼時という事もあり、市場にはドッと人が溢れていた。
多種多様な種族が集まる帝都とはいえ――
やはりエルフの存在は珍しい。
褐色銀髪のエルフが歩いていれば、好奇の目がベルタに注がれる。
人より遥かに優れた聴覚を持つベルタの長い耳には、人々の交わす言葉もハッキリと聞こえてきていた。
男達が交わす、屈辱を覚えるような卑猥な会話も耳に入ってくる。
「感情を乱すな。闘技会は賭けの対象になっているんだ。罵声を浴びせてくるやつもいる。それは経験して分かっているだろう?」
罵声や嘲りに心を乱していては、まともに戦う事は出来ない。
「闘技師の中には、対戦相手に罵声を浴びせる者を雇っている者もいるくらいだからな」
「そんな卑劣な事を……っ!」
「自分の闘技者を勝たせる為さ。闘技師だって、自分の生活がかかっている。そりゃ必死になるさ」
「……まさか貴様も、そのような卑劣な手を?」
「必要になれば、そうするかもな。だが、今はそんな必要は無い。それに……上のクラスで戦う者は、罵声程度で動揺する者なんていないからな」
「……私の精神力は上のクラスの者達に劣ると言いたいのか?」
「精神力……いや、違うな。お前は……と言うよりもエルフは種族自体がプライドが高過ぎる。俺が闘技師なら、その点をつくのは間違いない」
「人間の考えそうな事だ……っ!」
忌々しそうに吐き捨てるベルタを、カルが興味深そうに見る。
「今のお前は、その見下している人間の奴隷になって、人間の世界で生活しているって事を忘れるな。さぁ、この店にしよう。入るぞ」
夜は酒場になる店の前で立ち止まったカルが扉を開け中に入る。
昼時という事もあり満席に近い店内で、折よく空いていた席を見つけると、そこに座る。
店内の興味深そうな視線がベルタへと注がれる。
居心地の悪さを感じているベルタの顔から、表情が消えていく。
「俺はこのランチにしよう。ベルタ、お前はどうする?」
「私も同じもので良い」
「では、このランチを二つ頼む」
給仕に注文をすると、カルが小さく笑う。
「注目の的といった感じだな」
「黙れ……こうなる事を分かっていて連れてきたのだろう」
「そう言うな。少し意識が過剰過ぎるぞ。まぁ、お前に興味を持っている者の方が多いだろうが……見てみろ。興味の無い奴だって、それなりにいるさ」
カルの言う通り、ベルタを見る事無く話に花を咲かせている者達や――
黙々と食べる事に集中している者達も多くいる。
「全てをまともに相手にしようとするな。お前の事を話している奴らだって、明日になればお前に言った事を忘れている。それくらいの気持ちでいれば良い」
「貴様の口振りだと……私が狭量だと言いたいように聞こえるが……」
「闘技者として戦いの場に立つのなら、聞き流す力も必要って事だ。さぁ、食事に集中しよう」
ランチが運ばれてくると、食欲をそそる匂いに、ベルタのお腹が小さく鳴る。
腹の音を聞かれたベルタの頬が、僅かに赤く染まる。
「朝にしっかり鍛練をしたからな。腹が減るのも当然だ。外野の声が気になって、食事を楽しめないようじゃ、まだまだだぞ」
「分かった……言う通り、気にしないようにしよう」
耳に届く言葉を気にしないようにと心がけながらベルタが食事をすすめていく。
食事をする姿を他者に見られる事への恥ずかしさを覚えながらも――
(これも鍛錬だと思えば良い……何を言われようと……気持ちを乱すな)
味わう事に集中しながら、ベルタが黙々と食事をすすめていく。
そうこうしているうちに、昼時を過ぎると客の姿が減り少しずつ店内が静かになってきた。
カルたちのテーブルにも食後のコーヒーと紅茶が運ばれてくる。
「どうだった? ここの店は、なかなかの味だろう? 味は楽しめたか?」
「楽しめたと言いたいところだが……私には、まだ聞き流すだけの力は無いようだ」
「ははっ、毎日通えば、慣れてくるさ」
「ま、毎日だと!?」
思わず声を大きくしたベルタに、店内に残って居た者達の視線が注がれる。
それに気づいたベルタが、慌てて声を小さくする。
「毎日とはどういう事だ!?」
「お前が、雑音を気にせず食事を楽しめるようになるまで通うって事さ。これも鍛錬の一つだからな」
「くっ……せ、せめて一日おきにしてくれないか……これでは気疲れしてしまう……」
「何だったら、夕食も外で食べて良いだぞ? 酒の入った男達は、更にうるさいだろうしな」
「なっ……!? いや、それは……」
「まぁ、夜の店にエルフを連れていくと、色々と面倒事が起こりそうだがな」
「おぉ、カルじゃないか」
カルとベルタの会話に割って入るように野太い声が聞こえてくる。
「エピファ、か」
デップリと太った男が、二人のテーブルの側までくると、遠慮する気配も見せずに腰を落とす。
「新しい闘技者がコイツか? おぉ、噂通りエルフじゃないか」
値踏みするような不躾な視線。
ベルタの顔が強張り表情が消えていく。
切れ長の瞳には、あからさまな敵意が燃え上がり始めていた。
「俺に何か用かエピファ」
「いやいや、用って訳じゃないが。お前を見かけたからな。エルフの闘技者がどんなのかを見ておこうと思ってな」
再びジロジロと不躾な視線がベルタに注がれる。
「こりゃ、かなり手強そうな奴じゃねぇか。扱い切れるのか? へへっ、娼婦にでもした方が、手っ取り早く金が入りそうだがなぁ」
好色そうな笑みを浮かべ、エピファがベロリと舌なめずりをする。
「く……っ!」
侮辱の言葉に、ベルタが席を蹴るようにして立ち上がる。
「ベルタ。席につけ」
ギリッと奥歯を噛んだベルタが、抗うような沈黙を一瞬だけみせた後、敵意のオーラを立ち上らせたまま席につく。
「おぉ、怖い怖い。カル、悪い事は言わねぇから、さっさと売っぱらっちまぇ。コイツは、いつか寝首をかいてきやがるぜ」
闘技者は主である闘技師に逆らえない。
それを分かっているが故に、カルのすぐ側でベルタを侮辱する言葉を平然と口にする。
「売っ払うなら、良いツテがあるからよぉ。俺が話をつけてこようか? ある貴族様が、エルフを欲しがっててよ」
「エピファ、悪いが。ベルタを売るつもりは全くない。さぁ、ベルタそろそろ行こうか」
商談に持ち込もうとするエピファを軽くいなすと、カルが席を立つ。
今にも牙を剥きそうな敵意を隠そうともせず、ベルタも立ち上がる。
「手に負えなくなったら言ってくれよぉ。金なら、いくらでも払うって貴族様は言ってるからよぉ」
エピファの言葉に返事する事なく、カルが背中を見せて店を出る。
「何だあの男は!?」
店を出るなり、ベルタが怒りの声を上げる。
「あの程度の挑発で感情を乱してどうする」
「だが……っ! あの男の下劣さは我慢ならん!」
「今くらいの軽侮を流せるくらいの精神力が、これからは必要になる。まだまだ、だな」
怒りの感情に身を委ねているベルタを見て、カルが軽く頭を振る。
「ベルタ、もし、次の対戦相手がエピファが育てている闘技者だったら……間違いなくエピファは、お前の気持ちを乱しにかかってくるぞ」
「そ、それは……」
カルの言葉を聞くベルタが、少しずつ感情を落ち着けさせ始める。
「少なくとも、お前が激しやすい性格だと、エピファは掴んだだろうな。その情報が他の闘技師にも伝われば……」
「ま、待て……闘技の舞台に立てば別だ。私とて戦いの最中に心乱すような事はしない」
「お前がそう思っていたとしても、心乱すようにしかけるのが、闘技師の腕のみせどころという考え方もある」
「だが……っ!」
言い訳を紡げなくなってしまうベルタが、力無く項垂れる。
エピファの前では敵意しか見せなかったベルタが――
カルと二人きりになると、面白いように感情を豊かに見せる。
「今日のお前は、エピファの挑発に乗って心を乱してしまった。食事中も他人を気にして味も十分に分からなかった状態だったのは間違いないだろう?」
「う……っ」
指摘を受けたベルタが悔しげな顔になるも、反論するべき言葉を見つけられず俯いてしまう。
「これから闘技会の日までは昼食は外で取る。良いな?」
「……分かった。だが、慣れる事が出来れば、終わらせてもらうぞ」
「視線に慣れ挑発に反応する事が無くなれば、な。さぁ、では、明日はどこに食べに行くかを考えおくか」
「今日と同じ店ではないのか?」
「同じ環境だけでは修練にならないだろう?」
「……好きにすれば良い。見られる事など、すぐに慣れてみせる」
そう言い切ったベルタだったが、声色は少し弱々しくなっていた。
カルとベルタは闘技会の前日まで、毎日のように昼食を取りに外に出ていた。
相変わらず、エルフという存在の珍しさに、好奇の視線が注がれる。
見られる事への耐性をつけようとするも、どうしても視線と長い耳に届く声を意識してしまうベルタ。
未だ、この修練の成果は出ていない。
そんな状態のまま闘技会の前日を迎える。
隔離施設へと向かうベルタとカル。
隔離施設に集まった闘技たちは、相変わらずピリピリとした緊張感を見せている。
組み合わせの発表を確認した後、ベルタとカルがあてがわれた部屋へと戻る。
「では、作戦会議といこうか」
対戦相手を確認したカルが、ベッドの端に腰を落とす。
「強い、のか?」
「主催者の方も、前回のお前の戦い方を見て、実力は認めたようだ。対戦相手は、このクラスでも上位に位置している相手だよ」
「そうか……」
キッと顔を引き締めたベルタが、小さく頷く。
「だが、今日までの二週間、十分に修練を積んできた。力はついている筈だ」
「修練と言っても、基礎鍛練しかしていないが……」
「精神力を鍛える修行もしただろう?」
「……昼食を食べに外に出ているだけではないか」
「まぁ、あまり成果は出ていないが……だが、やらないよりはマシな筈だ」
「それで? 対戦相手とはどう戦えば良い?」
「そうだな。まず、相手はお前と同じくスピードで勝負するタイプだ。武器は短弓」
「弓……?」
「そうだ。持ち前のスピードで距離を取り、息をつかせぬタイミングで短弓を連発してくる」
「だが……ここでの戦いに弓が有利な武器とは言えないと思うが……」
「そうだ。弓だけだったら、な」
「弓以外にも武器があるという事か?」
「その通り。相手は弓と魔法をかけあわせての攻撃が戦いのスタイルだ」
「魔法……」
相手が魔法を使うという事を知った瞬間、ベルタの顔に苦々しい色が浮かぶ。
「ベルタ、お前は魔法を使えないという事で間違いなかったな?」
「そうだ……私は……魔法を使えない……」
エルフは皆、何らかの魔法を使う事が出来る。
それだけに、ベルタには魔法を使えない事へのコンプレックスがあるのか――
対戦相手が魔法を使う事を知ってから、少し気後れしたような様子を見せる。
「説明を続けても良いか?」
「え? あ、あぁ、続けてくれ」
他の思考に意識を奪われていたのか、ハッとなったベルタが僅かに動揺しながら頷き返す。
「魔法と言っても、相手が使うのは、敵を自分に近づけさせない為の防御系の魔法だ。まぁ、簡単に言えば炎の壁を作る、それだけだ」
「そうか……だとすれば、その壁を回り込んで距離をつめる、そういった戦いになるという事か?」
「その程度の事、相手も対処方を考えているさ。炎の壁は自らの周囲を取り囲むように大きく作られている」
「では、壁を飛び越えれば良いのでは? 私の跳躍力なら可能な筈だ」
「飛び越えようとすれば、格好の的になるだろうな」
「む……っ……では、どうする。近づけなければ勝機は無いぞ……」
「そうだな。前回のように相手も油断をするような事は無いだろうしな」
「では、その炎の壁に突っ込んでいく、か……?」
カルに教えてもらった対戦相手の情報を元に、ベルタなりに戦い方を考え言葉にする
「いや、相手の魔力が高ければ……それは危険だな……リスクが高すぎる、か……では、どうすれば……」
考えを口にしては、上手くいかないとばかりにベルタが頭を振る。
ベルタ自身が考えようとしているのを邪魔せず、面白そうに見つめるカル。
「エルフは魔法が使える相手には、どうやって対処してきたんだ?」
「それは……魔法には魔法で対処をする。それが一番だ。エルフの魔力は、人間とは比べ物にならないからな」
「だが、お前は魔法を使えない」
「ぐっ……だから、どうすれば良いかを、必死に考えているのではないか!」
「お前自身は、魔法を使う相手に、今までどうやって戦ってきた?」
「私は……相手が詠唱をしている間に弓で射落とすという事もしてきたが……」
「では、今回の戦いは弓を使うか? 当然弓矢だって用意は出来る」
武器を変えるかという問いかけをするカルの顔が、真剣に引き締まっている。
いつになく感じる威圧に、僅かに気圧されるベルタ。
「そうだな……いや、武器は変えない。あの短刀は、私に一番あっている」
「そうか……だとすれば、炎の壁を破る方法を考え無いとな」
「だから、それを必死に考えているのではないか。貴様に何か案は無いのか?」
「案は、ある」
「何だと……?」
アッサリと案があるといったカルの返答に、ベルタが一瞬ポカンとなってから訝しそうに問い返す。
「案はあると言ったんだが」
「あるんだったら、何故最初から言わない!」
「自分で考える事も必要だろう? どう戦うかを考えるのは良い事だ」
「くっ! 私が悩んでいるのを見て楽しんでいたのだな、貴様は……!」
「はははっ、真剣に考えるベルタを見るのが面白かったのは事実だが、な」
「悪趣味な男め!」
からかわれていたという事を理解したベルタが、照れと忌々しさを同時に滲ませて、顔を背けてしまう。
「それで? どう戦えば良いのだ?」
だが、自ら妙案が浮かばない事を自覚している為か――
すぐに顔を引き締め教えを乞うようにカルを見る。
「炎の壁に突っ込み、そのまま一気に勝負をつける」
「何、だと……? つまり……相手の魔力は、大した事がないという事か?」
「いや。普通に突っ込めば火だるまになるだけの威力はあるだろうな」
頭を振ったカルを見て、ベルタがギリッと歯ぎしりをする。
「貴様……っ……私をからかっているのか!?」
「まぁ、そう怒るな。まずは、いつもの短刀を使おう。オーフェンハーテン!」
詠唱と共に、ベルタの手に短刀が握られていく。
「何をするつもりだ?」
「大人しく見ておけ。ゼーゲンデスエーヴィヒ!」
「んっ!? ぁあっ……な、何だ、これは……!?」
ベルタの握る短刀を薄く青い光が包み込む。
「短刀を触ってみろ」
光に視線を奪われたベルタが、言われるままに刃先に触れる。
「冷たい……?」
「そうだ。俺は、防具や武器に魔力を宿らせる事が出来る」
「魔力を宿す力だと!? それはルギウス王国の王族にしか使えない力だと聞いているぞ!?」
マルス帝国から西に遠く離れた王国ルギウス。
魔法騎士、魔法剣士を大量に擁するルギウス王国は、王族が騎士や剣士の為に武具や防具に魔法属性を付加し、それを最大の戦力として王国を維持している。
世間に疎いベルタであって、ルギウス王国の名は聞いて事があった。
「まぁ、世間一般ではそう言われている力だが……生憎、ずっと付加させる事は出来ない。24時間だけだ」
「……ルギウスの王族は、永遠に魔力を付与する事が出来ると聞いているが……」
「ルギウス王国のと一緒にされると、俺が困る……」
「そうか。だが24時間でも、闘技会の間は十分だ……これならば……炎の壁を恐れる必要は無い」
冷気を放つ防具を見て、ベルタが納得したように頷く。
「待て待て。そう簡単な話じゃない。良いか? 相手の炎の壁の魔力の方が強ければ、少なからずダメージを受ける」
「む……っ」
「それに、な。このゼーゲンデスエーヴィヒの力は、武器や防具とどれだけ馴染んでいるかによっても力が変わってくる」
武器と防具をどれだけ使い込んできたか。
それによって付加された力が変化する。
「だが、私は、戦いは一度しかしていないぞ……待て。先ほど、武器を変えるかどうかを聞いてきたな?」
「そうだ。お前が、武器をコロコロと変えるタイプだと、俺のゼーゲンデスエーヴィヒ――刹那の祝福の力は威力を発揮しない」
「だから聞いてきたのか……」
「その通りだ。お前は、武具に愛着を持つタイプのようだからな。刹那の祝福との相性は良い筈だ」
刹那の祝福という利点がある事を知らない状態での、先ほどのカルの問いかけ。
武具にこだわり続ける事は柔軟性が無いという意見もあるだろうが――
カルが求めている闘技者は、武具と共に成長する闘技者。
ベルタは、そのカルの求めに応じる資質を備えているという事が証明された。
「だから、基礎鍛練の時は短刀を使わせていた訳か」
カルが作成した鍛練メニューをこなす間、常に短刀を使いながら鍛練するように言われ――
この二週間は、ベルタはずっと鍛練中は、今手にしている短刀と共に過ごしてきた。
「実戦ほどではないだろうが、それなりに短刀もベルタに馴染んできている筈だ」
「そうか……この刃で炎の壁を切り裂けば、相手に近づく事が出来る」
改めて、ベルタが冷気を含んだ刃をソッと撫でる。
「だが、相手はお前が炎の壁に突っ込んでくる事も考え作戦を立てている筈だ」
「ん? 待て、何故、私が炎の壁に突っ込むと相手が思う?」
「俺が刹那の祝福の力を持っている事を相手も思っているからさ」
「何……だと?」
「闘技師としての俺の能力だって、向うには知られているさ。俺は以前にも闘技者を使っていたんだからな」
「そ、そうか……確かに、言われてみればそうだな」
刹那の祝福の力を駆使して以前の闘技者も戦っていた。
それは、他の闘技師たちも見聞きしている筈。
「だが、炎の壁を恐れる必要がなくなれば、短弓相手に後れを取る事は無い」
そう呟いたベルタの瞳に強い光が宿る。
「その通りだが……相手も、何らかの対処をしてきているとは思う。油断はしない事だ」
「つまり……様子を見ながら戦う方が良いという事か?」
「今、こうして炎の壁に突っ込めるだけの装備があったうえで、お前はどうするべきだと思う?」
ベルタとの問答を楽しむかのようにカルが問いかける。
「私は……そうだな……負けないと、信じたい」
戦友と握手をするかのように、ベルタが短刀を強く握りしめる。
「はははっ、面白い。だったら、信じて突っ込むのがベストだろうな」
「それで……良いのか? 貴様の考えはどうなのだ?」
「武具を信じるお前を信じよう。その方が、面白い」
「ふ、ふんっ、貴様に信じてもらう必要などないがな……」
カルに感情を読み取られるのを避けるように、ベルタが顔を背ける。
「相手は、お前が突っ込んでくると予想していれば……おそらく炎の壁の向うで矢を構えているのは間違いない」
「分かっている。一の矢さえかわせれば、勝負をつけられる筈だ」
「その通りだな。だが、相手の作戦に乗る事になる。一か八かになるぞ」
「それでも……勝ってみせる」
「その心意気を忘れない事だ。では、後は、明日を迎えるだけだな」
「あぁ、その通りだ……明日も勝ってみせる」
「刹那の祝福は24時間保たれる。短刀はそのまま持っていれば良い。今日はゆっくりと休め」
「私は汗を流してくる……先に休んでいてくれ」
「そうだな。では、そうさせてもらおう」
カルに告げたベルタが、湯浴みをする為に部屋を出ていく。
湯浴みを終え、部屋へと戻ってくるベルタ。
室内は消灯され、カルはベッドにもぐりこんで寝息を立てていた。
(そうだった……また、カルと一緒のベッドで休むのか……)
室内にはベッドは一つしかない。
前回と同じように、カルと同衾しなければならなかったが――
ベルタには、不思議と抵抗感は無かった。
(慣れとは……怖いものだな……)
この二週間の間、外で一緒に昼食を取り、カルの作ったた鍛練メニューをこなしてきた。
カルに向けられる感情は、今までと明らかに変化してきている。
この人間なら、信じても良い。
エルフの同胞に抱いていたのにも似た感情が、ベルタの心をジンワリと満たしている。
(いや……余計な事を考えるな……人間は信用するに値し無い生き物だ……)
芽吹いた感情を摘み取ると、ベルタがベッドにもぐりこむ。
ピクピクと長い耳が動き、カルの寝息をとらえる。
その音が、少しずつ遠くに聞こえていくと、ベルタもまた眠りの世界に落ちていった。