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敗者達とネロ  作者:
10章 血
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58話 眠る者

「おまえを殺したい理由はいくらでもあるんだが」

 この声は相手の耳に届いていないのかもしれない。いや、そうに違いないとネロは理解している。

「例えば……数年前に俺が作っちまった子供だ」

 気を強く保つために自分を語る。内から迫り上がってくるものと、外から侵食してくるものに抵抗しなければならない。

「あれは俺の意思で殺すべきだった。それをおまえが――」

 俺の意思を奪った。絶対的な力で、さも虫の死骸を紙くずにくるんで捨てるかのように。造作もないことだと言わんばかりに。

「俺は、俺の人生を生きる。おまえが邪魔だ」

 テイザーは何も言わない。ネロの期待を無視する。



 ネロは歩く。廊下に敷かれた死体、銃、破片、薬莢。血を吸った絨毯の感触。逃げ場のない悪臭。

 拳銃を落としてしまう。弱った握力と乾かない血のせいで銃把が重く、大きく感じる。拳銃を両手で拾い上げる。心地悪いぬめりがまとわりつく。鉄の塊のくせに。

 階段にさしかかった時、壁の陰に潜んでいた兵隊がネロを襲った。わけもわからない内に足をすくわれ、転倒し、頬を破片で切り、更にはうなじに銃口らしき硬いものを当てられた。

「ネロ、ここで何をしている」

「もう目的なんかないさ」

「テイザーはどこだ」

「死んだよ」

「死体の所まで案内しろ」

 銃口の圧迫感に逆らって起き上がる。

「痛そうだ」

 リドの左目は充血し、虹彩がずれている。肩に下げている突撃銃はエルボー軍のものだ。

 促されるがままに、拳銃二丁とナイフ一本、全部の武器を渡した。リドの拳銃が指し示すように、ネロは来た道を戻る。テイザーの亡骸までの案内人になる。

 最も奥の部屋のドアを死体が塞いでいた。顔を伏せてあっても、その拘束された姿はどう見てもエバンスだったが、確信を持って生死を判断するには損傷が少ない。ぼんやりと眺めていると、まだ死んでいないという気がしてきた。

「拳銃を貸してくれ」

「闇雲に手を汚すな」

 つまらない正論でエバンスへの関心が失せた。そもそも、もう目的はなかったのだ。  血で汚れたドアノブを回す。何気ない動作で掌が捻じれ、痛覚が冴えてきた。肋骨までじりじりと痛みだした。

 虎目石の暴君がお待ちかねだ。

「無様なもんだろ」

「おまえがやったのか」

「いいや」

「これがテイザーだと言い切れるのか」

「わかるさ。俺を養育して、無力にした男だ」

 潰れた顔からは、それがテイザーであるという証は見つからない。

「これがテイザーだ」

 ネロはリドに指示されて、死体の左の前腕に古い切り傷があることを確認した。これによりリドもテイザーの死を確信した。

 肋骨の痛みが鮮明になった。その影響で呼吸に違和感が生じる。

 リドが煙草を取り出した。

「何があった」

「虎目石をクビになった後、エルボー軍に加わった。だが、カートライトを殺しちまった。テイザーも殺すつもりで探したら、この有様だった」

 くさい煙がネロの肺にまで流れ込んでくる。こんなものは腐臭だ。リドもテイザーと同様に死にたがっている。

「ここに籠城する。外が安全になるまでな」

「警察が突入して来るぜ」

「その時は諦めて投降しろ。死ぬよりは良い」

「自動車爆弾に吹っ飛ばされるのとどっちがマシだ?」

「知るか」

「塀の中? 冗談じゃない」

 息をするのも喋るのも億劫だ。痛い。

「俺は、生き死にを含めて人生を徹底的に捻じ曲げられてきた。そして、全部をしくじった。もう御免だ」

「死にたいなら死ね」

 ネロはベッドに座った。時折、自分がどこを見ているのかわからなくなる。目を閉じる。

「俺がおまえを助けたのは、ある人の恩に報いるためだ。おまえのことはどうでもよかった」

 聴覚だけが生きている証明だ。体が脈打ち、その存在を意識に拾い上げている。

「少なくとも俺の意思がどうかなんて、おまえには関係ないんだ」

 その通りだ。

「そうだな」

 当然だ。

「ロットロンには会ったか?」

「野郎、裏切者のくせに虎目石に戻りたいとほざきやがった」

「それで?」

 窓の外からくぐもった銃声が聞こえた。女の悲鳴や野太い怒号が混じり、ホテルの周囲を賑やかす。そして、銃声に次ぐ銃声。

「誰もわからないように男前にしてやった」

「”新しい人生”だな」

 何か言いかけたリドだったが、含み笑いで言葉を飲み込んだ。

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